第174話 プリミラさんの長期計画
「なんか、余計に疲れた気がする……」
休みにきたはずなのに、先ほどのやり取りで気疲れが……。
だが、別にあのやり取りが嫌いなわけではないので、自分でも困ったものだと思う。
出会ったときは、ステータスの暴力に驚いたものの、フィオナ様と一緒にいるとなんか落ち着くからなあ。
「まあ、だからと言って混浴までは無理だ」
自分の気持ちを整理する意味でも、そうつぶやいて温泉に入ろうとする。
扉を開けると、室内に満ちていた湯気がこちらに流れ込んできた。
落ち着いた静けさに支配された空間は、ともすれば俺が独占しているかのように感じるが、先客が何人かいるようだ。
皆疲れを取るために、ゆっくりとしているみたいだな。
「おう、珍しいなレイくん」
「リグマも来ていたのか」
「おじさんは、もう常連だからな~。むしろ、レイくんもこいつも、もっと休むべきだと思うぞ」
リグマは、温泉ができてから入り浸ってるっぽいもんな。
作った側からすれば、そこまで愛用されるのであれば、冥利に尽きるというものだろう。
反面、リグマが指さしたこいつ。つまり、ピルカヤは不満そうにしていた。
「ぬる~い……仕事した~い」
「休めって、テラペイアにも言われていただろうが」
「いらないのに~」
まあ、俺ですら働きすぎるなとここに招かれたのだから、ピルカヤがいるのも当然か。
しかし、仕事を休ませるのはいいとして、ピルカヤの場合は専用の熱い温泉のほうがいいんじゃないか?
「なんで、マグマのほうに入ってないんだ?」
「こっちのほうが、疲れがとれる成分があるんだってさ~」
「ああ、そっか。リグマが入っている温泉だもんな」
「そういうこと。おじさんのスライムとしての力が、よくわからない作用で役立ってるみたいでよかった」
「でも、ぬるいよ~。リグマがマグマのほうに入れば、同じ成分が向こうにもできるんじゃないの?」
「死ぬわ」
さすがのリグマも、マグマに浸かり続けるのは無理みたいだ。
死ぬかどうかは、わりと怪しいところだけどな。
なんか、ダメージは受けるがなんやかんやで無事でいそう。
「それにしても、レイまで来るなんて珍しいね」
「お前が言えたことじゃないけど、まあそうだよな。レイくん、自分で作ったくせに全然来ねえから」
「ああ、なんか急に呼び出されたから、なにかトラブルかと思ったら部屋に案内された」
「テラペイアのしわざだな……」
「ボクも似た手口でやられたよ。ルトラめぇ……裏切るなんて」
ルトラは、ピルカヤのことを精霊つながりで尊敬しているからな。
だからこそ、休みなしで働き続けるピルカヤを心配してのことだろう。
「まあ、休んどけ。二人とも替えが効かないんだから、倒れられても困る」
「は~い……」
ピルカヤがいないと、ダンジョン内や周辺の監視ができなくなるし、俺がいないと、ダンジョンの施設の補修ができないからな。
リグマの言うとおり、たまにはそれらを忘れてゆっくり過ごすのも必要か……。
「二人とも休み方がわからないっていうのなら、おじさんが酒持って部屋に遊びに行ってやるぞ~」
「あ~……たしかに、暇だからレイの部屋に遊びに行くのもいいかもね」
「俺は全然かまわないけど、一応フィオナ様に聞いてからでもいいか?」
まあ、あの魔族ならこの二人が遊びにきても喜んで歓迎してくれるだろうけどな。
さすがに無許可でというのは、礼儀に欠けるだろう。
そう思って一度断ったせいか、二人は固まってしまった。
待ってくれ。ノリが悪いやつだと思わないでくれ。同じ部屋にいる以上、フィオナ様の確認はいるだろう。
「レイくん。一人で来たんじゃねえの?」
「え、ああ。フィオナ様と一緒に来たけど」
「この後魔王様と会う約束してたってこと? じゃあ、ボクたちと遊んでたらだめじゃない」
「会うというか、まあ同じ部屋だから一緒に戻るつもりではあるけど」
「すまんレイくん。邪魔をした。いや、邪魔をするつもりはなかった」
「え? 別に邪魔だなんて……」
「魔王様によろしくね~。二人でゆっくりと休みなよ」
ピルカヤにそんなことを言われる程度には、俺は疲れているように見えるのか。
なんだか、二人に気を遣われてしまったようだ。
一人ぽつんと残された俺は、なんとなくもの悲しさとともに、温泉を堪能することとなった。
◇
