第163話 その先の世界

「さあ、さっそくの仕事ですよ! 呼び出してください!」


「え、ええ……で、でも、魔王様とレイ様より先に……い、いいの?」


「魔王様から許可はいただいています! それに、お二方があなたに望んだ仕事は、私たちの誰かが死んだときに初めて行うものです。なので、できるだけそっちはないほうがいいんですよ」


「ま、まあ……そうなんだけど……」


「ということで、すぐに呼び出しなさい!」


「ひっ……で、でも……敵だったんでしょ? 怒られ……うん。やめようよ……。絶対、私が怒られるじゃん……」


「あなたは、呼び出すだけでいいのです! 交渉は私がしますから、駄目だった場合はそれまでです!」


「ひぃ……そんな、強引に……あぁ、もう……わかったよ……」


    ◇


「おや、レイ様。ちょうどよかったです。今あいさつに伺おうと」


「エピクレ……シ!?」


 背後から声をかけられ、振り向いた途端に思わず身構えてしまった。

 なんなら、あと数秒気がづくのに遅れたら、壁で囲んで落石で蓋をしていたかもしれない。

 それほどまでに、急な出来事だったのだ。

 なんせ、あの強敵っぽいエルフのロマーナが、エピクレシの横に立っていたのだから。


「そっか……アンデッド化するって話だったな」


「ええ! 見どころがあるので勧誘しました!」


「勧誘? 蘇生させたら、エピクレシに従うんじゃないのか?」


「いえいえ、さすがにそんな便利なものじゃないのです。私が気に入るほどの死体ですと、蘇生しても自我は残るので、最悪の場合そのまま襲ってきます」


 あぶなっ……。そんなリスクのあるものだったのか。アンデッド化って。

 しかし、今のロマーナは、まるで従者のようにエピクレシのそばに控えている。

 俺の近くで静かにしているイピレティスのようだ。

 つまり、襲ってくることはないのか?


「まあ、襲われたら肉体を崩壊くらいはできますけど」


「一応、保険はかけているってことか」


「間に合わなかったら、私が先に死にますけどね」


「やっぱり、危険だな……」


 エピクレシもかなり強い魔族ではあるけれど、万が一ということもある。

 近くにリピアネムでも置いてから、アンデッド化を試したほうがいいんじゃないか?


「ですが、プネヴマを蘇生していただいたおかげで、そのリスクはぐっと減ったのです」


「プネヴマ……? 魂の管理となにか関係があるのか?」


「彼女は、ダンジョンで死んだ魂くらいなら、呼び寄せられますからね。アンデッド化させる前に、交渉することでこうして従順なアンデッドにしました」


「なるほどな……ちなみに、どうやって説得したんだ?」


「聖光の刃を……アンデッド化していただき、魔王軍配下にくわえていただくことです」


 ここで初めてロマーナが言葉を発した。

 なるほど、ちゃんと意識もあるし、ぱっと見では肉体も生前と変わらない。

 もしかして、蘇生薬がなくても、エピクレシがいれば魔王軍は復活できるんじゃないか?


「レイ様。どうしました?」


「いや、蘇生薬くらいすごいなって思って」


「いえいえ、さすがに格下の者しか無理ですよ。それに、生前よりも能力は劣るので、以前いただいた触媒を使用して、ようやくまともな性能に仕上げたところです」


 そう簡単ではないってことか。

 そうでなければ、フィオナ様も日々ガシャに頼らずに、早々にエピクレシを蘇生して魔王軍を復興していただろうしな。

 あの魔族、蘇生する部下の選別はしっかりしているんだ。


「となると、聖光の刃たちは、ダンジョンに侵入していたときよりも、弱体化されるってことか」


「ですねえ……。まあ、戦力としてはロマーナに期待しましょう」


「お任せください。エルフ以外の相手はいくらでも倒してみせます」


「まあ、そのあたりの条件はしっかり守りますとも。なので、裏切らないようにしてくださいね。少しでもおかしなことをしたら、崩壊させますので」


 ピルカヤに見張ってもらう必要がありそうかな。

 あまり、あいつの負担を増やしたくないんだけど……喜んで引き受けそうだよなあ。


「ちなみに、あなたに仕込んだ術式によって、自動で崩壊するので心してくださいね?」


「ええ。その手の術式には慣れていますので、問題ありません」


「……エルフたちは、昔から管理されていましたからねえ。あれと一緒にされるのは……まあ、あまり気分はよくないのですが、仕方ありませんね」


 しっかりと国民一人一人を管理しているのか。

 なんというか、管理している側も疲れそうな国の政策だな。


「私としては、最高評議会のやり方も理解できます。ですが、こうして復活させていただいた以上は、魔王軍の一員として働きます」


 あれ、意外だな。

 思っていた以上に、魔王軍としてがんばってくれる意思が見受けられる。

 そして、やけに神妙な顔をしているので、彼女なりに思うところがあるらしい。


「残念ながら、死後の意識はありませんでした……。神の国に招かれるのはまだ先なのか、あるいは私にその資格がなかったのか……」


「私も死んでいた身なのでわかりますが、死後に意識なんてありませんでしたね。ふむ……神に招かれた場合のみ、肉体と意識が復活するのでしょうか?」


「あれ、でもさっき交渉したって言ってなかった?」


 魂だけの存在に意識がないというのであれば、事後承諾みたいなことしかできないはずだが。


「そこでプネヴマなんですよ。あの子、魂を会話させることが可能なんです」


「え、すごくない?」


「そうなんですよ。実は、ああ見えて替えの効かない人材なのです!」


 下手したら、それって神の領域の力になるんじゃないか?

