第188話 水分90%の温泉同好会
「ずいぶんと満喫してたな。あの人」
「欲望のダンジョンにふさわしい客でしたね。欲望の限りを楽しんでいましたし」
あの客は、定期的に訪れるが、ダンジョンに潜るでもなく、それ以外の施設を全力で楽しむから、印象に残っていた。
やはり、そちらの施設を楽しもうとする者が多いんだよな。
「毎回負け続きだったのに、よくもまあ懲りずに来るもんだ」
「というか、負けても楽しそうだったからね。それだけ、あのダンジョンを気に入ってたんじゃない?」
「甘いですよリグマ。負けたとしても、次は勝てるかもしれません。途中で諦めたら、これまでの努力が水の泡じゃないですか」
フィオナ様。それはわりと危険な思想です……。
最終的には、負けても勝ってもやめどきがわからずに、大敗するまで賭け続けることになりそうなので……。
「みんな、もっとダンジョンのほうに来てくれてもいいんだけどなあ」
「序盤はともかく、終盤はディキティスでさえ、本気で挑んだんだろ? さすがに、そこまで行くほどのやつはいねえだろ」
「うっ……でも、それはアナンタの指摘で直したし」
「苦労してんなあ……あいつも」
たしかに、つい夢中になってしまったが、ディキティスを基準にしちゃだめだよな。
だが、ソウルイーターは、どこかに置いておきたいじゃないか。
「思うに、ソウルイーターが危険視されておりますね」
「クララたちのときは、あれを序盤に配置してたからね~。あの子たちの覚悟がよくわかるよ」
「というか、レイくん的には、ダンジョンを攻略してほしいのか、ほしくないのか、どっちなんだ?」
「定期的に攻略してもらいたいけど、それはそれとして全力で迎撃したい」
「うむ。加減無しのぶつかり合いはいいものだからな」
リピアネムが賛同してくれたとおり、侵入者の撃退はわりと全力を出したい。
いつか、地底魔界が完成したときに、勇者たちが侵入してきたら、それこそ本気で潰さないといけないから、手加減する癖はあまりつけたくないんだ。
「加減も覚えないと、ダンジョンに人が来てくれなくなるよ?」
「だよなあ……。使えるものをなるべく駆使したい気持ちはあったけど、少しずつ減らしていくか」
「成長した自分を試したい気持ちはわかるんだけどね~」
「レイの好きにやっていいと思います」
「魔王様、あまり甘やかしすぎないでください」
普段ならば、フィオナ様を甘やかしすぎて俺が注意されるというのに、いつもと逆の注意をされてしまっている。
仕方ない……。やはり、ある程度力を抜くとしよう。
「だが、ここは人類の欲を刺激することで、来客も多い。下手に手を入れることもあるまい」
「それはそのとおりですね。レイ様、次回から一緒に頑張りましょう」
「はい……」
まだまだ、保護者と一緒でないといけないか。
早く独り立ちしたい。
「まあ、侵入者を増やすってことなら、危険が少ないほうがいいんだろうね。マギレマのレストランや、ここのカジノみたいに」
「あとは、やっぱり温泉宿が人気だよな」
「思い付きでやってみたけど、ちゃんと役に立っているみたいだな」
リグマが言ったとおり、外の者たちからも温泉は好評だ。
最初は湯治のために、ここを訪れる者がいたというわけではない。
しかし、ダンジョンに潜っていた者たちのほとんどが、温泉を利用しているうちに、噂が広まったようだ。
体力も魔力も回復できるから、効率よくダンジョンに潜れるようになり、そのうち単純に体を回復させるための客も増えてきた。
「つうわけで、ここらで俺たちのためにも、新しい温泉作りを試してみたらどうだ?」
「また、そんな無茶を……」
リグマは、いつもそうやって無茶なことを言ってくる……。
だけど、それに応えられたら、いい結果を残せるのも事実なのだ。
熱量変換といい温泉といい、とても便利な施設ができたからな。
まあ、いいだろう。今回は新規の施設ではなく、もうすでに作成済みの温泉の亜種を作るだけだ。
試そうとしていることを、この機会に試してみるだけでいい。
失敗したら、そのときはそのときだ。
◇
「温泉ってさ。マグマの罠と凍結の罠の組み合わせでできただろ」
「そうだな。あんなものから、温泉を作れるとか、おじさんさすがに驚いたぞ」
「なんか色々と混ぜたら、別の温泉できないかなあ」
「普通はできないって言いたいが、レイくんならできそうなのが怖い」
それか、派生してサウナとかできないか?