レイと分かれて女性用の温泉に入ると、そこには先客がいました。
さすがは、私のレイが作った温泉です。魔族にもそうでない者にも、人気なのですね。
「魔王様。お疲れ様です」
「ああ、気にしないでください。そんな様子では、せっかくの温泉でも疲れがとれないでしょう」
全裸で直立不動になってから頭を下げるリピアネムを見て、周囲の者も立ち上がりそうだったので制しました。
ただでさえ、仕事ばかりの者が多いのに、こんな場所でも気を張り詰めてはいけませんからね。
「魔王様がこちらにいらっしゃるなんて、珍しいですね」
先ほど唯一立ち上がらなかったプリミラが、湯に浸かったまま話しかけてきました。
この子みたいに、みんなちゃんとのんびりしてくれたらいいんですけどね。
特にピルカヤです。マギレマはともかく、ピルカヤのあれは全部仕事ですからね。
……レイも最近危ないですね。やはり、もっと一緒にお昼寝を……。
ええ、これは魔王としてしかたないのです。無茶する部下を、言っても聞かない部下を、無理やり休ませるために必要で……。
あれです。別に抱きしめて匂いを嗅ぎながら寝ていたらよく眠れるとか、決してそういう理由ではありません。
前は柔らかかったのに、最近はちょっとずつ固くなっていますけど、それはそれで成長を感じられますね。レイも男の子ですもんね。
「魔王様?」
「はいっ! しかたないことなんです! 別に公私を混同したり、私利私欲というわけでは……」
「申し訳ありませんが、なんの話でしょうか?」
……レイが悪いです。
「ええと、温泉を利用する話でしたね」
「はい」
「まあ、さっきのように、皆が気兼ねなく休んでいる場所ですからね。あまり上司の顔を見たくない空間でしょう」
「いえ、そんなことはありません!」
「リピアネム。あなたやプリミラは、普段から顔を合わせて慣れているかいいですが、魔族以外の者たちはそういうわけにもいかないのです」
魔王ですからね。
別に、嫌われているのに慣れているとか、そういうふてくされた発言ではなく事実です。
そもそも、種族関係なく、せっかくの休みに上の者と一緒にいたくはないでしょう。
「では、今回はどうしてこちらへ?」
「レイが働きすぎなため、私と一緒にここで休むことになりました」
「なるほど……つまり、レイ様と泊まられると」
「ええ、この後一緒にマギレマが作ったアイスを食べます」
「仲睦まじいようで、今後も魔族は安泰ですね」
「当然です。レイは私のですからね」
その発言からすると、私とレイが仲たがいをする心配でもされていたのでしょうか?
その心配は無用ですね。あの子は私のですし、いつまでも仲良く暮らし続けますから。
「教育は私たちにもお任せください。……いえ、やはり専門分野であるダスカロスを、そのときまでに蘇生していただくべきでしょうか」
教育? ああ、たしかに。
レイの力は、どんどん増していっているようですからね。
最近では、プリミラやアナンタが加減させているみたいですから、そのあたりの教育は必要でしょう。
「ええ、任せました。しっかりと教育してあげてください」
「はい。次期魔王ですからね。魔王様とレイ様だけでなく、私たちもしっかりと教育してみせます」
次期魔王? 別に、魔王の座をゆずってもいいですけど、レイって魔王になりたがっていましたっけ?
なんか、ちょっとおかしな言葉だった気がしますが……。まあ、いいでしょう。
プリミラなら、きっと間違いなくこなしてくれますから。
「ふむ、よくわからんが、レイ殿を鍛えればいいのだな?」
「いえ、まだまだ先の話ですし、鍛えるというよりは教育です」
「そうか。では、そのときは遠慮なく呼んでくれ」
プリミラには、ずいぶんと先の展望が見えているようですね。頼りになります。
いっそ、私は隠居して、レイと一緒に毎日ガシャを引いていればいいのでは……。
どうせ毎日ピルカヤに頼んで、レイの姿を見ているのですから、近くにおいておけばそのぶんピルカヤの負担も減ることに……。
「魔王様」
「は、はい!?」
「今後もレイ様とともに、励んでください」
「え、え~……」
見透かされてますね……。
わかりましたよ。ちゃんとたまに気が向いたときに、魔王としても働きますよ……。
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