第187話 決まり手は無欲
「あれ以来、
「警戒されちゃってそうですからね~」
イピレティスの言うとおりだ。
う~む……あのチャンスをものにできなかったのは、かなり悔しいな。
「仕方あるまい。あの場所では、あまり強力な罠やモンスターを仕掛けられていなかったのだから」
「どちらかというと、あの場所で仕留めようとしたのが間違いだったよなあ……」
「でも、どうせ奥までは入ってこなかったと思いますよ? 意気地がないですね~。男のくせに~」
意気地がないというか、本当に慎重なんだよなあ……。
まあ、奥まで入らなかったのは、イピレティスの言うとおりだろう。
なんせ向こうには鑑定がある。
配置しているモンスターや罠が強力なものになっていると見破られると、無理して進むことはしなくなるんだ。
「まあまあ、いいじゃないですか。転生者はともかく、こちらの世界の者たちは、どっぷりとはまってるみたいですから。欲望に」
フィオナ様が言うとおり、カジノは今日も大盛況だな。
酒に飯に温泉にギャンブルと、歓楽の限りを尽くしている者も増えている。
口コミもあるのか、徐々にその手の客が増えているみたいだし、商売という観点では大成功といえる。
『くそっ! このままでは、小遣いがなくなる!』
そして、リズワンは今日もいる。
あの宝箱以来、スロットやルーレットやダイスと、節操なく様々なギャンブルに熱中しているようだ。
勝ったり負けたりを繰り返してはいるが、途中でやめるということをしないため、最終的に負けが多い。
王様って、こんなのばっかりなのか?
「? どうしました? レイ」
……しまった。
うちの引き際を知らない王様を見ていたら、ばれてしまったみたいだ。
本当のことを言ったら、またほおをつねられそうだな。
「レイ様は、フィオナ様の美しさに見惚れていたみたいですよ~」
困っていると、イピレティスが助け舟を出してくれた。
やるじゃないか。さすがは俺の側近だ。
「はい。フィオナ様は綺麗ですからね」
「ほ、ほ~う。そんなに私の顔が見たいですか。では、今日は近くで眠ってあげますからね~」
「ありがとうございます……」
これはこれで困るので、早まったかもしれない。
おのれイピレティス。さすがは魔王の側近だ。
俺の側近かと思っていたが、実はフィオナ様の味方だった。
「しかし、様々な者たちが通うようになってきましたね。なんというか、最初のころとは客層が違うというか」
「最初は荒くれものの冒険者が多かったですからね。身なりを見るに、今は野宿すらできない裕福な層が増えているようです。リズワンは違いますが」
あの王様、野宿とか余裕そうだからな。
駆け出しの冒険者や、着るものを特に気にしていない汚れたままの探索者たちは、今でも存在する。
しかし、それらと同じくらい、ダンジョンには挑まない者たちも増えている。
宿に泊まり、マギレマさんの料理や温泉を楽しみ、カジノに通い詰める者たち。
「なんか、本格的にギャンブルのための施設になりましたね」
「え、今まで違うつもりだったんですか?」
……まあ、そっちはおまけで、ダンジョンがメインのつもりだった。
実際、ダンジョンのほうもなかなか盛況だ。
入り口からそう離れていない場所は、カジノの資金稼ぎに大勢が換金可能なアイテムや資源を探しに来ている。
少し奥では、もともとここに来ていた探索者たちが、自身の実力に見合ったギリギリを攻めて宝を求めている。
だけど、けっこうバランスとか罠とかモンスターとか考えたから、もっと奥まで侵入してもいいんだけどなあ……。
軽い気持ちで作ったカジノと、収支が同じくらいと考えると、ちょっとばかり複雑な気持ちだ。
「誰か、ソウルイーターに挑んだりしないかなあ」
「……なんか、急に怖いこと言い出しやがった……」
アナンタだって、俺と一緒にダンジョンを作ったのだからわかるだろう?
もっと奥にも仕掛けは作っているのだから、そこまで踏み込んでくれないと不完全燃焼だ。
というか、暇そうなソウルイーターがかわいそうじゃないか。
「まあ、そのうちこのダンジョンに慣れたやつらが、少しずつ奥にも入ってくるだろ」
「じゃあ、それまで長い目で見るとするか」
無駄にならないのならそれでいい。
そのうち、獣人たちのダンジョンみたいに、攻略者も増えていくことだろう。
上手い具合に、持ちつ持たれつの関係を構築したいものだ。
「とりあえず、宿とカジノの拡張。それに、もう少しサービスのいい接客でも考えるかあ……」
◇
冒険者というものは、危険を伴う職業だ。
だけど、そのぶん大きな稼ぎを得られることもある。
もちろん、毎回そんな都合のいい結果で終わることはない。
そのため、そんな大きな稼ぎを貯蓄しておき、稼げないときのための生活費に使う者も多い。
だが、それでは平凡な生活を送るだけではないだろうか。
私は、もっと良い生活を送りたい。
いや、送った気持ちを味わいたい。
「なあ、ケイティ……稼いだ分を全部使うのは、あまりおすすめできないよ」
「大丈夫。私は、たまにものすごく贅沢をして、その代わりにそれ以外は細々と食いつなぐって決めたから」
慣れている。
野宿することにも、風呂になんて入らないことにも、その辺の野草を食べることにも。
だから、その最低ラインの暮らしだって、別に苦しいものなんかじゃない。
だったら、今の生活のほうが私にはあっているのだ。
毎日、安めの宿に泊まって、水浴びをして、平均的な食事をとる暮らしもいい。
だけど、冒険者らしく野宿をして、ほんのたまに贅沢をするほうが、お得な気がする。
なんだったら、その日があるからこそ、他の日もがんばれている。
