第183話 沈みゆくあなたに祝福を

「しかし、すごい人気だよな」


「ああ、ロペスのやつ相変わらず上手いこと考えるもんだ」


 仲間のハーフリングに話しかけられたため、当たり障りのない言葉を返しておく。

 ロペス。ハーフリングの転生者として、俺たちにあっさりと馴染んでみせたやつだ。それだけでなく、やけに金儲けが上手くいく。

 俺はあいつの金稼ぎの上手さは、転生者が女神様から授かる力のおかげでもあるんじゃないかとふんでいる。

 つまり、俺たちが真似しようとしても、おそらく大事なところで何かが足りなくて失敗するだろう。


 現に、あいつのやり方を模倣したはいいが、従業員や商店の品物を確保しきれずに、すぐに店をたたむ者たちもそれなりにいた。

 最初は成功しているように見えるのだが、このダンジョンは日に日に来訪者が増えているためか、人も物も想定以上に必要となってしまう。

 ロペスのやつは、それでも客を見事にさばいているが、他のハーフリングや人間たちはそう上手くできないのだ。


 ……建物すら用意できずに、口だけだったハーフリングも最初はいたが、いつの間にかいなくなっていたな。

 まあ、すぐに諦めて国に帰ったんだろう。


「あれ、俺たちで似たようなことできねえかな?」


 仲間に尋ねられる。なんのことかと聞き返す必要はなく、目の前のあれのことを言っているであろうことは察しがついた。

 ロペスのやつのとんでもない伝手はどうなっているのか、俺たちのすぐ近くには宝箱が置いてある。

 最近のこのカジノでもっとも人気があるのがあれだ。

 あれの所有権を購入し、一定時間好きにしていいというギャンブル。なんともわかりやすく手軽にできる代物だ。


 だが、あれを真似することは到底できやしない。

 まず、宝箱を確保して持ち帰るのが難しい。基本的には、高濃度の魔力が必要であり、誰も回収していないということは、見つけにくい場所か危険な場所に存在するということになる。

