第165話 テルマエ・デーモヌム

「まさか、本当にできるとは思わんだろうよ」


「マグマ温泉って、敵を殺す罠だよね? なんで、効能が付与される仕組みなんてあるの?」


「たしかに、水の中に私たちの力に関する効能が含まれているようです」


「……もしや、私で出汁をとって料理に出せば、魔王軍はパワーアップするのではないか?」


「ネムちゃん。それやったら、厨房どころか食堂出禁にするからね?」


 一応の成果はあったようだ。

 四天王全員の湯には、それぞれ別々の効能が付与されたらしい。

 さすがに、四天王なみの力を得るなんて、都合のいい話ではないが、それなりに有用なものではある。


 あと、リピアネムよ。

 さすがに、お前の出汁を飲むのは、ちょっと勘弁してください。

 マギレマさんが真剣な表情で注意してくれたため、諦めてくれたようでなによりだ。


「不思議なもんだな。温泉は従業員たちも利用しているから、もっと早くにこの事象が発生してもいいはずなのに。風間かざまたちが入るまでは、こんな話聞かなかったぞ」


「秘めた力の問題でしょうか。あるいは、相性? いえ、それであれば、むしろ様々な者たちが入ったほうが、同類の事象が発生しそうですが」


 ルトラも法則性はつかめていないようだ。

 勇者に聖女に賢者に四天王。

 ゲーム中の強者だからこそ、こうして力を分配できているとかだろうか?


