第162話 オタクとオタク
「ところで魔王様」
「なんですか?」
「レイ様とは、どのような方なのでしょうか? 私の記憶では、魔王軍には在籍していなかった方のようですが」
「レイは、私の代わりにダンジョンを作ってくれたり、あなたたちを蘇生する薬を作ったり、とても良い子です。あと、私のです」
蘇生薬作成に関しては、今回はたしかに俺の成果なので否定することもないな。
良い子かどうかは知らないが、俺がフィオナ様のものなのは今更だし。
「なんと……それほどの力をお持ちの魔族でしたか。すみません、わざわざ私のようなものまで蘇生いただいて」
「……」
「プネヴマも、お礼を言ったほうがいいですよ」
「ひ、ひっ……あ、は、はい……えと……ごめんなさい」
たぶんだけど、プネヴマもがんばろうとしていた。
だけど、ルトラに急に話を振られたことで、頭の中がパニック状態になったっぽいな。
「ああ、フィオナ様のためだし、気にしないでくれ」
「…………なるほど、理解しました。これからも魔王様とレイ様に仕え、しっかりと働かせていただきます」
「フィオナ様はともかく、俺のほうには仕える必要ないんだけど」
「いいえ、お二人に仕えます」
なんか変なところで頑固な子だな。
もしかしたら、ピルカヤやマギレマさんみたいに、仕事大好きな魔族なのかもしれない。
「それじゃあ、仕事だけど」
「あ、うぁ……あのぉ……私も……」
そうだな。
先にプネヴマのほうから伝えたほうがいいか。
彼女の性格を考えるに、何を頼まれるかわからないまま放置されるのも辛いだろう。
それに、頼む仕事は恐らく一人でできる仕事だ。
ならば、ここで仕事を振ってやって、すぐに一人にしてやったほうがいい。
「プネヴマは、さっきフィオナ様が言ったように、魔王軍の味方の魂を管理してくれ」
「…………は、はい」
「厳密には、魔族だけでなく、従業員である転生者や人間やダークエルフたちだな」
「こ、ここに……所属する、全員……ですよね?」
「ああ、できるか?」
「…………で、でき……ます」
平気かな?
なんか弱弱しいので、心配してしまう。
まあ、専門分野の本人ができると言っているのであれば、門外漢である俺が聞き返すのもうっとうしいか。
「じゃあ、頼んだ。なにかあったら、誰にでもいいから教えてくれ」
「あ、は……はい」
「それじゃあ、プネヴマは作業に移ってくれていいぞ」
「…………が……がんばります!」
おお、案外大きい声も出るんだな。
それだけ気合を入れてくれたみたいだし、うまくやってくれそうだ。
◇
さて、ルトラと一緒に温泉に向かっているわけだが、彼女についてもう一つわかったことがある。
「ピルカヤ様。そちらの仕事も手伝わせていただきたいと思います」
「いらない~」
「しかし、若輩者である私が、ピルカヤ様を手伝うのは当然のことかと思います」
「ボクは、一人でのびのびやりたいの~」
「……では、いつでも命じてください」
「魔王様とレイに割り振られたほうの仕事がんばりなよ~。命じられた役割はちゃんとこなせって、何度も教えたでしょ」
「は、はい!」
ルトラの体は水のようであり、ウンディーネと呼ばれる種族だ。
つまり、彼女は精霊に限りなく近い魔族といえる。
なので、ピルカヤのことを、大先輩として尊敬している節があるのだ。
有名な精霊といえば、ルトラみたいなウンディーネの他に、サラマンダーやシルフやノームを思い浮かべる。
しかし、実はピルカヤはそれらの固有名を持つ精霊よりも、もっと炎そのものに近い存在であり、要するに原初の精霊みたいなすごいやつらしい。
「ピルカヤってすごいやつだったんだな」
「え、なに? ボクが優秀な話? まいったな~。魔王様とレイに認められたら、四天王からさらに出世するじゃない」
「さすがはレイ様です。ピルカヤ様の偉大さを十分に理解されているのですね」
まあ、すごいやつではあるけど、そんなのは今さらだな。
フィオナ様みたいな、とんでもなくすごいのも、リピアネムみたいな力がすごいのも、魔王軍には色々いるしな。
すごい魔族たちだろうと、話してみたら接しやすいという印象は変わらない。
「まあ、ピルカヤは、すごいし優秀なのはたしかだけど、ルトラに任せるのも大事な仕事だから、がんばってほしい」
「はい、お役目まっとうします!」