「じゃあ、今日はダークエルフのダンジョンに泊まるから、明日また一文無しになったら合流するわね」
「……もう、カジノで負けること前提じゃないか」
「いいのよ。楽しいもの。楽しいし、贅沢な暮らしだもの」
「パーティでの君との連携は、とてもやりやすいけれど、君の私生活だけはまったく理解できないよ……」
「まあね。私も自分の生き方がふつうじゃないってわかっているわ」
「まあ、本当にお金に困ったらいつでも言ってくれ。さすがに、路頭に迷って失わせるのは惜しいからね」
「うっ……そこで、私を甘やかしたら、贅沢に使うからやめましょう。じゃあ、行ってくるわ」
「心配だなあ……」
理解はされずとも、心配はしてくれている。
自分でもおかしな生き方だとは思うけれど、それを受け入れてくれているのならとてもありがたい。
さあ、切り替えよう。
今日だけは、私も他のすべてを忘れてパーっと豪遊するんだ。
◇
「ご利用ありがとうございます」
「ええ、それじゃあ一泊食事つきでよろしくね」
宿を早々に確保する。
最近では、拡張工事なんてしたらしく、以前のように部屋が取れないことはほとんどない。
……儲かっているのはうらやましい。なんとも、やり手なハーフリングだが、彼はハーフリングの中でも特に優秀らしい。
「本当にいい宿よね。王国の高級宿にだって、全然負けていない」
これらを用意しているのが、なんとあのダークエルフだというのだから、侮れない。
それとも、これもあのロペスとかいうハーフリングの指導のたまものなのか。
立地こそ、洞窟の中とあまりよくないけれど、そのぶんで安くなっているのなら、むしろありがたい。
「温泉だって、わざわざ怪我してから入る必要もないし、こうして疲れをとるだけでも十分すぎるわ」
広い温泉には、いくらでも浸かっていられそうだけど。
実際にそんなことをすると、のぼせるということもわかっている。
慣れない者は、昔の私のようにのぼせてしまい、しばらく部屋で横になることもあるみたいだが。
「宿はいい勝負だとしても、料理は完全にこっちが上なのよね……」
温泉から出て、食事をとる。
はっきり言って、ここより美味しい料理が食べられる場所なんて、一か所しか知らない。
水の国アルマセグシアの隠れ家レストランくらいだ。
というか、おそらくここと関係していると思う。
どうにも、この宿を経営しているハーフリングは、くだんのレストランに伝手があるようだ。
「まあ、わざわざあの国まで行かなくてもすむのなら、こっちとしてもありがたいけど」
食事を終え、ここからが豪遊の本番だ。
向かうはカジノ。欲望のダンジョンと呼ばれるようになったこの場所の、欲望の大半を司る恐ろしい場所。
私はいつも負けている。負けて負けて負け続きだ。
それでも、十分に楽しめているのだから、それで満足している。
「……でも、たまには勝ちたいけどね」
スロットにコインを入れては、負ける。
ルーレットの数字に賭けては、負ける。
ダイスも負け。カードも負け。
……楽しめている。
楽しめているのは事実であり、強がりではない。
でも、たまには勝ちたいのだ。
「これは……宝箱?」
「お客様は初めてでしたね。よろしければ、説明させていただきますが」
「お願いするわ」
久しぶりにきたら、私の知らないギャンブルが増えていた。
ダークエルフの説明を聞き、なんとも単純なルールに拍子抜けする。
要するに、くじ引きみたいな感じだ。
「今日はもう手持ちも尽きそうだし、最後にやってみようかしら」
「かしこまりました。では、宝箱に魔力を注いでください」
魔力を注ぐ……。まあ、ほとんど注いでも問題ないか。
どうせ、この後ダンジョンに行くわけでもないのだから。
あらかじめ購入しておいた酒と食事。それを部屋で楽しんで眠るだけ。
なら、冒険者として活動しているときのように、安全を加味して余力を残すこともない。
「終わったわ。開けていいのよね?」
「ええ、お客様の望むタイミングで、どうぞ」
ダークエルフに確認をとり、宝箱を開ける。
なんだか、せっかくの休みだというのに、冒険者としての活動をしているみたいだ。
まあ、いつもの宝箱から考えると、回復アイテムや水や食料か、あるいはそこそこの武器あたりが関の山だろう。
「……コイン?」
中にあったのは、一枚のコイン。
なるほど……これで、最後の賭けを行えと。
それにしても、このコインやけに綺麗に光っている。
それに、ここで扱っているコインとは違うようだが。
「そちらは、黄金のコインですね」
「黄金のコイン?」
聞いたことが……あるな。
どうやら、このコインはこの施設の備品というわけではなく、れっきとした消費アイテムだったらしい。
効果はたしか……。
「一度限りのパーティの逃亡用アイテムだったかしら」
「ご存じでしたか。使用すると、内包した魔力を解放しコインが消滅しますが、パーティを近場の村や町に転移させるものです」
どうしたものか。
たしか、それなりに高価なアイテムだったはずだ。
……それこそ、売りさばいてしまえば、今日の豪遊分なんて簡単に取り戻せる。
だけど、私はその考えを捨てた。
わざわざギャンブルをしていた日に、コインのアイテムだなんて縁起がいいじゃないか。
私たちだって、それなりに危険なことをすることもある。
いざというときのために、お守り代わりに持っておくとしよう。
それに、私は今回の結果に満足しているんだ。
再び、ほぼ一文無しの状態になったとはいえ、今日は初めて勝利で終えることができた。
きっと、この後の酒もさぞ美味いことだろう。
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