第189話 純水培養のわがままボディ
「やっぱりか」
一度新規の温泉作成は中断し、ゴブリンたちを呼んで密林の湯に入らせてみたが、案の定なんの変化もなかった。
属性耐性の検証などもしてみるが、どうやら本当に軽く回復するだけの効果しかない。
つまり、氷炎の湯の同型再版ってことだな。
ここで満足しておくか……。
ちょっとだけ残念だが、またなにか思いついたら検証すればいいしな。
「ゴブリンたちも、リグマもルトラも、付き合わせて悪かったな」
「いやあ、おじさんはけっこう楽しく見てたからな。いいじゃねえか、密林風呂。気分転換ってのは大事だぜ」
「それじゃあ、いくつか設置しておくか」
「……」
ルトラが、なにやら黙ってしまった。
もしかして、勝手に管理対象の温泉を増やすのはよくなかったか?
「レイ様」
「ああ、ごめんごめん。先にルトラに確認すべきだったな。温泉を増やしていいかを」
「それはいくらでも増やしていただいてかまいません。そうではなく、私にもお手伝いさせていただけないでしょうか?」
「手伝い?」
温泉の管理の話、ではないな。
となると、ルトラも温泉になにか混ぜてみたくなったんだろうか?
「はい。以前作成された温泉も含め、水質の改善は私の得意分野です」
「改善? そんなことできるの?」
「ルトラはすごいぞ~。水の管理や操作ならプリミラが上だが、美味い酒をさらに美味くできるのは、ルトラに分がある」
酒を美味くできるってことは、液体全般において改善させるのが、本来のルトラの強みっていうことか?
フィオナ様におねだりして蘇生してもらったルトラだが、俺はてっきり温泉の水質管理が仕事かと思っていた。
もしかして、俺が仕事を押しつけたせいで、ルトラの本来の強みを活かせていなかったんじゃないだろうか?
「はい。ルトラならば、温泉の改善もきっとできるでしょう」
「うわっ! びっくりした……」
プリミラがひょこっと顔を出し、ルトラの能力が確かであることを肯定してくれた。
小柄だし、四天王で能力が高いから、たまにこうして急に現れたと錯覚するほど静かに近づくんだよな。
「ところでレイ様。なにやら、果樹園が面白いことになっていると、ピルカヤ様からお聞きしたのですが」
「果樹園……あっ」
ピルカヤのやつ。俺が果樹園と温泉を組み合わせたことを言いつけたな。
面白半分? 単なる事実の伝達? それとも、プリミラに関することだから、純粋な善意で教えた?
どれもあり得そうだから困る。
あいつは精霊で、他の魔族よりもずれた考えをすることあるからなあ……。
「温泉になりました。ごめんなさい」
なので、プリミラには素直に謝罪する。
畑が好きで果樹園が好き。そんな悪魔に果樹園と温泉の魔改造をしたなどと言ったら、怒られそうだ。
「いえ、それはかまいませんが……温泉に? え、温泉になったのですか?」
だが、プリミラの反応は俺が想定していたものと違い、いつも冷静な彼女にしては珍しいものだった。
目をぱちぱちと瞬かせながら、明らかに困惑した様子でリグマとルトラに視線をやる。
「レイくんだもの」
「ピルカヤ様の言うとおりでした。レイ様は、想定外のことを簡単に実現できるお方です」
俺だって想定していないからな。
ダンジョンマスタースキルさんが、なんかうまいことひねり出してくれているだけだ。
「興味があります」
プリミラが普段の冷静さをどこかに置き去って、やけにぐいぐいとくる。
まあ、隠すものでもないし、もったいつけずに見せるとしよう。
怒られないというのであれば、なおさらだ。
「密林の湯。らしい」
「ほうほう、これは……。見事なものですね。熱帯植物ですか」
「ジャングル風呂って感じだよな」
「では、しばらく利用させていただいても?」
「はい。水質管理は完璧に勤めてみせます」
「ええ、期待しております」
また、あのアヒルみたいなおもちゃとお風呂セットが……。
よく見ると、顔につぎはぎとかしているし、アヒルのアンデッド型モンスターなんだろうか。
などと考えながら、これから入浴をするプリミラの周りにいるわけにもいかないので、俺たちは別の温泉へと移動した。
「俺が言うのもなんだけど。あいつ、楽しんでるな~」
「プリミラって、案外仕事と趣味と休息の配分上手だよな」
「案外っていうか、あいつくらいじゃないか? あそこまで完璧なの」
さすがは魔王軍一の常識人というか優等生というか、みんなで見習わないとな。
「さて、プリミラのお墨付きももらったことだし、ルトラに協力してもらうか」
「がんばります」
温泉の改善。すなわち強化だ。
今の温泉の効果を増幅させるということが期待できる。
ステータスや耐性の数値が上がるということになるんじゃないか?
