第164話 スモールワールドの休日
「というわけで、四天王の出汁をとろうと思う」
「おじさん、温泉が嫌いになりそう」
もとはといえば、お前が希望したから作ったんじゃないか!?
「ふむ、浸かればいいのだな? そのくらい、簡単だ」
「とりあえず、リピアネムは服を脱ごうとしないでくれ」
「なぜだ。服を着たままでは、温泉に失礼ではないか」
「一応、周囲に男性陣がいることを忘れないようにね」
「私は気にしないが」
「みんなが気にするから」
みんなというか、俺が気にするからやめよう。
エピクレシもそうだったけど、魔族の羞恥心はどこへ行ってしまったんだ。
「ドラゴンだからねえ」
「むしろ、リピアネムだからだろ。あれは」
俺もそう思う。
ドラゴンすべてが、あんな豪快ってこともないだろう。
もしかすると、そんなリピアネムだからこそ、魔王軍に所属しているのかもしれないしな。
「とりあえず、全員分の温泉を作っておいたから、ふやけるくらい浸かってみてくれ」
「待遇としてはいいものなんだけど、目的を知ってるから素直に喜べねえ……」
まあ、いいじゃないか。
目的さえ忘れてしまえば、リグマにとっては専用温泉なんて悪くはないはずだろう。
「では、水質に変化が生じたら、お知らせすればよろしいでしょうか?」
「ああ、そのへんはルトラが管理してくれるから、先に気づいたら教えてあげてくれ」
「承知しました」
さすがはプリミラ。
迅速かつ的確に、こちらが望んだ行動をとってくれる。
かわいらしいお風呂セットみたいなのを持って、先に行ってしまった。
あのアヒルみたいなの……こっちにもあるのか。
「ボクは、本体だけマグマに浸かっとけばいいだけだから、あまり普段と変わらないかなあ」
「分体もちゃんと休めよ」
「え~……考えておくよ」
それ、絶対に考えないやつだろ。
まあ、最悪の場合はテラペイアが出動するし、いい塩梅でやってもらいたい。
「……レイ殿。私はいいことを思いついたかもしれん」
「どんなこと?」
珍しいな。リピアネムが、提案をしてくるなんて。
服を脱ぎかけていることは、もう気にしないものとして、リピアネムの意見を聞いてみることにした。
「私の真の姿のほうが、良い出汁が出るのではないか?」
「真の姿って、でかいドラゴンだっけ?」
「うむ。そちらのほうが、風属性も力も強く振るえるぞ」
そういえば、こいつまだ強くなるんだったっけ。
だけど、そうなると心配は二つ。
一つはドラゴン形態でも入れるほど、温泉は大きくないだろうということ。
こちらは、マグマ温泉を連結して作成すれば、対処可能だと思う。
なので、もう一つの心配ごとのほうだな。
「温泉、壊したりしない?」
「……そもそも、腕輪が壊れてしまうな。良い案ではなかった。忘れてくれ」
「ああ、そうか。それもあった」
ということで、リピアネムは服を脱ぎ捨てて温泉へ向かった。
……あとでルトラに、更衣室まで服を持って行ってもらおう。
◇
「難儀なものだな」
「テラペイア」
四天王たちを温泉に送った後に、テラペイアがやってきた。
しかし、どういう意味だ? 難儀なって、もしかしてなにか問題か?
「何の話?」
「うん? 君は、働きづめな四天王を休ませるために、仕事と称して温泉に向かわせたのだろう?」
……なるほど、テラペイアにはそう見えたのか。
普段から彼ら彼女らをよく見ているから、俺が一計を案じて休ませたように見えたと。
だが、悪いがこれ興味本位なんだ……。
「いや、本当に新しい効能の温泉ができないかと思って」
「……なに? 本気なのか?」
「無理かな?」
「どうかな。私には専門外なので、なんとも言えん」
となると、やはりルトラの判断次第ってところか。
なんとか、新たな効能の温泉でもできてほしいものだ。
「テラペイアが温泉に浸かることで、医療が得意になる温泉ができないかな」
「私の知識がお湯に溶けているみたいだな。ごめんこうむる」
それでテラペイアの知識がなくなるわけではないと思うが、まあまずは四天王たちだ。
「むむむむむ……」
「どうしました? フィオナ様」
何やら悩んだ様子のフィオナ様がこちらにきた。
きっとガシャのことだな。
「話は聞いていましたが、もしもこれで、四天王たちが浸かった温泉が特別な効果を持ったとしたら、私が浸かったお湯も変わりそうかと思いまして」
「そうですね。俺も一番に思い浮かびましたし」
例の魔王汁騒動のときも、フィオナ様のことを最初に思い浮かべたくらいだからな。
「だとしても、私のお湯はレイにしか使わせる気はありません」
「それは……ありがとうございます?」
フィオナ様の力が含まれた温泉となれば、それはもうすごいものだろう。
それを率先して俺に使わせるということは、やはり俺のステータスの低さを気にしてくれているんだろうな。
さすがはフィオナ様だ。俺を死なないように心配してくれている。
「……では、私はこれで失礼する。残念ながらつける薬はないのでね」
なんか物騒なことを言って、テラペイアが去っていった。
もしかして、健康な魔族に投薬したい趣味でもあるのか?
