第182話 魔力仕掛けのギャンブル

「くそっ……勝ったり負けたりで、宿代を稼げるかも怪しい」


「お前もか……そろそろ、ダンジョン潜んねえとまずいかもなあ」


 そう話している近くでは、知らないハーフリングが大当たりを引いているのだから、世の中って不公平だ。

 だが、あれはあれで存外悪いものとも言い切れない。

 つまり、俺たちにだってあれくらい大当たりするチャンスがあるということだ。


「仕方ない。ちゃちゃっと稼ぐとするか」


「ん? なんか、ロペスのやつが人を集めているな」


 人だかりの中心にいるロペスと、従業員であるハーフリングやダークエルフたちを遠巻きに眺める。

 ロペスのやつが、あの恐ろしい用心棒に運ばせているのは……宝箱か?


「え~、日頃から当カジノをご愛顧いただきありがとうございます。本日は、新たな催しを紹介します」


 ……ついつい聞き入ってしまった。

 ロペスのやつ、いったいどんな手段で、宝箱を安定して確保しているんだ。

 相変わらず、こいつだけは俺たちの何歩も先を進んでいる。


 だが、悪くないかもしれないな……。

 たしかに、宝箱の中身は、一説ではダンジョンの魔力を吸収して内容が変化しているなんてものもあったが、本当だったとはな。

 なにしろ、たいていの宝箱は発見が困難か、周囲か帰り道が危険な場所にしか存在しない。


 そのため、おいそれと魔力を注いで検証なんてできなかった。

 だというのに、ロペスのやつはすでにその検証を終えていた。

 それどころか、安全な場所で宝箱に魔力を注いで、アイテムの質を上げることができる場まで設けるなんて。


 今後もダンジョン内で発見したものであれば、魔力を注ごうなんて気にはなれない。

 なにしろ、下手に魔力を消耗するだけで帰還すらできなくなるのだから。

 かといって、魔力を少しずつ注いで通うなんてこともごめんだ。それだと、モンスターどころか他の探索者に奪われる可能性さえある。


 しかし、ここで行った場合は、ロペスの用心棒がしっかりと守ってくれるという保証付きとうことか……。


「やってみるか……」


 魔力にそこまでの自信があるわけではないが、まあ試しに一度くらいはいいだろう。

 物珍しさからか、俺のように一度くらいはと思ってか、宝箱の前に列ができる。

 ロペスのやつは、手慣れたもので、そんな列をスムーズにさばいては宝箱を用意する。


 ……本当に、どうやったらあれだけの宝箱を、安定して手に入れることができるんだ。

 まあ、気にしてもしかたない。それよりも、そろそろ俺の番だな。

 係のダークエルフに料金を払うと、宝箱の前に案内された。


「それでは、魔力を注ぐも開封するも、お客様のお好きなようにしてください。30分で挑戦は終了です。一度離れた場合は、挑戦権も無効となりますので、ご注意ください」


「わかった」


 まあ、そんなに時間はいらないだろう。

 魔力を注ぐこと自体は、すぐに終わってしまうし、宝箱を開けるのなんてそれこそ一瞬だ。

 さあ、なにかいいものを……引かせてくれ!


「中身は……!」


 大きな箱の中には、小さなアイテムがぽつんと置いてあった。

 透明なガラスでできた小さい箱。一見すると、室内を装飾するための工芸品のようだ。

 だが、完全に密閉されたガラスの中に、小さな炎がいつまでも灯っているのが見える。


「不滅の炎……」


「おめでとうございます。たしか、価値の高いアイテムだったと存じます」


 そう、当たりだ。大当たりじゃないか?

