第173話 きっと恒例になる婚前旅行

「お待ちしてました。レイ様」


「えっと……よくわからないんだけど」


 理由も教えてもらえずに、イピレティスに連れてこられた場所は、ルトラに任せている温泉だった。

 正確には温泉宿であり、要するにロペスが侵入者たち相手に経営している宿を見て、従業員たちがうらやましがっているから作ったものだ。

 温泉だけでも盛況だったことからわかるとおり、こちらの宿は従業員たちにとても人気がある。


「なにか問題でもあった? 備品が壊れたとか、温泉の成分が変わったとか」


 管理を任せていたルトラに呼ばれた以上は、彼女では対処しきれない問題でもあったのだろうか。

 そう思い尋ねるも、どうやらそうではないらしく、首を左右に振りながら否定されてしまった。

 おかしいな。絶対にとんでもない大問題が発生したと思ったのに。


 そう思うのも無理はないだろう。

 なんせ、俺だけでなく、フィオナ様まで一緒に呼び出されているのだから。

 偉い人のくせに、呼び出されたらわりと素直にきてくれるからな。この魔王様。


「いえ、本日はお二人に、こちらで休んでいただこうかと思いまして」


「休み……?」


 なんで急にそんなことに?

 そんな疑問が伝わったのか、ルトラは俺の疑問に答えるかのように、言葉を続けた。


「テラペイアからうかがっています。レイ様は、無自覚に殺意が高く、無自覚に仕事ばかりして、無自覚に疲れを溜める方だと」


 テラペイアのやつ……なんて分析をしているんだ。

 そして、ルトラはそれを鵜呑みにしたということならば、彼女もまた俺にそんな印象を抱いているということか。


「その件については、異議を申し立てたいんだけど」


「では、前回の休みはいつ取られましたか?」


「そんなの、毎日ちゃんと休んでいるけど……」


「食事と睡眠を休みと言っていませんか?」


 そうだけど……。なんだか、心の中まで読まれているようで、少し不気味だ。

 それとも、テラペイアのやつが、なにか入れ知恵でもしたんだろうか。


「いや、でもちゃんと気分転換とか趣味の時間もあるし……」


「ダンジョンの視察。ダンジョンの改築。ダンジョンの施設の開発。モンスターの作成と育成。それらは、趣味ではなく仕事です」


 そんな……。全部俺の日々の楽しみなのに……。

 ソウルイーターとか、もはや癒しを与えてくれるペット枠なのに……。


「ピルカヤ様と大差がありません。そう言えば、伝わるでしょうか?」


「え~……さすがに、あいつとは……」


「一緒です。エピクレシやマギレマも一緒です」


 なにかに熱中する魔族たち。そのカテゴリに入ってしまっているということか……。

 だが、プリミラだって毎日畑の世話をしているじゃないか。


「プリミラは?」


「定期的に休暇をとっています。畑仕事ではなく、植物の観察をされています」


「それも、同じじゃん……」


「皆様とちがい、のめり込んでいないので趣味の範疇です」


 納得いかない……。

 だけど、ここで俺がごねても、もはやどうにもならないとみた。


「どうします? フィオナ様」


「えっ? 休めばいいじゃないですか。私は毎日休んでますし」


 そうだった。

 この魔族に聞いても、こういう答えが返ってくるのは当然だった。

 しかたない……というのも変か。ともかく、今日は切り替えて休むとしよう。


「それじゃあ、魔王様。先にどうぞ」


「ええ、ではルトラ。私の部屋に案内してください」


「? レイ様も一緒にどうぞ」


「え……さすがにこういうときは、フィオナ様を先にしてほしいんだけど」


「はい。ですから、レイ様も一緒にどうぞ」


 ああ、もしかして、すぐ近くの部屋にしてくれたとか?

