第176話 すべてが終わった後の村

 最近ジノと連絡がつかない。

 といっても、彼が行方不明になったとかではなく、国から出られないようだ。

 ジノはいつもエルフたちの責任者である最高評議会のことを、自分の飼い主だなんて言っていた。

 それに比べたら、僕たち人間の扱いはだいぶましなのかもしれない。


 彼が動けないのであれば、こちらはこちらでやれることからやっていこう。

 情報収集に仲間集めにレベル上げ。どれだけやっても足りない。


「クニマツさん。こんにちは」


「ああ、リック。こんにちは」


 何から手をつけるかと考えていると、勇者一行と出くわした。

 相変わらず、勇者だというのにこちらに敬語を使ってくる。

 なんだかこちらのほうが偉そうな喋り方のようだけど、あれは彼の性分らしい。

 人当たりがよくて実力もある勇者。だからこそ、他の種族と協力して魔王を倒せるんだろうね。


「どうしました? なにか悩んでいたみたいですけど」


「ああ。ちょっとこれからのことに迷っていて」


「鍛えるのなら、付き合おうか?」


 ありがたい申し出だけど、もったいないから断るべきだ。

 これがゲームだったら、リックたちに同行して、リックたちが敵を倒すだけでレベルアップできた。

 だけど、現実にそれをしようとすると、まず間違いなく一番弱い僕が狙われるからね。

 パワーレベリングだって命がけ、それがゲームと現実との違いだ。


 そもそも、リックたちに任せきりでレベルだけ上がったところで、魔王相手に勝てるとは思えない。

 結局は、自分で経験を積まないといけないけれど、そんなことにリックたちを付き合わせるのはもったいない。


「ありがたいけど、もう少し君たちに見合った強さになったら、お願いするよ」


 だから、僕なんか気をかけないで、主人公らしくどんどん強くなってほしい……。

 そんな他人任せの考えだったせいか、そんな僕のささやかな願いは届かなかった。


「う~ん……なんだか、心配だな。クニマツさん、無理していませんか?」


「無理なんか……」


 している。ずっとしている。

 この世界にきてから、魔王を恐れなかったことはない。

 狂神くるいがみの顕現を恐れなかったことはない。

 その二つが合わさったら……誰も太刀打ちできるはずがない。

 だから、時間もなければ余裕もない。


「気晴らしにでも行ったほうがいいと思いますよ」


「でも、そんな余裕は……」


「クニマツさんのやるべきことは知っています。真剣にこの世界のために、魔王を倒そうとしていることもわかっています」


「だけど、根を詰めすぎるのはよくないぞ」


「ええ、あなたの努力は王も認めています。たまには休んではいかがでしょうか」


 リックだけではなく、ついには剣士のオルドや聖女のスティアまでもが、口を出す。

 そうか。僕は今、そんなに切羽つまった状態なのか……。


「ねえねえ、クニマツさんって転生者の仲間も探してるんでしょ?」


 精霊使いのミスティから、そんなことを聞かれる。

 まいったな……。

 普段はリックだけと話していて、彼のパーティとはあまり会話していなかった気がするが、そんな彼らが心配するほどなのか。


「そっちも、難航しているけどね……」


「なら、ダークエルフの村に行ってみたら?」


「ダークエルフ?」


 たしか、ゲームに存在していた小さな村だ。

 なんでも悪しき種族として、過去に迫害を受けていたため絶滅寸前だとか。

 そのせいで、このまま放っておけば自然に絶滅する程度の人数しか、生き残っていなかったっけ。

 魔族と間違えられ、迫害され続けていたとか、そんな話だったはずだ。

 そんな小さな村に、なにがあるというのだろう。


「なんでも、最近ダンジョンができたみたいじゃない」


 また、ダンジョンが……。

 それだけ魔王も力を取り戻しているということか?

 あるいは逆に力が足りず、少しでも多くの侵入者を殺して魔力を得るために、そこら中にダンジョンを作っているのか?