 俺には使い道がないが、ドワーフあたりなら、鍛冶に利用できるから高額で引き取ってくれる。

 それともこの炎をそのまま利用できそうな、魔法工芸師あたりをあたってみるか……。

 ともかく、使える者に売れば、今日までの宿代の何倍もの金が手に入る。


 あの伝説のアイテム、極光の炎の正体は、実はこれだったのでは、なんて考えられているくらいだ。

 その辺の真偽はどうでもいいが、ともかくめったに見ることのないアイテムには違いない。


「お~、当たったのか。やるじゃねえか」


「ロペス……お前、さっきまでの態度と違うな」


「まあな。あれは、大勢の客用のよそ行きの態度だが、同族相手なら変にかしこまっても仕方ねえだろ」


「まあ、正直なところ胡散臭さしかなかった」


「はっはっは! 違いない」


 まあ、俺たちはわりと他種族相手と取引することが多いからな。

 あの手のかしこまった態度は、だいたいのハーフリングができる。


「それで……まさか、当たりを引いたから返せなんて、言わないよな?」


「そりゃあ当然だ。そんなことしたら、誰も宝箱を利用しなくなる。目先の欲に釣られたら損するだけだ」


 よかった……。

 あの用心棒を連れてこられ、ちょっと脅されでもしたら、このアイテムを手放すしかなかったからな。

 だが、こいつはそういうせこい真似はしないやつだ。


「まあ、宣伝には使わせてもらうけどな」


「え……」


「御覧のとおり、何が手に入るかはこちらもわかりません! 運と魔力に自信がある方は、一度試してみてはいかがでしょうか!」


 俺を見て、客たちは盛り上がり、拍手と羨望と妬みが送られた……。

 こいつ、ちゃっかりしてんなあ……。

 ただでさえ盛況だった列に、どんどん並ぶ者が追加されるのを見て、俺は感心するばかりだった。


    ◇


「ロペスって、こういうの得意だよな~」


「ふっふっふ……人類どもめ、せいぜい宝箱ガシャの沼にはまるがいいです」


 怖くなければ悪そうでもない。なんだこのかわいい生き物。

 しかし、言ってることはただのガシャ中毒者だ。

 しかも、テラペイアが匙を投げるタイプの重傷者。


「あのハーフリングが引いたアイテムは、こっちでテコ入れしたものですか?」


「いえ、そろそろ魔力を注入して当たりを引かせようとしましたが、自力で当てましたね。……うらやましい、おのれ人類」


 うらやましいっていうのは、あのアイテムじゃなくて、満足いくガシャ結果だったほうだろうな。

 だけど、フィオナ様は狙いが大物かつ、一点張りすぎるのが問題だと思う。


「不滅の炎でしたっけ? もしかして、ピルカヤに渡せば強くなれたとか」


「それほどでもないですね。ピルカヤは、すでに極光の炎というあれの上位互換を吸収したので、小さな炎は溶け込まずに消えるだけです」


「今のボク、かなり強いからね~」


 さすがは、色が変わるほどの変化だな。

 見た目や色の変化は、強くなるものと決まっている。


「……私が七色に光ったら、レイはどう思いますか?」


「バグったのかと思います」


 この変化は、ピルカヤやルトラなら問題ないが、人型の者が七色に光り出したら怖いぞ……。


「なら、やめておきましょう」


 できるの!?

 危なかった。俺の意見ひとつで、面白魔王が生まれるところだった……。


「さて、宝箱沼も上々な滑り出しですし、懸念していた問題も発生していません。このまま人類を欲望の限り、沈めちゃいましょう」


「は~い」


 ……自分の好きな分野というか、得意分野を発揮できるのは良いことなんだろうけどさあ。

 なんか過去一番、フィオナ様が魔王している気がするんだけど、これでいいのかなあ……。


    ◇


「温泉にカジノだって!? なんだ、その面白いことを考えるハーフリングは!」


「え、カジノ……? 私たちが行ったときは、そんなものなかったけど。それ、本当なの?」


「え、ええ。何日か宿が改築のため使用できなくなり、その後カジノが作られていたため、おそらくは建造魔法の使い手に依頼したものかと」


「ああ、そういうのもあるのね。便利だけど、慣れないわねえ」


「気に入った! おおとり姉弟の報告にあった温泉だけでも十分だったが、カジノまでとなると我慢できん!」


「お、王様……落ち着いてください。ぼくとお姉ちゃんも一回死んだくらいには危険ですから」


「む……そうだったな。転生者であるお前たちの能力がなければ危険か……」


「私はともかく、広貴こうきも苦戦するって、ダンジョン自体はかなり危険だと思うわよ」


「お、お姉ちゃん……王様にそんな口の利き方」


「かまわん。ダンジョンの調査に転生者の仲間づくり、お前たち姉弟はよくやっている。それで、広貴よ。魔王を倒す条件、まだ満たせていないか?」


「だから、わからないってば。それを確認できる能力を持った転生者がいないって、いつも広貴が言ってるでしょ」


「ということは、その国松くにまつとやらも、求めていた能力ではないということか」


「便利な能力だけどね」


「ならばいい。そのことを知っている者が増えて、魔王に感づかれるわけにはいかんからな」


「念のため、魔法で結界を作っていますし、炎はないから大丈夫だと思いますけど……」


「ピルカヤか。生前は苦戦させられたからな。やつが死んだはずとはいえ、魔王が生きている限りは油断できん。どこの国も同じだろうがな」


「のぞき見なんて、失礼しちゃうわ。ねえ、王様。今後は国松と仲間探しを続けるけどいいでしょ?」


「うむ。こちらとしてもありがたい。では、その間に俺はそのダンジョンとやらに……」


「だめです。危険だと言われているでしょうが」


「だが……」


「欲望のダンジョンなんて、あなたが二度と帰ってこなくなるからだめです」


「……はぁ。融通が利かない」


「だから信用してるくせに、よく言うわよ」

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