 氷炎の湯:消費魔力 30

 聖光の湯:消費魔力 50

 増強の湯:消費魔力 45

 烈火の湯:消費魔力 50

 柔軟の湯:消費魔力 40

 竜嵐の湯:消費魔力 60


「風間たちのぶんもだけど、全員分の温泉がメニューに登録されたのは便利そうだな」


 氷炎ってのが、ベースとなっている温泉だが、これは属性というよりは作成方法のせいだろう。

 風間たちのは聖光の湯……。なんというか、それで壊滅した聖光の刃への皮肉っぽい名前だな。


「それで、四天王たちの温泉ってどんな効能なんだ?」


「なんらかの力を秘めていることはわかるのですが、すみません。効果のほどまでは……」


 ルトラに尋ねるが、彼女もそこまではわかっていないようだ。

 となると、適当に検証を行ってみるか。


「ボクのはなんとなくわかるよ。火の力がそこにあるから、カザマたちのと似た効果じゃない?」


「なるほど。つまり、火属性への耐性がつく効果と……」


 永続かな? 聖属性と同じなら、さすがに一定時間の間だけど、それでも強力なことに違いはない。


「じゃあ、まずは烈火の湯に入って、ピルカヤに軽く燃やしてもらうか」


「えぇ……嫌だなあ。エピクレシじゃあるまいし、検証に夢中になって自分の体を雑に扱うのやめなよ」


「というか、烈火の湯って名付けたんだな」


「わかりやすくて、いいと思います」


 違う。俺じゃなくてメニューにそう書いてあったから……。

 なんか、自分で命名されたと勘違いされて、どことなく恥ずかしくなる。

 まあ、訂正する必要もないし、それよりも検証を優先だ。


「モンスターに頼んでみるか?」


「う~ん……まあ、それならいっか」


 俺と何が違うっていうんだ。

 さすがに、ピルカヤの力の残滓が溶け込んでいようと、俺を害することはないだろう。

 それに、その後の検証だって、軽く火傷するかどうか程度にすれば、回復薬ですぐに治るのに。


    ◇


「というわけで、温泉に入って力を得た後に、ピルカヤに軽く炙ってもらおうと思う」


 なんか、自分で言っておきながら、とんでもないひどいことを提案している気がしてきた。


「……やっぱり、俺がやったほうが」


 自分がやる分にはいいが、うちの子たちにやらせるのも忍びない。

 ということで、改めて俺が検証しようとすると、ゴブリンたちから抗議の声があがった。

 うん。なに言ってるかはわからないが、どうやらやる気が十分なようだ。


 いいのかなあ……。

 まあ、本人たちがいいというのならいいのか。

 たまに死んでるから、それよりはましってことだろうな。


「ステータスは……」


 ゴブリンソルジャー 魔力:10 筋力:25 技術:16 頑強:25 敏捷:17


 前に見たときと同じだな。

 この子に、しばらく温泉に浸かってもらおう。

 当然、すでにピルカヤが入っていたときとは違い、煮えたぎるマグマではない。


「他の子たちも同じステータスだし、何人か入ってもらって検証かな」


 それぞれの湯にゴブリンたちを入れてみる。

 ついでなので、普通の温泉にも入れてみよう。

 ……まあ、名前は氷炎の湯とか普通じゃないけれど、特別な効能がないことは確認済みだからな。


「さて、どんな結果になるかな」


    ◇


 というわけで、わりと気になっていた検証結果の時間だ。

 今なら少しだけ、研究大好きなエピクレシの気持ちも、わかるかもしれない。


「まずは、烈火の湯のゴブリンたち」


 うめき声をあげて、数匹のゴブリンたちが俺の前に整列してくれる。

 やっぱり賢いな。ディキティスの教えのたまものなのか、彼ら自身の努力なのか、普通のモンスターとは違うらしい。


 ゴブリンソルジャー 魔力:10 筋力:25 技術:16 頑強:25 敏捷:17


「まあ、ステータスが変わっていないのは想定通りか」


 ピルカヤの湯の効果は、火の耐性付与だとふんでいる。

 ならば、俺が確認できるステータスでは、測れない場所の変化となるだろう。


「ピルカヤ、よろしく」


「仲間相手に、こんなことする日がくるとは思わなかったよ」


 ゴブリンが人差し指をピルカヤに向けると、ピルカヤは軽く火をつける。

 ゴブリンは、自分の指先に灯った火を不思議そうに見つめるだけで、特に痛がったり熱がったりはしていない。


「もしかして、ゴブリンってこのくらいの火は効かないのか?」


「ゴブリンをなんだと思ってるんだよ……。めちゃくちゃ手加減してるけど、さすがにピルカヤの火で無傷ってことはないはずだぞ」


 なるほど……ということは、これはもう決まりなんじゃないか?

 規模は小さいとはいえ、どう見ても燃えている。

 それでもダメージは生じしていない。

 一時的か永続的かはわからないが、このゴブリンはたしかに火への耐性を得たようだ。


「本気だとさすがに燃えそうだから、このへんに……え、なに? なんでそんな、もっとこいみたいなジャスチャーしてんの?」


 ピルカヤも、もうやめようと思ったみたいだが、まさかのゴブリンが一番やる気を出している。

 ……やめておいたほうがいい気はするが、困るピルカヤ相手に何度も催促しているようだし、これはやらないと終わらないっぽいな。


「しょうがない。すぐに作成し直すから、やっちゃってくれ」


「え~……まあ、いいけどさあ」


 しぶしぶと協力してくれたピルカヤが、先ほどとは比較にもならない七色の炎を燃え上がらせた。

 ……あ、そっか。フィオナ様のアイテムでパワーアップしてたっけ。

 ふだん、そこまで本気にならないから忘れて……え、そこまで本気でやるのか。


「……だから言ったじゃん」


 攻撃した本人が一番理解しているのか、ピルカヤの言葉とともに消し炭になったゴブリンが崩れていく。

 ゴ、ゴブリン……お前、そこまでして働く必要はないんだぞ。


「ゴブリンソルジャー作成!」


 復活したゴブリンは、改めてピルカヤに火を催促する。

 まさか、また死ぬ気か? と思ったのだが、どうやら最初のような手加減した火を所望しているようだ。

 結果は……残念ながら指先を火傷したらしい。

 そうか。やはり一時的なものなのか、敵と戦う直前に耐性をつけるように運用しないとな。


 回復薬を使って傷を治してやると、ゴブリンはなにごともなかったかのように列に戻っていった。


「ピルカヤの湯は、軽い炎耐性と」


「ボクの名前使わないで」


 だめか。じゃあ、烈火の湯にしておこう。


    ◇


「次は、プリミラのほうだな」


「私はなんの湯ですか?」


 ……なんで、ちょっと期待しながら俺を見るんだ。

 いや、教えることはかまわないけど、俺が名付けているんじゃないんだぞ。


「増強の湯。らしい」


「なるほど、わかりやすいですね。さすがはレイ様です」


 らしいとつけてわずかな抵抗をするも、プリミラにはきれいにスルーされる。

 それにしても、たしかにこの名称はわかりやすい。

 ゴブリンたちのステータスを見るだけで、効能はわかりそうだな。


 ゴブリンソルジャー 魔力:10 筋力:30 技術:16 頑強:30 敏捷:17


 やっぱり。筋力と頑強のステータスがわずかに上がっている。

 ということは、この湯はステータスの上昇効果があるのだろう。


「たぶん、プリミラが力持ちで頑丈だから、それらのステータスがちょっと上がるっぽいな」


 俺の言葉を聞いたゴブリンたちが、腕を振り回したり、そのへんの物を持ち上げる。

 自分たちの力が、どの程度変わったかを確かめているみたいだ。


「おい、そんな無茶しないほうが……」


 中にはふらふらしながら、頭上に大岩を持ち上げているゴブリンまでいる。

 そのまま潰れたりしないか不安だな……。

 それとも、頑強のほうも検証しようとしているのか?