「じゃあ、まずはベースとなる氷炎の湯から頼もうかな」
「あ……ええと」
「どうした? もしかして、別の温泉のほうがよかった?」
「いいえ。いえ、はい! そうですね! 私としては、どの温泉でも問題ないのですが、やはり烈火の湯が一番相性がいいと思います!」
「烈火の湯……あ~、ピルカヤの」
「深い意味はありませんが、いえ意味はちゃんとあります! やはり、同じ精霊同士ということであって、力の操作も最もしやすく、いえ、同じ精霊といってもピルカヤ様と私ごときでは、比べるのもおこがましいですが、精霊の力には私も多少なりとも覚えがありますので、ここは最も失敗しにくいピルカヤ様の力をもととしている温泉から始めるべきかと愚考いたします!!」
「じゃあ、それで……」
この子、ピルカヤのこと好きすぎて、興奮したらエピクレシみたいになるタイプだったか~……。
まあ、本人がそういうのであれば、一番やりやすい温泉から改良してもらうのがいいだろう。
本当にやりやすいのかはわからないが、少なくともモチベーションは一番上がるはずだ。
「お前、そんな面白いやつだったんだな……」
リグマがしみじみとそんなことを言う。
きっと、彼女が普段隠していた本性だったのだろう。
ピルカヤ欲が爆発して、ついついリグマも知らない姿をさらけ出してしまったといったところか。
「で、では、失礼いたします」
先ほどのまくしたてる姿から落ち着いて恥ずかしくなってきたのか、ルトラは若干顔を赤らめながら烈火の湯に入った。
入った……。え? 服着たまま入ったけど大丈夫?
「俺たちがいるせいで、服を着たまま温泉に入ることになったのかな。言ってくれたら、作業前に出ていったのに」
「いや、あいつ元から服なんて着てないぞ。服に見えているのは、体をそう変化させているだけだ」
「え、全裸だったの?」
「間違っちゃいねえけど、そう言ってやるな……。ほら、ピルカヤだって服なんか着てないだろ?」
「ああ、そういえば……」
精霊だからな。自然に近い存在らしいし、服なんてものとは無縁ってことだろう。
それに、あいつの場合は体が炎と融合したような姿なので、あまり気にしていなかった。
「あ、あの。別に精霊は常に裸でいる変態とか、そういうわけでは……」
「ああ、わかってる。つい、精霊が俺たちと別の存在と忘れそうになってな。気に障ったのなら悪かった」
「い、いえ。それでは、ピルカヤ様のお力を、解析して改良させていただきます」
そう言うと、ルトラは集中して温泉の改良を開始した。
さすがは水の精霊だ。自身に触れている水をなんらかの方法で、解析できているのだろう。
暇になったのか、リグマが過去の脆弱なスライムだったころの冒険譚を語ってくれたので聞いていると、集中のために閉じていたルトラの目が開く。
時間にして5分程度だろうか。思っていたよりも、かなり早かった。
「できました」
「お疲れ、それで改良はできそう?」
「? ええ、できました」
「……できましたって、もしかして解析だけじゃなくて、改良のほうも?」
「ええ。ピルカヤ様のお力は、やはり相性がいいので」
早いな。さすがは、ピルカヤの力だ。
どうやら、ルトラは本当に相性がいいからと、ピルカヤの湯を選択したらしい。
さて、もしかしてすでにメニューに追加されていたりは……。
烈火の湯(改):消費魔力 80
……されている。
されているけど、消費魔力量がだいぶ上がったなあ……。
それだけ効果が上がったと考えればいいのか、それともコスパは度外視なのか。
これはちょっと、検証が必要なようだ。
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