 いずれにせよ、本体が動けるほどに回復していないのはたしかだ。


「そのダンジョンなら、僕が強くなるのにちょうどいいということですか?」


 だとすれば、やはり魔王は、まだまだ力が取り戻せていないんだろうな。

 全盛期のときに作られたであろう、ドワーフダンジョンは、かなりえげつない場所だった名残があるからね。

 僕たちの国にできたゴブリンダンジョンのように、さして脅威にならないようなダンジョンしか作れないのなら、魔王はまだまだ本調子ではない。

 獣人たちのダンジョンは……結局、入れなかったからわからないけれど、それなりに力試しになるらしい。

 ということは、そちらが本命なのかな。


「ダンジョン自体は、ドワーフのところと同じで、昔のものが発見されたみたいだな」


 オルドが言うには、またも魔王の遺物らしい……。

 本当に、そこら中に勢力を伸ばしていたんだということがよくわかる。

 そして、そんなダンジョンを見ても、今の魔王の力がどうなってるか、その指標にはできないか。


「でも、そんな場所だったら、モンスターも出現しないんじゃないの?」


「いや、魔力が豊富だから、住み着いたモンスターたちが増えているらしい」


 そういうケースもあるか……。

 となると、結局間引かないと危険ってことになる。

 レベル上げも兼ねて、そのダンジョンに行ってみようかな?


「だけど、モンスターよりもそのダンジョンの入り口が面白いことになってるらしくてな」


「そうそう、ドワーフダンジョンのときと同じ。宿とアイテム屋ができたんだって」


「ドワーフダンジョンでの成功は、いろいろな人が知っていますからね。同じように、お金を稼ごうという方も多いのでしょう」


「なるほど……じゃあ、そこもいずれ町みたいになると」


 なんだか、少しだけダークエルフたちが不憫だな。

 絶滅寸前まで数が減って、小さな村で細々と生きているのに、ダンジョン付近のほうが発展しそうだなんて。


「でも、今行く価値はあるみたいですよ。なんでも、宿に温泉が併設されていて、効果もかなりのものだとか」


「温泉……?」


 あったなあ……そんなの。

 ゲームでは回復するための場所であり、特定のアイテムや属性魔法を得意とするNPCを入れることで、その性質が変化する。

 組み合わせや条件がこれまた複雑で、さすがにこっちに力を入れている人は、あまり見かけなかったと思う。

 でも、ステータス強化や耐性、はては謎の転移装置にまでなって、意外と力を入れているギミックだった。


「きっと、クニマツさんの疲れも取れると思いますよ。行ってみたらどうですか?」


 温泉宿かあ……。

 もしかしたら、ダンジョンの様子を見に来る有力なNPCや、もしかしたら転生者もいるかもしれないな。

 せっかくだし、様子見も兼ねて行ってみるか……。


「よかったら、ダークエルフの村まで案内しましょうか?」


「いや、街道を行けば危険も少ないから大丈夫だよ。僕のために時間をとらせてしまうのはよくないからね」


 わざわざモンスターたちがいそうな道を通らなければ、リックたちにお守りをしてもらうこともない。

 それよりは、やはり彼らは自身の強化に時間をあててもらうべきだ。


「そうですか? それじゃあ、気をつけてくださいね」


「ありがとう。リックたちも、魔王を倒すためにがんばって」


 さて、ダークエルフの村はどこだったか。

 ゲーム中もろくにイベントもないし、NPCも少ないから印象は薄いんだよね。

 民を守れなかった女王クララが、なにも関わりたくないと捨て鉢になっていただけの場所だ。

 なにかイベントがあるとか、DLCで追加されるとか言われていたけれど、少なくとも僕が向こうにいるうちはそんなことなかったんだよなあ……。


    ◆


『残念だったね。もう私たちから奪えるものなんて残ってないよ』


 そう言いながら疲れたように笑う女性は、いかにも過去になにかあったであろうと推測できた。

 ゲームをプレイする青年たちは、そう考えて村を散策するも、疲れ果てたダークエルフたちの無意味なセリフ以外に得られるものはない。


「なんかやさぐれた美人だなあ……」


「フラグ足りてないんじゃね?」


「魔族と同一視されて、絶滅寸前まで迫害されたとか考察されてるから、他の種族に虐げられてたっぽいな」


「なにそれ、かわいそうじゃん!」


 コントローラーを握る青年が憤慨するも、すでにすべてが手遅れ。

 彼らがいくらイベントを探しても、ダークエルフたちを救う手段はついぞ見つからなかった。


『それとも、わずかに残った私たちの命でも奪ってみるかい……?』


「怖い怖い怖い」


「絶望しきってるなあ……。もしかして、魔族が人類側を対立させるよう暗躍でもしたのか?」


「クララちゃんのためにも、魔王倒さないとな!」


「いや、適当に言っただけだから知らんぞ……」


「まあ、これ以上ここでできることはないし、なにか情報が出たらまたきてみるか」


 そうして、彼らも他のプレイヤーたちもみな同様に立ち去った。

 ダークエルフを救うためのイベントが用意されることはなく、彼女たちはゆるやかに滅びの時を待ち続けるのだった……。

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