第172話 おすすめの宿をご紹介します

「あいつ、帰ってこなかったな」


「だから、無茶せずに引き返すべきだったんだ……」


「それなりに腕はよかったんだが、残念だな」


 ボスが作った宿の食堂で、本日のダンジョン探索を終えたものたちが、思い思いの意見を述べている。

 宿であれば、寝泊まりする部屋だけだったが、宿館というものを作ると、こういった施設もできるらしい。


 これが案外馬鹿にできない。

 探索をして、あとは寝るだけという生活に楽しみはないからな。

 気分転換、息抜き、娯楽、なんでもいいが、飯食いながら喋る場所があるだけで、ずいぶんと変わるもんさ。

 そして、探索疲れだからこそ、こうして口も軽くなるってもんだ。


「たしかに、危険な場所ではあるけど、魔力の濃度の問題なのかしら。奥に行くほどに危険って、はっきり変化がわかるのよね」


「ああ、だけどだからこそ助かる。無理だとわかったら、すぐに引き返せばいいだけだからな」


 ボス……。加減できたんだな。

 まあ、そりゃそうか。そうでなければ、俺は出会うことなくヒポグリフたちに殺されてたわけだし。

 アナンタが大げさなだけで、ボスだってなんでもかんでも殺して解決しないだろ。


「それより、あなたたち温泉に入った?」


「風呂? ここが特別なだけで、水浴びさえできないことも珍しくないんだ。ここで、贅沢を覚えすぎると今後苦労するぞ」


「私は、できれば毎日水浴びくらいはしたいし、温泉歓迎なんだけどね~……」


「違うってば。それだけじゃないの。ここの温泉に入ったら、傷も治るし魔力も回復したのよ」


「……そんな都合のいい温泉があるのか?」


「あったんだってば。もしかしたら、薬草とかが混ざって、回復薬みたいな成分になってるのかも」


 たぶん違うぞ。

 そういや、ボスが作った温泉って、なんで傷や魔力が回復するんだろうな。

 マグマと氷の罠を組み合わせてたが、どちらかというとダメージを受けそうな気がする。

 ダンジョンに溜まった魔力の成分かなにかで、回復用の場所にでもなったのか?