 たしか、部屋もいくつか種類があったので、良い部屋を用意してくれたのかもしれないな。


    ◇


「なるほど~……こうきましたか」


「まあ、ここって従業員たちに人気ですからね」


 ルトラに案内された部屋で、俺とフィオナ様は向かい合って座っていた。

 まさか同室とは……いや、普段からわりと頻繁に同じ部屋で寝てるけどさあ。

 一応、俺だって男だし、フィオナ様は女だからな。

 まあ、しょうがないか。もはや、俺がフィオナ様の寝具であることはわりと知られているし。


「でも、急に休暇と言われても、なにをすればいいんでしょうね?」


「レイ……まさか、本当に仕事魔族なのですか? そんなことでは、ピルカヤみたいになっちゃいますよ?」


 俺はそんなことないと思っていたんだけどなあ。

 趣味と思っていたものすべてが仕事扱いされたのでは、何をすべきか思い浮かばなかっただけだ。


「フィオナ様って、そういえば普段は何をしているんですか?」


「ガシャです」


 即答だった。

 うん、俺が悪かったね。

 ちゃんと、ガシャ以外でと頭につけなければ、この回答が返ってくるに決まっているじゃないか。


「それ以外です」


「それ以外なら、ピルカヤに頼んで……」


 話している途中で、はっとしたように口を閉じてしまった。

 なんだろう。ピルカヤに頼んでということは、外の様子でも見ているのか?


「さて、せっかくですし温泉に入りましょうか」


「え……あの、ピルカヤになにを頼んでいたんですか?」


「レイはきっと疲れているんです。しっかりと休まないといけませんよ」


 俺の声聞こえてます?

 しかし、こうもあからさまに隠そうということは、またプリミラに叱られるようなことをしているな。

 ……知ってしまったら、俺もお説教されそうだし、これ以上の追及はやめておくか。


 若干釈然としないが、せっかくなので俺はフィオナ様と温泉に向かった。


    ◇


「混浴にしますか?」


「別です!」


 ルトラがとんでもない提案をしてきたので、フィオナ様が即座に断る。

 当たり前だ。なにを言い出すんだルトラのやつ。


「そうでしたか。ですが、魔王様とレイ様は、同じ寝室で寝ている仲と聞いているのですが」


 それ……お気に入りのぬいぐるみなだけだ。


「でも、お風呂は別なんです!」


「失礼いたしました。差し出がましい真似を……」


「まあ、さすがに一緒に入るのは勘弁してほしいな」


 フィオナ様に同意するように、そんなことを言ったのだが、それを聞いたフィオナ様が、すごい勢いで詰め寄ってきた。


「な、なんですか!? 私と一緒はそんなに嫌だというのですか!」


「いや、あなた今俺と同じ意見でしたよね!?」


「それとこれとは話が別です! どうなんですか!? ついに、反抗期がきましたか!」


 俺のことを何歳だと思っているんだよ……。

 ああ、そうか。俺って魔族からしたら、かなり若いからそういう扱いになっても無理ないのか。


「違いますって……いったん落ち着いてください」


「うぅ……レイが悪いです」


「なんかすみません。でも、フィオナ様と一緒に温泉なんて、俺だって辛いので」


「み、見るに堪えない体だというのですか!?」


 ああ、また興奮して……。

 というか、体とか言わないでください……。

 なんというか、その……変な想像してしまいそうです。


「フィオナ様、綺麗なので俺が冷静でいられなくなるので勘弁してください……」


「き! 綺麗……」


「フィオナ様見た目は美人ですから」


「美人……ほ、ほ~う? そ、そうですか~」


「では、そういうことなので、別々の温泉で」


 抱き枕扱いでさえ、とんでもなく理性を消耗しているんだぞ。

 だから、さすがに混浴は無理だ。

 そもそも、フィオナ様だって最初は俺と同じ意見だったじゃないか。

 この魔族、たまにむきになって変に暴走するからなあ……。


 なんとか落ち着いてくれている今のうちに、さっさと温泉に向かってしまおう。


    ◇


「聞きましたか。ルトラ」


「はい」


「レイはちゃんと私に懐いてくれているままです」


「ええ、お二人とも大変仲がよろしくてなによりです」


「いや~、まいりましたねえ。私を美人とか綺麗だなんて、あんなに幼いのにお世辞なんて、もっと素直になっていいんですけどね~」


「いえ、魔王様はお美しいです。レイ様の先ほどの発言も本心かと」


「ま、まいっちゃいますよね~」

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