第159話 かわいそうなまおうさま

「というわけで、エルフたちは撤退しますが、これからは他の種族がダンジョンに侵入するようになると思います」


「おお、それは助かる」


 クララの報告は、俺にとっては朗報だった。

 エルフたちは隙あらば拠点を作ろうとし、うちのダンジョン魔力をかすめ取ろうとしてくるので困っていた。

 それでいて、ラッシュガーディアンを倒す者や、ドラゴンゾンビでは太刀打ちできない者をよこすため、真剣に防衛しないといけない。

 他のダンジョンと違って、ある程度放置してもいいわけではないので大変だったんだ。


「ところで、その他の種族たちって、魔力を奪おうとしない?」


「それは……いないとは言いませんが、わざわざ私たちの村までやって来る者であれば、エルフ以外はいないかと思います」


「ならよかった。やっと、四六時中見張っていなくてすむ」


「ボクはそういうの得意だけどね」


 たしかに、今思うとピルカヤってすごい大変なことしてくれていたんだな。

 しかも、俺と違って他のダンジョンまで見ていたわけだし。


「これからどんなやつらが来るかわからないけど、そいつらに合わせてダンジョンを改築していかないとな」


「今のままだと、入るたびに全滅するぞ……」


 アナンタがまた大げさなことを言っている。

 しかし、ある程度は加減したほうがいいのもたしかだな。


 ダークエルフのときみたいに、様子見で一切怪我しないようなダンジョン……はだめか。

 あまり簡単すぎると、今までダンジョンを攻略できなかった者たちが、見くびられるようになる。


 エルフたちだけでなく、ダークエルフたちも攻略できなかったからな。

 これ以上ダークエルフたちが迫害されるような要因を、与えてやることもない。


「ダンジョンを変えていくことも、たしかに必要です」


 フィオナ様が、真剣な表情でそう言った。

 さすがのフィオナ様も、エルフたちがかなり本気で攻めてきたことを重く見ているらしい。


「ですが、まずは気分転換にガシャを回しましょう」


 全然重くなかった。

 わかっていたはずなのに、真面目に考えて損したよ。


「これからレイは、再びダンジョンの調整を行います」


「そうですね。侵入者が変わるので」


「なので、時間も魔力もしばらくは自由に使えません」


「まあ、わりと楽しいのでいいですけど」


 労働というよりは、趣味みたいな感覚になりつつあるし。

 俺って案外、箱庭系のゲームとか好きだったのかもしれない。


「こいつ、楽しいって言ってるぞ……」


「諦めなよアナンタ。楽しく働けるのが一番じゃない」


 カーマルがアナンタを諭してくれて助かる。

 アナンタからしたら、監修という仕事が増えるのが嫌なんだろうな。


「レイが楽しんでいるのならなによりです。ですが、今後ダンジョンの調整にかかりきりなら、ガシャのタイミングは今しかないのではないのでしょうか?」


「そこまで時間をとるものでもありませんし。ダンジョン魔力で回すので、そうでもないですけどね」


「え~……やりましょうよ~」


 早くも論理が崩壊したためか、フィオナ様は俺にすがってきた。


「別に断ってはいませんよ。ダークエルフやエルフたちから徴収した魔力も溜まっていましたし、そろそろ魔王軍を蘇生してもいいと思います」


 まあ、本命はマギレマさんのレストランだけど。

 あそこ、毎日すごい量の魔力を稼いでくれている。


「えっ……徴収って……」


「女王様、あきらめろ。体に害はない」


 クララが焦った様子を見せるが、そういえば熱量変換室のことを説明してなかったな。

 ロペスがフォローしてくれているし、任せるとしよう。


 それにしても、どんどんうちに住んでる者たちが集まってきてしまったな。

 フィオナ様の宝箱ガシャは、実はわりとここに住む者の多くが興味を持っている。

 食料が出ればマギレマさんたちに、消費アイテムが出れば時任ときとうたちにといったように、蘇生薬以外だと誰かに譲ってしまうのだ。


 気前のいい魔王様として、本人が無自覚なうちに飴を与えまくっている気がする。

 そのため、今日はどんなものが出るのかと、フィオナ様と同じくらいガシャの結果を気にしているようだ。

 さすがに一般の従業員たちは、フィオナ様が怖くて来ないみたいだが、転生者たちとカールみたいな一部の現地従業員は来ているみたいだな。


「さあ、勝負です」


「誰と戦う気でしょうか」


「物欲センサーじゃないかな」


 プリミラの当然の疑問につい答えてしまう。

 意味は通じていないみたいだが、気にすることでもないと思ったのか、フィオナ様の邪魔をしないように黙ってしまった。


