第184話 南の王はボヘミアン
フィオナ様の恐ろしい謀略によって、欲望のダンジョンは侵入者に次々と牙をむいていた。
しかし、牙にかかった者たちは、そこから抜け出すこともできず、そもそも抜け出そうともせずに、ずるりずるりと飲みこまれていく。
「俺、フィオナ様のこと久しぶりに怖いと思いました」
「ええ!? こ、怖くないですよ~。いい子にしてたら、怒りませんからね~」
いや、怒られたことない……いや、あるのか?
この魔族、怒っても怖くないから、わかんないや。
「見事に、フィオナ様の思い通りに、侵入者たちが負の連鎖に巻き込まれていますね」
「たまに勝てるようにしているじゃないですか! それだけでも、私よりも……くぅ……私なんて、そんな保証どこにもないのに!」
「すみません。そんな辛そうな声、あげないでください」
「なぐさめなさい」
「はい」
抱きしめて頭をなでながら考える。
たしかにカジノの宝箱は、ハズレ続きの中でも特にひどい者は、どこかで勝たせるようにしてあげている。
だけど、それって本当に救いなんだろうか……。
むしろ、そのあたりのせいで、余計にのめり込むことになっている気がするのだ。
「やっぱり、怖い……」
「怖くないですってば~! もう、前よりも生意気ですよ!」
「すみません。こわかわいいです」
「かわっ! ……生意気」
すみません。前までは、フィオナ様のステータス見てびびってましたから。
今は……その気になれば瞬殺なのは変わらないけど、フィオナ様はそういうことしない方だからなあ。
結果、かわいいだけの生き物になったけれど、欲望のダンジョンで、魔王らしい怖いフィオナ様を知った気がする。
軽く頬をつねられながら、そんな結論を出す。
間違ってはいないだろう。
だって、今もこうして頬をつねられているが、痛みはないからな。
あのステータスなら、俺の頬肉をちぎり取るなんて造作もないはずなのに。
「プネヴマよ。あれで、二人は特別な関係ですらないんだぜ」
「そ……それは……それ……で、推せ……ます」
「お二人が仲睦まじいのであれば、なによりです」
◇
「頼む! 頼むっ! そろそろいいだろう!? ここまで、散々お前に貢いできた! 貢がれる側である俺がだ! それでも、お前は俺に振り向てくれないというのか!?」
「あの~……お客様。ヒートアップするのは仕方ありませんが、もう少し落ち着いたほうが……」
「いいや違うぞ店主! 熱意だ! 熱意が足りない! だから、こいつは俺に振り向いてくれんのだ!」
ハーフリングの店主になだめられるが、そうじゃない。
気持ちの問題だ。俺はすべてにおいて、そうして取り組んできた。
そして、王にまで上り詰めたのだ。
ならば、こいつもきっとわかってくれるはず。そうだろう!?
……というか、部下にも、
そろそろ、なんらかの言い訳を持ち帰らせてくれ!
「旦那~。そろそろ、時間ですよ~」
「うむ! 魔力もほぼなくなった! さあ、機嫌を直してくれ!」
宝箱を開く。
すでに慣れたものだ。慣れたくはなかった。
一度であたりを引けていれば、ここまでお前に夢中になることもなかった。
……ならば、ここまでのハズレは、それはそれでよかったのではないだろうか?
「ほら、見たことか。すべてはこの出会いのためだったというわけだ」
出てきたものは、これまでのようなよく見るアイテムではない。
そこらにある武器や防具でも、消耗品ではない。
一振りの剣。一見すると禍々しい。いや、どう見ても禍々しい。
だが、俺にはわかる。お前はすばらしい力を秘めているとな。
「ほうほう、かなりのもんですね。おめでとうございます。旦那」
「うむ! 気に入った!」
「え~と……もしかして、武器として使うおつもりで?」
おかしなことを聞くものだ。
ここまでのアプローチで、ようやく
手に入れたからそれで終わりだなんて、まったく意味がわからん。
「当然だ。ちょうど、俺の目にかなう武器がなかったからな。今日からはこいつが相棒だ」
「飾るとか、売るとかならともかく、大丈夫ですかねえ……」
「大丈夫に決まっているだろう。なんせ、俺がようやく口説き落とした相手だぞ」
「まあ……旦那が気にしないのなら、いいんですけど」
気にしない? 気に入っていると言っているのだが。
店主はなにをそんなに心配しているのだ。
……もしや、この剣を知っているのか?
