第161話 臆病者と優等生

「さて、従業員たちは解散したことですし、蘇生について決めましょう」


「あ、そこは魔王軍だけに聞かせるべきことなんですね」


 さっきの公開ガシャみたいなのと違って、ここからは魔王軍の秘密の話ってことか。

 そのわりには、普通にとおりかかって耳に入ることもありそうだけど。


「別に聞かれても良いんですけどね。彼らに直接関係するのは蘇生後なので、あまり拘束しすぎてもかわいそうです」


 相変わらず、労働環境がずいぶんとホワイトな職場だ。


「さて、ルトラは確定として、残り二人ですが」


「魔王様」


「なんですか? プリミラ」


「対処したとはいえ、エルフたちは強者を送り込んできました」


「ええ。あいつら、そういうところありますからね」


 クララがいたら、きっと深くうなずいていたことだろう。

 ロペスからの話もそうだが、どうやらエルフはトップが相当やばそうだ。


「勇者ほどでないにせよ。脅威となる者がダンジョンに来るようになっています」


「たしかに、油断してはいけませんね」


「ですから、さすがにそろそろ保険として保管しておくことも視野に入れるべきかと」


「なるほど……」


 不死鳥の羽があれば、そのへんはわりと予防できていると思うんだけどな。

 同じことを考えていたのか、リピアネムも同様の意見を発した。


「不死鳥の羽ではだめなのか? レイ殿の所持数はものすごい数だったと記憶しているが」


「ここで遭遇した敵であれば、それでも問題ありません。ですが、万が一とらえられでもしたら、すべての羽を消費するまで攻撃される可能性も……」


 それは……たしかにそうかもしれないな。

 残機は十分すぎるほどあるけれど、無限というわけではない。


「だけど、そんな状況になったのなら、蘇生薬を残していたって同じことにならないか?」


 残機が一つ増えるだけだしな。

 俺を殺し切ろうとする相手なら、その回数が一回増えた程度は誤差だろう。


「たしかに、不死鳥の羽を消費しきってなお殺された場合、レイ様は肉体を失い魂だけとなりますね。ですが、その魂を地底魔界に呼び寄せれば、こちらで蘇生可能なのではないでしょうか?」


 エピクレシが、そう答えてくれた。

 そういえば、フィオナ様が最初に蘇生薬を使うときに、魂は自分の中に確保しているみたいなこと言っていたっけ。

 敵につかまった場合は、肉体を失うけれど魂が自由になるから、その時点で解放されるのか。


「……なるほど! さすがは、プリミラとエピクレシ。保険は多いに越したことはありませんからね!」


 フィオナ様も、二人の意見に納得したのか、二人の頭をなでていた。


「となると、蘇生薬は三つなので、一つは温泉に関するルトラを、一つは魂を管理するプネヴマを、最後の一つは保険として残しておきますか」


 あ、それでも俺の要望は叶えてくれるのか。

 無理しなくていいんだけどなあ。


「なんか全部俺のために使うことになってません? 温泉は後回しとかでも……」


「レイのためなら、そのくらいなんでもありません。そもそも、これはすべてレイが引き当てたものじゃないですか」


 それはそうなんだけど、全部フィオナ様に献上したんだけどなあ。

 だいたい、プリミラの武器にアイテムを埋め込むって話だったし、一つはそれが可能な人材に使うべきじゃないだろうか。


「まあ、レイくん失ったらやべえしな。万が一は必要だろう」


「何回も蘇生できるから問題ないと思ってたけど、たしかにつかまっちゃったらまずいからね」


「私が助けに行く前に、不死鳥の羽を消費しきってしまう可能性もあるか……」


「私の武器のことであれば、心配しないでください。こう見えて、私はけっこう強いですから」


 四天王もフィオナ様たちの意見に同意のようだ。

 ということは、これはもう蘇生薬は俺の望みを叶えるために使うってことになるな。

 またどこかで大量の蘇生薬を引き当てないとなあ……。


「さあ、そういうわけで蘇生対象は決まりました。まずはプネヴマ、復活のときです!」


 そうして蘇生したのは、なんだかやけに細身の女性。

 顔を隠すほどの黒い布が頭にかぶさっており、服もぶかぶかした黒一色だ。

 不健康そうな白い肌は、エピクレシに似ている気がするが、俺やフィオナ様なんて青白いし、あまりあてにならないか。


「えっ……あ……ま、魔王様……す、すみません……」


「久しぶりですね、プネヴマ。突然ですが、あなたは蘇生しました」


「そ、そうですか……えと、私なんかのために、無駄な力はお使いになられないほうが……」


「いえ、あなたには重要な仕事を任せます」


「えぇ……!? そ、そんなことが務まるとは……え……無理です」


 なんだか、やけに腰が低いな。

 出会ったばかりの時任ときとうくらいには委縮している。

 もしかして、フィオナ様を前に緊張しているのか?