……いや、この世界の者たちが、サウナを使ってくれるかわからないな。
なら、やはり温泉のバリエーションを増やすほうを研究したい。
まあ、とにかくこういうのは専門家と一緒がいいな。
歩きながら話していたが、目的地に到着したので続きはそっちでやろう。
「ルトラ。今忙しい?」
「レイ様。リグマ様。いえ、温泉の管理は完璧ですので、特段忙しくはありません。しっかりと、侵入者たちごと水質を観察しているところです」
「やっぱり、仕事中だったよな」
訪れた時間が悪い。
夕方から夜にかけては、こちらの世界でも温泉の利用者が特に多くなるからな。
忙しくはないが、仕事中ということであれば、出直すとしよう。
「問題ありません。体をちぎって見張らせていますので、なにかあればすぐにわかりますから」
「あの、ちっちゃいかわいいスライムみたいなのか」
「か、かわいいですか? ありがとうございます?」
「ありがとな~。おじさんも、かわいいスライムだぞ~」
「たしかに、リグマはスライム状態のとき、マスコット感あるよな」
「冗談だったんだけど、本気で言われるとおじさん困っちゃう」
スライムって色々なイメージがあるからなあ……。
倒しにくかったり、強かったり、弱かったり、かわいかったり、グロテスクだったり。
姿だけでなく、印象までもが変幻自在だ。
「まあ、スライムの扱いはともかく、ルトラも協力してくれることだし、温泉の開発しようぜ」
「そうだな。ルトラ、これから温泉にいろいろ混ぜる実験するから、水質を見ておいてもらえるか?」
「かしこまりました」
それじゃあ、じゃんじゃん温泉に混ぜていこう。
「まずは……毒の霧」
「待って? おじさん、ときどきレイくんのこと理解できない」
「毒が温泉に敗北し、水質は特に変化ありません」
「お前はお前で、動じねえな。おい」
だめか……。
体への良し悪しは一旦おいておくとして、一番変化がわかりやすいものを入れたんだけど。
そう簡単に、新しい温泉は作らせないぞということか。
「大きな湖」
「水風呂……いえ、ぬるま湯でしょうか」
「サウナもないなら、使い道はなさそうかなあ」
というか、メニューに追加されていないしな。
つまり、ダンジョンマスタースキルさん的には、こんなもの新メニューと認めないということだ。
「油まみれの道」
「若干……お肌に良い成分が……? いえ、消えてしまいましたね」
「香油みたいな感じかなあ」
うまいこと混ざれば、女性陣が喜ぶかもしれない。
……フィオナ様も、喜んでくれるだろうか?
「獣人たちを恐れさせていたあの油が、美肌効果に使えるとなると複雑だな」
「なんの油なんだろうな? これ」
「レイくん、そういうところわりと大雑把なんだよなあ……」
使えればそれでいいのだ。
だいたい、俺が頼りにしているダンジョンマスタースキルさんなんて、その筆頭じゃないか。
仕組みも力の源もわからないが、こうしてとても役立ってくれている。
だから、深く考える必要はないわけだ。
「さあ、入れられるものはどんどん入れよう」
試しつつ失敗する。
正直、それすら楽しめるからな。
まあ、最初に考えていたように、失敗したらそのときはそのときだから。
どれか一つでも成功すれば、運がよかったというだけの話だ。
「果樹園作成」
「おじさん。アナンタの苦労がちょっとわかった気がするよ」
「あ、できた」
「しかも、成功しちゃうんだもんなあ……」
ベースとなった果樹園はどこへやら。
出来上がったのは、木々で覆われた中に沸く温泉。
まるで、ジャングルの中で入浴するような気分になれそうだな。
密林の湯:消費魔力 30
……氷炎の湯と同じ消費魔力。
ということは、これって付与効果ないんじゃないか?
ああ、検証が大変そうだ。俺も鑑定欲しいなあ。
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