俺は知らん。ならば、教えてもらいたい。
「この剣は、どういうものなのだ?」
「…………え~と、魔獄の剣っすね。斬ったものの魔力をいくぶんか削る剣で……その、魔属性なんで、あまり人前で持ち歩かないほうが」
「……ふむ、魔族由来の武器か」
「なんかすんませんねえ。喜びに水を差すようで」
店主が申し訳なさそうにするが、聞いたのは俺だ。なにも問題はない。
というよりも、俺の魔力に応じた剣だ。魔族由来だろうが、今は俺のものだ。
ならば、なんら恥じることない立派な武器ではないか。
「気に入った。魔族かどうかなど関係ない。お前は俺のものだ」
「旦那が気にしてないなら、いいですけどね……」
いや、気にする。
一つだけ気になることがあった。
「斬ったものの魔力を削るといったな。もしや、魔力以外は斬れないということか?」
「……いえ、通常の剣の斬れ味にくわえて、相手の魔力も削るみたいなイメージですね」
「いいじゃないか!」
見た目も由来も関係ない。
むしろ、これからの魔族との戦いに大いに役立ってくれるだろう。
これは、部下にも鳳姉弟にも、良い言い訳ができた。
「満足した! また、利用させてもらうぞ!」
「どうも、今後ともごひいきに~」
良い宿だ。
期待していなかったのだが、部屋の質は非常に高い。
食事も……うちの者には悪いが、こちらのほうが美味かった。
そして、温泉とは非常にすばらしい。
カジノも、最終的に勝てたのであれば、もはや不満など一つもない。
……不満があるとすれば、ダンジョンも潜ってみたかったのだが。
鳳姉弟の忠告があるからな。
そもそも、独断で挑んだなんて知られたら、説教が長引きそうだ。
今回は、この成果で満足しよう。
なに、あの様子では宿は今後ますます盛況になる。
次に訪れたときも、変わらぬ満足感を得られることだろうさ。
◇
「報告は以上です。ビッグボスにボス」
「侮れませんね……」
「フィオナ様も、そう思いますか……」
ロペスの報告にあった、やたらと目立つ褐色の男。見た目からすると20代半ばくらいか?
人間ということを考えると、きっと見立てからそうずれた年齢ではないはずだ。
ただ……なんだか、とても存在感のある男だったな。
それに、どことなく気品があるというか、お忍びの貴族っぽさもあった。
そして、なによりがそのステータスだ……。
リズワン 魔力:77 筋力:68 技術:72 頑強:70 敏捷:61
ロマーナを超えている。
というか、身内を除いた場合でこれほどのステータスの高さとなると、イドのパーティメンバー以来だ。
絶対……主要キャラだろ。
フィオナ様も、その強さを理解しているのか、侮れないとまで言っている。
どうやら、カジノの宝箱に何度も挑戦していたようだが、こちらのテコ入れなく満足できる武器を入手してしまったみたいだしな。
いかん、重苦しい雰囲気になってしまった。
ロペスをこの空気につき合わせるのもかわいそうだ。
報告も終えたことだし、まずは退室させてあげよう。
「ありがとう。もういいぞ、ロペス」
「……ああ。悪いがそうさせてもらう」
ロペスも、なんとなくリズワンが危険そうだと察していたのか、冷や汗をかきながら部屋を出た。
「……よかったんですか?」
「よかったって、なにがでしょう?」
フィオナ様に尋ねると、きょとんとした顔をされた。
「なにがって、あの魔獄の剣とかいう武器。リズワンに渡ったら、こちらにとってよくないのでは……」
「あの者は、リズワンというのですね。ええ、かまいませんよ。魔獄の剣は、属性が魔ですから」
「そういえば、そんな話していましたけど、それだとなんで問題ないんですか?」
「魔族には、効果を発揮しにくい属性なんですよ」
なるほど……ようは、同じ属性だから耐性があるってことか。
ピルカヤに炎が効きにくいようなもんだ。
まあ、ピルカヤの場合効きにくいどころか、吸収するけど。
「じゃあ、なんでリズワンは、あの剣を使おうとしたんでしょうね?」
「きっと、知らないんじゃないですか? 今まで、魔属性の武器なんて、私たち魔族以外使ってませんから」
「人類には、よくわかっていない属性ってことですか。……解析されて、こちらが不利になったりは」
「案外、外の世界には魔属性の武器やアイテムってありますからね。一つ増えても今さらです」
となると、リズワンの武器はあまり脅威ではないか。
「あれ? じゃあ、フィオナ様が侮れないって言ってたのは、リズワン自身のことですか?」
なんせ、ディキティスたちといい勝負なステータスだからな。
武器はともかく、これだけでも強敵と言っていいだろう。
「あの者は、散々外れ続けても、宝箱を信じ続けてあたりを引き当てました。私ですら、たまにちょこっと疑ってしまうというのに……」
「あ、はい」
「なんとも、恐ろしい信仰の持ち主です……」
要するに、ガシャであたりを引いたからすごいってことか。
それは……フィオナ様にとって、脅威的なライバルかもしれないなあ……。
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