第175話 甘くてとろける誘惑の匂い

「アイス~」


「マギレマさんってなんでも作れますよね」


 材料さえあれば、彼女に作れないものはない気がする。

 風呂上りに、ダークエルフたちが持ってきてくれたアイスを食べながら、改めてその力量に感心してしまう。

 フィオナ様は慣れているのか、特に気にした様子もなく食べている。

 さすがは魔王だ。きっと様々な料理や菓子を食べてきたのだろう。


「マギレマは、長年にわたって料理の腕もレパートリーも増やしましたからね! 私が育てました」


「え、もしかしてフィオナ様が料理を教えたってことですか?」


 意外だ。

 フィオナ様は、てっきり食べる専門であり、マギレマさんが毎食作っていたのかと思った。

 だが、マギレマさんが復活する前は、食料を適当に食べていたし、案外自炊もできるのかもしれない。


「なので、私が色々な注文をすることで、彼女はそれに応えるために成長しました。だから、私が育てました」


「食べる専門じゃないですか……」


 最初の考えであっているじゃないか。

 ということは、フィオナ様は自炊とかしないで、プリミラあたりに任せていたのかもしれないな。

 見た目は、どう見てもフィオナ様のほうがお姉さんなのに、幼く見えるプリミラのほうが信頼があるのはなぜだろう……。


「どうせ一人で食べるので、それならせめて見た目が華やかだったり、様々な料理を望んだっていいじゃないですか~!」


「まあ、それがマギレマさんの仕事なので、俺からはなにも文句はありませんけど」


 一人で……そういえば、これでも魔王様だからな。

 誰かと一緒の食卓というほうが珍しいことなのかもしれない。

 最近では、マギレマさんの食堂に普通に通っているけどな。


「昔は、みんなと別に食事をとっていたんですね」


「ええ、だって全員同じメニューでしたから」


 なるほど……。昔はマギレマさんも、まだそこまでは対応できなかったんだろうな。

 今のように、各々が好き勝手注文して作るのではなく、決められたメニューを大量に作って対応していたのだろう。


「それで、フィオナ様だけは特別に、別の料理を作ってもらっていたってことですか」


「べ、別にわがまま言ってたわけじゃないですからね!? むしろ、全員に真似するように言いましたが、誰も聞いてくれたなかったんです!」


 ……それ、マギレマさんが大変だから、他の魔族たちは気を遣っていたんじゃないだろうか……。


「まあ、そんなフィオナ様の注文があったからこそ、今のマギレマさんみたいに、色々な料理を手早く作れるようになったってことですね」


「そういうことです!」


 胸をはって、本当に嬉しそうにしている。

 やっぱり、この魔族は部下のことが大好きなんだろうなあ……。


「まったく困ったものですよね。私以外の全員が、一番簡単かつ迅速に栄養補給できるものだけを、摂取していたんですから……」


「え……」


 なんか、ちょっと思っていたのと違う。

 俺はてっきり、献立のようなものがあって、それを全員分作っていたのかと思ったけど、今の話を聞く限りでは、毎食同じものを食べていないか?