 ゴブリンソルジャー 魔力:10 筋力:25 技術:16 頑強:25 敏捷:17


 あ……ステータスが戻った。

 やっぱり、一時的な上昇ってことだな。

 ピルカヤのほうも、もしかすると同じか?


「あ、ゴブリンが……」


 ……震えながら岩を持ち上げていたゴブリンが、そのまま岩の下敷きになった。

 そうか、ステータスが下がったことで、あの岩を持ち上げられなくなったんだな。

 幸い、プリミラが軽々と岩を持ち上げてどかしてくれたので、ゴブリンは無事みたいだ。


    ◇


「次はリグマだな。柔軟の湯」


「体がほぐれそうな名前だな」


 たしかに、この名称からどんな強化がされるかわかりにくい。

 ……体をほぐすってことは、筋肉のこりとかでもとるのか?


 この湯に入っていたゴブリンたちのステータスを見ても、特に変化はない。

 何かの耐性だとしても、この名前から想像することは難しい。


「う~ん……ちょっとわからないな。実際入って確かめるしかないか?」


「あ……さっきの潰されたゴブリンが、温泉に落ちて……」


 ダメージはそれなりに大きかったのか、ふらふらと歩いていたゴブリンが温泉に落ちた。

 溺れることはないだろうけど、ちょっと心配になる。


「大丈夫……そうだな」


 温泉から浮かんできた顔を見て、無事であることに安心した。

 そして、そのゴブリンはやけに元気に湯から出ていった。

 ……さっきまで、あんなにふらふらだったのに?


「もしかして、怪我や疲労の回復効果でもあるのか?」


「なにそれ。おじさんが一番欲しいやつじゃん。なんで、俺の成分で俺じゃなくて他のやつが回復してんだよ」


「まあ、ある意味リグマらしいけどな」


「納得いかないぞ~」


 まあ、自分本位と見せかけて、他人を気にかけるお前らしいだろ。


「この温泉は記録できたから、あとで作るよ。それなら、リグマも回復できるだろ」


 たぶん。


「さっすが、レイくん。おじさんが、これからもがんばれるポイントよくわかってんな~」


 納得してくれたならなによりだ。

 この温泉はかなり有益だし、リグマのためというか数を増やしたいだけなんだが、それは言わないでおこう。


    ◇


「最後は」


「うむ。いい名前を頼む」


「だから、俺がつけてるんじゃないって……ええと、竜嵐の湯だな」


「なるほど、風でドラゴンだからな。私の出汁とわかりやすい」


 わかりやすいが、この温泉も効能はよくわからないな。

 だめもとで、ゴブリンたちのステータスを確認してみるか。


 ゴブリンソルジャー 魔力:20 筋力:35 技術:26 頑強:35 敏捷:27


 ……やばそう。

 ステータスが全部上がっている。

 プリミラには悪いが、完全な上位互換の温泉ができてしまった。


「どうした? レイ殿。私の出汁はだめか」


「いや……ステータスがすべて上昇するっぽい」


 さすがは四天王最強だ。

 これが一時的なものだったとしても、きっと使いようによっては力になる。

 マギレマさんとダークエルフが協力した料理にも、一時的に魔力が上昇するものがあったが、それ以上の数値だ。


「……すべてのステータス。つまり、魔力もですね」


「あ、はい。だめだと思いますよ」


「まだ、なにも言ってないじゃないですか!?」


 フィオナ様の提案したいことはわかる。

 そして、そのうえでたぶんだめなので、諦めてください。


「私は、リピアネムの力を信じます!」


「ま、魔王様……!」


 検証も一通り完了したことだし、全員を温泉のフロアから追い出すことにした。

 そうして、一人残したフィオナ様に、思う存分ステータスを上昇してもらったのだが……。


「レイ! どうですか! なんとなく、足りない1が埋まった気がします!」


 湯上りということで、フィオナ様のくせに艶っぽい姿に、わずかに心が揺らぎかける。

 だが、頭の中はちゃんとガシャのことばかりでよかった。

 それと、さすがに、服は着てくれているのでよかった。


 さて、ステータスのほうだが……。


 フィオナ・シルバーナ 魔力:9999 筋力:9999 技術:9999 頑強:9999 敏捷:9999


「魔力は9999です」


「私の1、どこにあるんですか~!」


「そこになければないですね」


 フィオナ様の10000の壁は、ずいぶんと分厚いようだ。

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