 そういえば、フィオナ様も部下の魂を自身に収納しているって話だったし、フィオナ様レベルの力じゃないか。


「なななななな、なにを、なにを過大な……評価を……げほっ!……うえぇぇえ……」


 噂をしていると、プネヴマが焦った様子でこちらに走ってきて、吐きそうになった。

 なんか大変そうだが、エピクレシは手慣れた手つきで、介抱してあげている。


「私は……単に、幽霊と話しているだけですからぁぁ……」


「幽霊か……あれ、でも死後に意識はないって」


「そのとおりです。ですが、この子が会話をするときだけは、自我が戻るんですよ」


 やっぱり……すごくないか?


「眠りから目覚め、自身の死を思い出しました。そして、交渉を断った場合は、会話も終わり再び死に戻ります。神の国にいたのならまだしも、私は……それに耐えられるほど強くはなかった……」


 よくよく考えてみると、すごいというか怖いな。

 死んだ状態で、会話のために一時的に意識が戻され、用がすんだらもう一度死ねってことか……。

 そりゃあ、交渉だって前向きになるよ。怖いもん。

 だって、断ったらもう二度と意識が戻るかもわからないんだから。


「ロマーナさん?」


「ロマーナでいいですよ。この子は私の部下ですから」


「ええ、どうかロマーナとお呼びください」


「じゃあ、ロマーナ。別に恥じる必要はないと思うよ。普通は誰だって怖いから、そんなの」


 たぶん、エピクレシもプネヴマもそんなつもりはないだろうけど、もはや脅迫に近い交渉だったと思う。

 そうか……よくよく考えると恐ろしいよなあ。

 プネヴマなら、まだ蘇生できていない魔王軍の霊と会話させることも可能なんじゃないかと思ったが、ちょっとやめておいたほうがよさそうだ。


「ありがとうございます……なので、私以外の部下にはこの恐怖を味わわせたくはないのです」


 そうだろうな。

 俺だって、たった今魔王軍に対して同じことを考えたのだから。

 なぜ、敵対していたロマーナが、ここまで従順なのか理解できた気がする。


「……やっぱ、エピクレシとプネヴマって怖いな」


「え? なぜそんな意見に……」


「わ、私は……怖がる側なんです……けど?」


 自覚がないって恐ろしいな。

 この二人ならば、魔族を敵視していた種族でさえ、無理やり味方に引き込めるんじゃないだろうか。


「……ところで、その右腕って」


「ええ、以前お譲りいただいた霊魂の鎖です。高い魔法技術を誇る彼女であれば、もはや右腕と遜色ない操作も可能なのです!」


「失った右腕の代わりに、このようなものまでいただき感謝します」


 ロマーナの腕から生えていた鎖は、彼女の意志により生き物のように動いていた。

 なるほどなあ。あのときのガシャ結果のアイテムは、どちらもロマーナに使われたわけか。

 ハズレアイテムだと思っていたとは、本人には伝えないようにしないとな……。


    ◇


「ということがあったんです。どう思いますか? フィオナ様」


「う~~ん……う~ん……? 難しいですね」


「そうですか。やっぱり、フィオナ様にもわからないと」


「いえ、ロマーナは、もともとそこまで深く魔族を嫌ってなかったから、うまくいったんだと思います。これが例えば、あの獣人イドとか、エルフのダンテなら、鼻で笑って罵倒して、自ら消えるんじゃないですか?」


 つまり、今うちで働いている現地の従業員たちみたいなもんか。

 女神信仰はしているが、それよりは目先の恐怖に抗えなかった者たち、そういった者であれば魔族側にも引き込める。

 だが、魔族を見下している者、女神を信仰している者、そのどちらかの傾向が強いほどに、魔族なんかの仲間になれないと反発するわけだ。


「……」


「どうしました? レイ」


「俺はフィオナ様のこと嫌いじゃないですからね」


「むしろ、嫌われる可能性があったんですか!?」


 なんだか、魔族のみんなが慕っているのもわかる。

 こんなにいい魔王様なのに、女神のせいで不当な評価を受けすぎではないだろうか。


「ガ、ガシャのせいでしょうか? それとも、眠るときに抱きしめる力が強すぎますか? 遠慮せずに、不満は言ってください!」


「だから、嫌いじゃないですってば。不満もありません」


「そ、そうですか……急に変なこと言わないでください。まったく」


 このかわいらしい魔王様のためにも、もっとがんばらないとな。

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