「ちなみに、どんなものだったんですか?」


「なんか最終的には、ブロック状に固めたものでしたね」


 う~ん……。栄養補給のみを目的とした食品みたいだ。

 俺が前住んでいた世界にも、そういう食べ物はあった。

 だけどそれって、忙しい人が栄養を補給するためのものであって、毎食の食事にまではできないような……。


 わかった……。

 たぶん、ピルカヤとかマギレマさんって、今でだいぶマシになっているんだ。

 働きすぎのワーカーホリックという印象だったけれど、ちゃんと食事するだけ改善されている。

 それも、昔はその二人だけでなく、他の魔族たちも仕事に熱中して、食事の時間すら惜しむような者ばかりだったと……。


「ま、まあ……今は改善されていますので、たしかにフィオナ様のおかげみたいですね」


「そうでしょう! 私も、これで色々とがんばっていたのです!」


 フィオナ様も、魔王らしく色々と考えているんだなあ……。


    ◇


「というわけで、イピレティスは隙あらば私のことを殺そうとしてくるので、そのたびにこの魔王チョップで叩きのめしていました」


「……薄々は気づいていましたけど、あいつ誰よりも好戦的ですね」


 イピレティス……。今でこそフィオナ様の忠実な部下だが、納得するまでは狂犬みたいなやつだったんだな。

 俺の場合、弱くて相手にされていないのか、あるいはフィオナ様のしつけのおかげなのか……。


 なんとなく、マギレマさんの話から派生して、今いる魔族たちの昔話を聞かせてもらう流れとなった。

 ……なのだが、さすがにもう夜も遅くなってきているな。

 フィオナ様が、うとうととし始めている。


「そろそろ寝ましょうか」


「……はい。うん? まだ寝てませんよ?」


 返事もなんかおかしくなっている。

 俺と会話をしていたので、眠気を我慢してくれていたのかもしれないな。

 幸い、ベッドは二つある。

 そう。いつもと違って、今日はベッドが二つあるのだ。


「じゃあ、失礼しますね~」


 意識がまどろみ始めているフィオナ様を、ベッドへと運ぶ。

 ステータスこそ高いものの、俺でも運べる程度には軽い。

 こうしていると、ふつうの一人の女性でしかないんだよなあ。


 ベッドに寝かせると、フィオナ様は糸が切れた人形のように、深い眠りの中へと沈んでいったようだ。

 う~ん……俺はまだ眠くないんだけど、もしかしてこれって不健全なのか?

 フィオナ様って、意外と規則正しい睡眠時間をとっているからな。

 それに比べて、こちらはついつい思いついたダンジョンやモンスターのことを考えたりで、この時間にはまだ眠っていない。


「たまには、フィオナ様を見習うか……」


 そう思い、自分のベッドに向かおうとする。

 もっと早くにそうすればよかった。

 そんな後悔が頭をよぎるが、もう手遅れだ。


 俺の体を思い切り引き寄せられたかと思うと、そのまましっかりと逃げられないように強く抱きしめられる。

 ……ね、寝ぼけているはずなのに。


「フィオナ様?」


 だめだ。この様子は、完全に眠っているときのものだ。

 つまり、無意識に俺という抱き枕を求めたということだろう。

 ……これは、結局同じなんじゃないか?

 いつものように、フィオナ様に抱きかかえられたまま眠ることに……?


 だ、大丈夫だ。

 なんせ、慣れている。

 それが良いことか悪いことかはわからないが、この程度にはもう慣れているんだ。


 ……温泉のせいだろうか。

 場所が違うせいだろうか。

 なんか、やけに……良い匂いがする。


 というか、なんかいつもより抱きしめる力強くないですかねえ。

 いつもより柔らかさを全身で感じることになって……。

 くそっ! フィオナ様のくせに!


 結局その日は、いつもと違って眠ることができなかった。


    ◇


「自分の部屋じゃないというのは、気分が変わってなかなか面白いですね」


「……そうですね」


「大丈夫ですか? なんだか、疲れているみたいですけど? もしかして、慣れていない場所では眠れないタイプですか?」


「いえ……いや? ある意味ではそうかもしれません」


「そうですか。では、もうすっかりと慣れた私の部屋で、一緒にお昼寝してあげてもいいですよ」


「今日はちょっと勘弁してください……」


「で、では、早く慣れるためにも、しばらくこの宿に泊まりますか?」


「それは、もっと勘弁してください……」


「わ、私がなにかしましたか!?」


「いえ……俺の弱さが悪いんです……」


 結局その日は眠気で仕事どころではなかった。

 一日休ませてもらうことで、俺もなんとか疲れをとることができたが、結局おうちが一番ってことなのかな……。

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