 ジノのやつが、ここはゲームの世界だなんて言ってたし、それをもとに考えると、休憩場所みたいなものなんだろうか。


「ねえ、店員さん」


「はいはい、なんかあったか?」


 と、考え込みそうになってしまった。

 今は店員として、真面目に仕事しておかねえとな。


「あの温泉って、傷に効くし魔力も回復するよね?」


「あ~……なんか、そんな温泉っぽいな」


「ほら!」


「まじかよ……」


「じゃあ、これからは探索帰りに温泉に入るだけで、疲れも傷も回復ってこと?」


 わりと、すんなり受け入れてくれるんだな。

 ボスが侵入者用の温泉まで作ったときは、徐々にマグマに変わる罠でも設置したのかと思ったが、こういうことか。


 ダンジョンは、奥に進むにつれてボスの殺意を解放していくように制作された。

 そのため、入り口付近で適当に探索する場合は、実はそこまで危険ではない。

 それでも、罠やモンスターは存在するので、どうしても怪我も疲労も増えていく。


 そういった連中が、足しげく通うように、入り口に回復地点を設けてやったのか。

 宿だけでもいいのかもしれないが、多いほうがいいだろうし、物珍しさもあるからな。

 ドワーフダンジョンのときのように、今後ここが発展して宿や野宿が増えたとしても、うちの価値は変わらないってわけだ。


「野宿と迷ったけど、宿の利用を選んだのは正解だったわね」


「ああ、この話が広まる前に、長期間部屋を取ったほうがいいかもしれないな」


「長期滞在の場合、割引もサービスしてるぜ」


「お願いします!」


 宝箱もそれなりに配置しているらしく、収支がプラスになっているんだろうな。

 完全にドワーフダンジョンと同じ傾向に変えたらしい。

 多くの侵入者を呼び込み、可能であればそいつらに長期間挑ませる。

 ついでに、宿と商店である程度の金を回収させてもらう。


 ずいぶんと平和なダンジョンになったものだ。

 つい先日この場所で、エルフの集団を何度も全滅させたとは思えないほどだ。


    ◇


「意外と、どの種族にも温泉が好評になっているな」


「体力と魔力が回復するからね~。お姉さんこれで、いつでも働けるよ」


「休め」


 マギレマさんが頭をつかまれて、テラペイアに運ばれた。

 ひっきりなしに料理を作り続けていた彼女の、貴重な休憩時間を無駄にはしないみたいだ。

 たぶん、温泉にぶん投げられるんだろう。


 テラペイアもすっかりと慣れたものだ。

 俺やプリミラやルトラに、もっと回復効果の高い温泉はできないかと、尋ねてくるくらいだからな。


「ふい~……前より盛況だな。こりゃあ」


「お疲れ。ロペス」


「おっと、ボス。お疲れさん」


 日も落ちて、宿の受付のダークエルフ数人を残し、ロペスたちが仕事を終えてきた。

 クララたちだけだと、残業上等みたいなところがあるのだが、そこはロペスがうまく管理してくれている。


「ようやく、ダークエルフたちのダンジョンも軌道に乗ってきたな」


「……裏側で、そのように名付けられていたと思うと、なかなかに恐ろしいのですが」


 そうか? そうかも。

 本人たちはただのダンジョンと考えていたのに、裏ではしっかりと○○ダンジョンと名付けて管理していた。

 探索する者たちとの認識との乖離はずいぶんと大きいからな。

 だがそれは、そのぶんこちらの行動が、人類側にばれていないということに他ならない。


「いっそのこと、ドワーフたちのときみたいに、ダークエルフの村おこしみたいな感じで、ダンジョンを全面的に押し出していくというのは……」


「あ、あれもレイ様たちがしていたのですか……」


「いや、なんか勝手にああなった」


「そうですよね……。さすがに、あれだけの人間やドワーフの動向まで操ることは、難しいでしょうから」


 俺にそんな術はないからなあ……。

 だから、せいぜいダンジョンに通う価値を付加してやるだけだ。


「いや……このぶんだと、ここは近いうちにドワーフたちのダンジョンみたいになりそうだぜ」


「え、そうなの?」


「ああ、バランス調整って言えばいいのかねえ? 飴と鞭の塩梅が絶妙なおかげで、宿も長期滞在者がちらほら出てきている」


 バランスか……。

 つまり、プリミラの努力の結果だな。俺、よくわかんなかったし。


「娯楽と実用性と物珍しさ、それがそろった温泉という施設も、今のところいい結果を招いているみたいだ」


「ああ、それはよかった。宿といえば、温泉宿だからな」


「タケミたちも、そんなこと言ってたな。案外、常識的な考えだったりするのかねえ」


 俺たち元々日本人だからな。

 海外出身のロペスが不思議そうにするのもしかたがない。

 だが、この世界の住人たちは、どちらかというと俺たち寄りなんだよなあ。

 やっぱり、元のゲームが日本製だったとかが理由だろうか?


「や、やはり、人類の動向までも操作されて……」


 クララが、なんか盛大に勘違いをしている気がする。

 偶然の産物、あるいはプリミラならば、そこまで計算してのバランス調整かもしれない。

 とにかく、俺の成果ではない。


「さすがはレイ様です」


 なのに、本人がこう言うから、他の連中が勘違いするんだぞ。

 表情を変えていないのに、満足そうとわかるプリミラを見ると、俺も否定しづらいな。

 なんだか、いつかピルカヤに怒られそうだ。他人の手柄を奪うなって。


「今後も、温泉宿ダンジョンを繁盛させましょう」


 ……これ、畑仕事のときみたいに楽しんでない?

 プリミラって、けっこう凝り性なところあるからな。

 でも、プリミラが言うように、あの潰されてしまったダンジョンの代わりになるなら、なによりかもしれない。


 俺も、もうちょっとがんばって温泉や宝箱を作っていくとするか。

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