 それを、カジノの催し物として提供するというのであれば、定期的かつ相当数の宝箱を確保する手段が必要となる。

 この時点でだいぶ厳しい。おそらく、ロペスのやつかその協力者は、人目に触れていない宝箱を探し出す手段でもあるのだろう。

 そうでなければ、日にいくつもの宝箱を提供することなど不可能だ。


 仮に、ロペスみたいに宝箱を発見する手段を確保したとしよう。だが、それでもまだ不十分といえる。

 宝箱を輸送する際に、当然だが高濃度の魔力に満ちた場所だけを通るわけではない。

 移動途中に宝箱を維持できる魔力が存在しなかった場合は、せっかく見つけた宝箱が霧散する危険さえある。

 つまり、あいつが見つけている場所はここからそう遠くない場所なんだろう。


 ここまで考えればその先もだいたい想像がついた。

 あいつ。きっと、このダンジョンの中を探索して、宝箱を根こそぎ集めてきているんだ。

 俺たちハーフリングだけであれば、そんなことは自殺行為といえるだろう。

 だけど、あいつにはドラゴンの用心棒がいる。あのドラゴンの力をもってすれば、もしかしたら宝箱の回収も可能なのかもしれない。


「無理だな」


「やっぱりか?」


「ああ、宝箱がここにあるとしよう。それを回収するためには、腕に覚えのある実力者が必要だ。それこそ、あのドラゴンみたいなやつがな」


「あれほどの実力者か……ここにきている奴らと組んで、似たようなことができないかと思ったんだが」


「やめとけよ。あれだけの数を確保できる手段があってこそだ」


 なんとなくわかってきた。このダンジョンは恐らく宝箱こそがもっとも利になる。

 他のダンジョンよりも、入手できる宝箱の数が非常に多いのだろう。

 ロペスがあれだけ確保しても、これだけの探索者が日々ダンジョンを探索しても、それぞれ一定量の宝箱を手に入れていることが何よりの証拠だ。

 となれば、儲けるためにここを利用するのであれば、宝箱を狙うのが一番だな。


「俺は手堅くやっていく。明日も、いくつかのパーティについていって、探索の成果を山分けするつもりだからな」


「お前、カジノができてからも、最低限しか金を使わないからな」


「ああ、どうせ当たんねえよ。俺の運じゃな」


 そう、無茶な望みは抱くもんじゃない。たしかに、このカジノで勝つやつだって何人もいる。だけど、自分がその中に入れる保証などはない。

 そもそもそういうやつらはすでに何度も負けているので、差し引きではマイナスという者だって少なくない。

 一体何人が収支が黒字になったといえるだろうか。


「まあ、遊びでちょっと使うくらいだな」


「なるほどな。それで、あの宝箱を試そうってわけか」


「新しい物は自分で試してみないとな」


 もしかしたら、それがこちらの商売にもつながるかもしれない。

 まずは試す。そのうえで、自分で儲け話につなげられるようにする。それこそが、ロペスの上手い使い方ってわけだ。

 さて、話しているうちに順番がまわってきたようだ。こういう回転率の速さも儲ける秘訣か……。


「では、時間内であれば、魔力を注入するも開封するもご自由にどうぞ」


 魔力を注ぐ。それで宝箱の中身が良い物になる。そんな噂が真実だったことを確かめたのは大したものだ。

 あのドラゴンさえいれば、最悪魔力の枯渇で気絶しても問題ないからこそできる芸当か。

 普通の探索パーティであれば、そんな足を引っ張るような行動できないからな。


 かといって、宝箱を持ち帰るのも問題だ。まずかさばる。そして、開封していない宝箱ということは、少量といえ魔力を奪う。

 わずかな魔力が生死をわけるような場合、そんな危険因子を手元に残しておきたくない。


 だが、こうして安全な場所であれば、気兼ねなく魔力を消費してもいいわけだ。

 探索中に発見した宝箱にはできないことを試せる。そして、自らが何かをすることで成果が向上する。代金も時間も手軽といえる程度の消費。

 ……あいつ、わりととんでもないギャンブルを考えたんじゃないか?

 あいつの思惑にはまらないよう、気をつけないといけないな。


「そろそろか」


 思考しつつも魔力を注いでいると、宝箱の見た目が変化した。

 こうして、宝箱が変化するのを見るのも今では慣れたものだが、このカジノができなかったら一生見ることもなかっただろう。

 さて、魔力は枯渇させたくないし、見た目が変わったのであれば、それなりの成果を期待できる。

 はまってしまう前に、この宝箱の中身を回収して終わるとしよう。

 中身は……。


「治癒の聖杯?」


 銀色に輝く杯には、金色の装飾で細かにツタのような意匠が施されている。

 見覚えがある。遠目で見たことがあるだけだ。俺程度が扱う品に、こんな高価なものはない。


「お、当たりじゃねえか。おめでとう」


「ロペスか」


 周囲がざわついたためか、係のダークエルフが俺の当てたものを伝えたためか、ロペスのやつがやってきた。

 そういえば、こいつあたりが出たときは、こうして祝いの言葉をくれるな。

 そのうち、こいつが宝箱に近づいたら、誰かが当たりを引き当てたなんて噂がたちそうだ。


「悩ましいな。それ、売るか自分で使うか難しいだろ」


「そう、だな……」


 これが、扱うことのない装備品や素材だったら割り切れた。さっさと売ってしまえばいいのだから。

 しかし、このアイテムの効果は、俺も使えなくはないんだよな……。

 注いだ水を回復薬に変えるアイテム。使いすぎると効果はなくなるが、それも何日か何か月か、時間を置くことで解決する。

 ダンジョンに潜るのであれば、持っておいてもいいアイテムだろう。

 まいったな……まさか、自分がこんなアイテムを当ててしまうとは。


 ……もしかして、俺は案外宝箱と相性がいいのか?


「とりあえず、帰る」


「おう、さすがに魔力を消耗した後にダンジョンに潜るのは、やめたほうがいいからな」


 そう。ロペスの言うとおりだ。

 まずは帰って休むとしよう。明日も探索があるんだ。

 ……案外簡単だったな。これなら、探索をしつつ一日の終わりに宝箱を開けてもいいんじゃないか?


 のめり込むつもりはないが、別にその程度の出費も魔力も問題ないだろう。

 そう。のめり込まなければ大丈夫。

 なにも全財産を使おうってわけじゃないんだ。余裕がある分を使うだけ。そう心がければ、なにも問題はない……はずなんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る