いや、これまでのことを考えると、さすがにそれはないか。
「どうします? レイが、どうしても……どうしても、私の入った温泉に入りたいというのであれば、ものすご~く恥ずかしいですけど、我慢しますが?」
「いやあ……さすがに、そこまでさせるつもりはありませんって。といいますか、そんなに念を押されると、こっちまで恥ずかしいので」
温泉の実験のはずが、なんか別の意味を持ちそうで困る。
◇
「……魔王様にレイ様」
四天王を蒸している間は暇なので、とりあえずダンジョンの中を見て周っているとディキティスと遭遇した。
あちらもすぐに気がついて頭を下げる。
「ああ、そうだった。側近殿に話がある」
「俺に? 作成が必要なモンスターたちでもいた?」
「いや、まだ死者はいない。側近殿が今行っている地底魔界の施策についてだ」
たまに演技だけでなく、本当に死ぬ時があるから、そのときはすぐに作成しないといけない。
しかし、どうやら今日は、みんな元気にやっているようだ。
それにしても、俺が行っている施策というと……。
「温泉?」
最近力を入れているとなると、最初に思い浮かぶのはこれだ。
「聖属性の耐性がつくのであれば、モンスターたちにも一通り付与できるか試しておきたい」
「たしかに、全員に耐性がつくのか一度試してみたほうがいいか」
というか、従業員たちもそうだけど、普通に体を癒すために入ってもらってもいい。
となると、ソウルイーターみたいな大きな子のための温泉も必要か。
「わかった。モンスター用の温泉も作っておく」
「負担にならない程度であれば助かる」
俺の返答に満足したのか、ディキティスはモンスターたちのもとへと向かった。
今はまだ魔王軍が全然復活していないので、当分はモンスターたちの司令官としてがんばってくれるんだろうな。
ディキティスのためにも、モンスターたちのためにも、他の魔族たちをもっと復活させなければ。
「正直なところ、温泉をいくつも作ったところで管理はできなかったから、ルトラを蘇生してもらえたの助かりましたよ」
「ええ、ルトラも優秀なのですからね。レイは気にせずにいくらでも、温泉を作っていいんですよ」
「相変わらず、フィオナ様が選ぶ魔族は、即戦力ばかりで助かります」
「いつも見ているので、当然…………です」
なんか最初は自慢げに勢いよく言ったのに、徐々に語尾が弱くなっていった。
なにかに気がついて、ごまかすかのようだ。
……ああ、魔族たちのことばかり見ているから、自分が働いていないとばれるのが嫌だったのか。
「フィオナ様が働いていないことは知っていますし、理由もなんとなくわかっているので隠さなくていいですよ」
ガシャ優先にしているのだからしかたない。
そして、そのほうが人材もうるおって結果的によいものになるからな。
「……な~んか、勘違いしてますよね~」
今度はふてくされた。
相変わらず、表情がころころ変わってかわいい魔王様だ。
「む~……なんか気に食わないです。罰として、私と一緒にさぼってプリミラに叱られなさい」
「ええ……」
こうして、昼間からフィオナ様と昼寝をするはめになった。
だが、プリミラたちも湯治みたいなものだし、今回は全員が休息期間ということで手打ちにしてもらえないだろうか。
◇
「寝顔はかわいいんですけどね……なんか、少し生意気になってきていますが……まあ、それもかわいいのでいいです。いつも、見ていますからね」
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