そんな話をしていると、温泉に到着した。
ピルカヤとルトラと、三人で中まで進み、ルトラに湯の様子を見てもらう。
「……地熱? ピルカヤ様の炎? なんといいますか、突如熱源が現れて、そこを氷や凍気で中和したような」
見て触れただけでそれがわかるのなら、フィオナ様の人選は相変わらず正解だったということになる。
まさしく、俺が温泉を作成した方法を言い当てられた。
「マグマ温泉を作成して、そこを凍結の床でぬるくしたんだ」
「そのようなものをお創りできるのですか……」
「すごいでしょ」
なぜ、お前が得意げなんだ。ピルカヤよ。
「だけど、温度管理なんて適当すぎる。これから、こういう温泉をどんどん増やしていくつもりだから、ルトラには水質やら温度の管理を頼みたいんだ」
「なるほど……それで、水の力を持つ私を選ばれたのですね」
「プリミラもいるけれど、あの子畑管理命だから」
「たしかに、プリミラ様であれば、私以上に適切に管理できそうですが、そういう理由だったのですね」
あちらはあちらで今では重要な趣味兼仕事だ。
食料にも、薬にも、ダンジョン拡張の補助にも、手広く貢献してくれているからな。
「それで、ルトラは今後温泉が各ダンジョンに増えても、管理できそうか?」
「はい。私はピルカヤ様のように、分体は作れません。ですが、体をちぎって配置しておけば、水の情報を知ることくらいはできます」
精霊系の魔族、便利だなあ。
ピルカヤみたいに、分身はできない。
水を通して情報を得るとしても、水の情報に限られるしい。
それでも、一人で管理はできるのなら、まさに必要な魔族だった。
「ところで、こちらのお湯なのですが」
ルトラは、やけに神妙な顔でこちらに尋ねてくる。
まだ、説明していないが、もしかしてもう気づいたのか。
「あちらのお湯と違い、聖なる属性が含まれているようですね。なにか異なる作り方を?」
「ああ、勇者と聖女がいるからな。そいつらが浸かってたら、なんか聖属性が付与された」
「……勇者と聖女までが仲間に……いえ、そもそも、力がお湯に……?」
「なんか、そうなった」
それ以上言いようがない。
そこはもう、割り切って受け入れてもらうしかないんだ。
「ちなみに、今後温泉を増やしていくといったが、ピルカヤとかリピアネムの成分で、なんか変化しないか試そうと思っている」
「初めて聞いたよ」
「頭の中で考えていただけだったからな。でも、ルトラがきてくれたから、色々試してみようかと」
管理を任せるのは、そのあたりの力の成分もだ。
できそうかルトラを確認すると、なにやら燃えているようだった。
水なのに。
「わかりました! このルトラにお任せください! 水を使った特別な効能、その管理だなんて、実にやりがいがあります!」
「ボク、ぬるま湯に浸かり続けるの嫌だな~……」
やる気十分なルトラと、珍しく嫌そうな表情のピルカヤ。
だけど、この勢いだとルトラに押し切られそうだ。
まあ、安心してくれ。ピルカヤを入れるのはマグマ温泉にしておくから。
その後で温泉に変換すれば、きっと手順は違えど四天王の湯になるだろう。
◇
「がんばりましたね。プネヴマ」
「……エピクレシちゃん」
「どうです? レイ様なら、気軽にのびのびと仕事させてくれますよ」
「レイ様……やさしかった」
「……? たしかに、それは否定しませんけど、先ほどの会話で、そう思うようなことってありましたっけ?」
「私が、おどおどしても……話すの待っててくれた」
「そういえば、そうですね」
「頼まれたお仕事……できるって言ったときに、疑われなかった……」
「いつも自信なさそうなので、本当に大丈夫かと何度も念を押されていましたからね」
「…………魔王様もやさしいけど、レイ様もやさしい」
「ええ、ちなみにそんなお二人は、まあなんといいますか、仲睦まじい関係といえます」
「はうっ……!」
「ど、どうしましたか?」
「私の好きな方同士の組み合わせ……推せる……」
「押せ? えっと、どういう意味です?」
「前に、転生者から……聞いたことある……好きな方同士を応援する言葉……?」
「なるほど……よくわかりませんが、あなたが満足ならまあいいでしょう」
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