第168話 Domani è troppo tardi

「本当に、ダークエルフいねえじゃん」


「それはいいが、家屋が壊れているのが問題だ。このままじゃ野宿だぞ」


「げっ……」


 ばれる前に、すぐに距離を取る。

 苛立ちを隠そうともしない獣人たちは、見るからに面倒そうな相手だったからだ。


 連中の言葉を聞く限りでは、村のダークエルフたちが不在らしい。

 誰一人として残らずに、もぬけの殻になっているというのは珍しいな。


 どうせ、あいつらも俺たちのように、ダンジョンが目当てなんだろう。

 というか、獣人なら自分たちの国のダンジョンに行けよ。

 俺たちみたいに、以前通っていたダンジョンが崩落したわけじゃないだろうが。


 まったくもってついていない。

 ドワーフダンジョンでの依頼は、割のいい報酬をもらえたというのに。

 都合よく罠だらけで、俺たちハーフリングは引く手数多だったというのに。


「新しい稼ぎ場かと思ってきたが、出鼻くじかれたなあ……」


 ダークエルフたちの村から近いというのなら、寝食に困らないだろうと高をくくってたんだがなあ。

 家はあるが、すべて壊れてしまっている。こんな状態じゃ、野宿したほうがまだ安全だ。

 そして、食い物は備蓄さえ残っていない。ダークエルフたちもどこにもいない。

 滅んだのか……?


「まあ、ここまできたことだし、ダンジョンを覗いてみるか……」


 もしかしたら、ドワーフたちのダンジョンのように、高額で取引できる何かがあるかもしれない。

 そうしたら……まずは、あの村にある家を直して宿代わりにするだろ。

 だが、人が集まれば足りなくなるし、奪い合いにもなるかもしれないから、管理が必要だ。

 そして、食料も大量に運び込まなくてはならないと……。


 なんだか、村作りから始めることになりそうで嫌になるな。


「くそ~……なんでいないんだよ。ダークエルフどもめ」


 ああ、そうか。

 獣人たちも、こうして苛ついてたんだな。

 どうでもいいことが、一つわかってしまった。


 思わず悪態をつきながら、ダンジョンに到着すると、すでに人だかりができていた。

 人間と獣人はまだいいのだが、ハーフリングもわりといる。どうやら、出遅れたみたいだ。

 今回もだめか……。自分が思いついた金儲けなんて、他のやつらもとっくに思いついてるってわけだ。


 こういうのは、真っ先に行動できるやつが強いからな。

 二番煎じでは、最初のやつよりも儲けは少ない。

 よそ者のくせに誰よりも金儲けに鼻が利く、あの忌々しいハーフリングがいなくなったというのに、自分は今回も誰かの次だったようだ。

 機に疎いというのは嫌になるな。


「まあ、二番手だろうが三番手だろうが、金儲けには違いない……」


 そう自分に言い聞かせ、今回もわずかな金稼ぎを行おうと切り替える。

 まずは、この人だかりが邪魔だ。

 だいたい、なんだってダンジョンの入り口で、こんなにごたついているっていうんだ。


「おい、なにがあったんだ?」


「ああ、同業か」


 近くにいたハーフリングに話しかけると、そいつも暇を持て余していたのか、案外簡単に教えてくれた。


「なんでも、ダンジョンの中に宿と商店を作ったハーフリングがいるみたいでな」


 ほらな。

 かつてのドワーフダンジョンを思い出し、ここのダンジョンに店を作って儲ける。

 そんな考えは、すでに誰かが考えていて実行もしているってわけだ。

 ……ああ、もっと早くに考えに至っていれば。


「誰なんだ? そんなに行動力のあるハーフリングって」


 知り合いだとしたら、おこぼれにあずかれないものだろうか。

 そんな考えもあって、ついそんな質問をしてしまった。


「ああ、ロペスっていただろ。あの、転生者のくせに俺たちより金儲けの鼻が利いたやつ。あいつだよ」


「ロペス……」


 よりにもよって、さっきいなくなったと思い込んでいたよそ者のハーフリングかよ……。

 いなくなったのではなく、すでに新たな儲け話を思いつき行動に移っていたということか。

 そりゃあ、いくらたっても俺が一番手になれないわけだ……。


「そんで、そのロペスが金稼ぎの場所を整えたとして、なんだってこんな人だかりが?」


 宿と商店を作ったというのなら、あとは商売をするだけだろう。

 想定以上に盛況で、店に入りきれなくなったのか?


「獣人どもが、どうにも言いがかりみたいなことを言ってるらしくてな」


 もしかして、村のほうで見かけた獣人どもとも関係がある話か?