「プネヴマは、能力はあるけど自分に自信がないんですよね~。魂の管理なんて、そうそうできるもんじゃないのに」


 イピレティスが補足してくれた。

 なるほど、自分に自信がない魔王軍というわけか。


「レイ様に似てますね~」


「え、どこが……」


 もしかして、戦う力がないってことか?

 ステータスを確認してみるか。


 プネヴマ 魔力:85 筋力:57 技術:86 頑強:63 敏捷:80


「めちゃくちゃ強いじゃん……イピレティスたちくらい強い」


「能力はあるんですよ~。でも、自信がないから戦ってくれたことありません」


 もったいないとはいえないか。

 本人が向いてないと思っているのなら、無理に戦わせるのもかわいそうだろう。


「バンシーのあなたなら、遠方で死んだ魂を地底魔界に呼び寄せることができる。私はそう考えています」


「え……ええ、そのくらいでしたら、まあ……どこで死んだ魂だろうと、魔王軍であれば……回収できますけど……」


「それがあなたに望む仕事です。任せられますか?」


「は、はい……魔王様がおっしゃるのでしたら……その、がんばります……」


 それでも、フィオナ様のために働きたいっていう気持ちは、他の魔族と同じなんだろうな。

 プネヴマは、びくびくしながらも、フィオナ様の期待に応えようとやる気になってくれた。


「というわけで、次はルトラですね。とうっ!」


 かけ声が、なんだかあほの子っぽいが、誰もそこに違和感を覚えていないらしい。

 そう思っているのは、俺だけなんだろうか。


「……魔王様? ……すみません。少々記憶が混濁しているみたいでして」


「かまいません。死から蘇生したため、無理もありませんから」


「死……そう、でした。申し訳ありません。勇者一行に殺され、魔王様のお役に立てず」


「それも許します。あなたには、新たな仕事を任せたいのです。ルトラ」


 こちらは、プネヴマとは別に冷静な女性だな。

 表情こそ、そこそこに変化するものの、なんだかプリミラに雰囲気が似ている。

 そして、体が水っぽい。リグマのスライム体やピルカヤの炎の体を思い出す。


 ルトラ 魔力:81 筋力:80 技術:63 頑強:80 敏捷:67


 ステータスは、こちらも四天王ではない者たちと同じくらいだ。

 要するに、相当強いということになる。


「あなたの仕事は、これから増えていく温泉の管理です」


「温泉……? あの、うちにそのようなものあったのでしょうか?」


「レイが作りました」


 そこで二人の魔族は、俺の存在に気がついたらしい。

 ルトラはしっかりと俺を見つめ、プネヴマはおどおどと遠慮がちに見てくる。

 こういう何気ない仕草の一つにも、性格が表れているなあ。


「魔王軍の末席のレイです。よろしくお願いします」


「また言ってる……」


 そうは言うが、カーマルよ。

 俺の後輩はいまだに一人もいないのだから、末席には違いないだろう。

 従業員たちは、正規の魔王軍ってわけじゃないからな。


「失礼ですが、本当に末席なのでしょうか……?」


「魔王様のお気に入りだよ」


「ピルカヤ様。……そうでしたか、であれば私程度にそのような丁寧な言葉は必要ありません。ウンディーネのルトラです。私の力が必要なときは、なんなりとお申し付けください」


「バ、バンシー……です……。プネヴマといいます……。魂とか、管理するのだけは得意です……。レイ様に敬語使われると、死んじゃいそうなので……その、私のほうも……ふつうで、お願いします……」


 プネヴマが死にそう。

 なんか俺のせいで、プネヴマが早くも死にそう。


「落ち着けバカ者。人見知りで呼吸困難になるな」


 ここにテラペイアがいてよかった。

 過呼吸気味のプネヴマが、テラペイアに介抱される姿を見て、俺は心からそう思った。


 新たに復活した二人の魔王軍。

 きっと、彼女たちもフィオナ様のために、活躍してくれることだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る