「なんでも、宿も商店もダークエルフどもを使って作ったらしくてな。それならただで使わせろって話みたいだ」


「ダークエルフ、いたのかよ!?」


「真っ先に、あいつらの村にたどり着いたロペスのやつが、ダンジョンの入り口で働かせることにしたんだろうな」


 そりゃあ、獣人たちの気持ちもわからなくはない。

 ダークエルフという共通の労働力を使ったのであれば、ロペスのやつが独占するのは納得がいかない。


 例えばダークエルフの村だ。

 あそこは、最初にたどり着いたものが独占していいものでなく、あくまでも俺たち全員で共有すべき場所だ。

 それを突然誰かが独占し、それ以外の者から金銭を徴収なんかしたら、文句を言いたくもなるだろう。


 もしかしたら、家を壊したのもロペスなんじゃないか?

 宿を新設し、そちらで寝泊まりさせるために、村の家屋を壊すことにしたんじゃないだろうな?


 もしも、そうでないにせよ。ロペスのやつ早まりやがったな……。

 ダークエルフ以外の種族だけで、宿と商店を経営すればいいものを、焦ってダークエルフなんかを労働力に使うからだ。

 あいつらが作ったものであれば、村と同じようにすべての種族で共有するって考えになるのも無理はないだろう。


「まあ、ざまあみろって感じだな」


「おいおい……争いは面倒だからごめんだぜ。ハーフリングだからって、獣人どもに絡まれても面白くない」


 それは、そのとおりだが、ロペスのやつの失敗のほうが俺としては痛快だ。

 よそ者のくせに、俺より稼ぐなんて生意気だったんだ。あいつは。

 どれ、獣人どもに詰め寄られて困っている姿でも見て、留飲を下げてやろう。


 そう思いながら、人混みをかき分けるように近づく。

 立派な建物が見えるが、これがダークエルフどもに作らせた宿と商店か。

 ずいぶんと、立派なものだな。


「なんで、てめえに金なんて払わねえといけねえんだよ」


「そりゃあ、この宿も商店も、俺の金で作ったからな。ただで使わせるためのものじゃねえさ」


「作ったのは、そこのダークエルフどもだろうが。てめえはただ命令しただけ。そんなもん、俺たちにだってできることだ」


「いいや違うな。俺の金でと言ったろ? たしかに、動いたのはうちの従業員たちさ。だが、建築に必要な資材も、備品も、提供する品も、すべてうちの懐から出している。ボランティアじゃねえのさ。こっちは」


 ああ、一応は資金はあいつが都合したのか。

 それなら、まあ……商店のほうはわからなくもない。

 獣人どもだって、さすがにアイテムをただでよこせとは言わないだろう。

 ダークエルフたちのアイテムだったら話は別だったが、ロペスが調達したのなら、単なる商売だしな。

 だが、やっぱり宿のほうはミスしたみたいだな。


「じゃあ、アイテムはてめえの言う通り買ってやる。だが、宿は違えだろ」


「そうかい? こっちも、うちの従業員たちで経営している。きちんと金は払ってもらわねえとな」


「いや、違う。その宿を建てたのも、働いているのも、ダークエルフどもだ」


「まあ、そうなるな」


「なら、お前はなにもしていないし金も払ってない。こいつらの村と同じく、無料で使うべき施設だろ」


「まいったなあ。それなら、あんたらも同じことをすればいいじゃないか。俺が何もしていないっていうのなら、あんたらだってすぐに同じことができるはずだろ?」


 ああ、それもありなのか。

 馬鹿め。口を滑らせたようだな。


「じゃあ、俺が同じことをしても文句は言わないってことだな!」


 このチャンスを逃すつもりはない。

 手を挙げながら、周囲にもアピールするように大声でロペスに尋ねる。


「あんたは……ああ、かまわないぜ。施設を建てたければ建てればいいし、従業員を雇いたいなら雇えばいい。そうしたら、そっちを使えよ」


 よし、無料の宿を経営することになるが、そっちはダークエルフどもにやらせれば俺はなにも痛手はない。

 それよりも、もう一つの失言に気づいてないな。

 施設ってことは、商店も同じように経営してもいいと言ったということだ。


 宿は適当に作って、無料で開放する。

 そして、本命となる商店のほうは、アイテムを私財で調達して商売すれば……。


 ここにいるやつらだけでも、ダンジョンに挑もうとしている者は相当いる。

 どうやら、俺にも金稼ぎのチャンスが巡ってきたようだ。

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