「5箱です。よろしくお願いします」


 俺に開けるように頼んだのだが、なんか対戦お願いしますみたいな発言にも聞こえる。


「それじゃあ、順番に」


「お酒! これは、リグマとドワーフたちにあげます」


「ありがとうございます。いやあ、さすが魔王様」


「嫌味ですか!?」


「い、いや、純粋な感謝だったんですけどねえ」


 まあ、外れを感謝されたら、そう思う気持ちもわからんでもない。

 さすがのリグマも、意図しない煽り発言ととらえられてしまい、わずかに焦っている。


「見ていなさい。そうして私を侮っていられるのも今のうちです」


「侮っていないんですけどねえ……」


「君が不評を買ったら、僕たちにまで飛び火するんだからやめてよ」


「そ、そうだぞ……魔王様の怒りとか俺は死ぬからな」


 分体に責められるリグマをよそに、フィオナ様は次の宝箱を指さした。

 さあ、フィオナ様が喜ぶような物が入っているといいんだが……。


「なんか宝石がいっぱい! カール。価値はどうですか?」


「はい。…………残念ながら、あくまでも装飾主体のものですね。価値としては、そこまででは」


「では、おしゃれしたい者たちで分け合ってください」


 これには主に転生者の女性陣が反応を示した。

 世良せらはらは、風間かざまに頼んでアクセサリーに加工してもらうんだろうな。

 時任と奥居おくいも、ドワーフの誰かに依頼でもするんだろう。


「ここまでは敗北。手ごわいですね」


 わりと満足している者たちもいるが、肝心のフィオナ様が納得していない。

 そのため、嬉しそうにするのを我慢している者たちも含めて、固唾を呑んで見守っている。

 なんだ、この無駄な緊張感。どうせハズレだから期待しないほうがいいぞ。


「次です! はい、食材! もう見飽きましたが、あればあるだけいいのが悩ましいです!」


「じゃあ、もらっていきますね~」


「ええ、管理はマギレマにお願いします」


 これはもう慣れている。

 なので、マギレマさんはすぐに宝箱を回収し、適当な従業員たちをつかまえて食糧庫に運ばせた。

 フィオナ様が言う通り、ハズレってわけでもないんだよなあ。


「あと2回……。では右からお願いします」


「はい」


 そろそろ期待が薄れていっている。

 5回あったチャンスも、気づけば半分以下だもんな。


「あ~……これはこれで、あって困るものでもないんですけどね」


「不死鳥の羽ですね」


 不死鳥そろそろ羽がむしられすぎて、調理の下ごしらえが終わってみたいになってそう。

 まあ、どこかに存在する不死鳥からむしってるわけじゃないんだろうけど。


「では、これは魔王ボックスで管理ですね」


 俺もさすがにこれ以上の不死鳥の羽を受け取っても仕方ないので、なにかあったときのためにフィオナ様が管理することになっている。

 そして、宝箱の一つにそういった管理品を入れているのだが、魔王ボックスと名付けたのか。


「最後です。そろそろ当たってもいいですよ?」


「俺に言われても……では、どうぞ」


「……なるほど」


 その感情は、歓喜でも落胆でもない。

 フィオナ様興味深そうに、宝箱の中をまじまじと見つめていた。

 気になったので俺も後ろからのぞき込んでみると、そこには球体の宝石のような物が入っていた。


「これは、初めて見ますね。フィオナ様は、なにか知っていますか?」


「ええ、これはプリミラにあげましょう」


「私ですか」


 名前を呼ばれたので、プリミラが俺たちのほうに近づき宝箱からそれを取り出した。


「潮流の宝玉ですか……ありがとうございます。魔王様。今後も魔王様のために励みます」


「では、お説教を減らすところから……」


「それとこれとは話は別です」


「むしろ、プリミラさんが張り切ることで、お説教の頻度上がりそうだよね~」


 俺もピルカヤの意見に同意する。

 あのお説教、フィオナ様のためだからな。


 それにしても、プリミラの渡された宝玉とやらは、そんなにすごいアイテムなんだろうか。

 たしかに、全体的に水っぽい雰囲気だし、光の加減か内部は絶えず水流が渦巻いているようにも見える。

 いかにも、水関係の力が増幅しそうだし、プリミラに合ったアイテムなんだろうな。


    ◆


 潮流の宝玉


 所有者の水の力を増幅させる宝玉。

 内部で荒れ狂う水流は、海そのものの力を秘めたものと伝えられている。

 水の力は奇跡的なバランスで封じられており、ひとたび力を使用するとそのバランスは崩壊する。

 宝玉の消失と引き換えに振るわれる力は非常に強力であり、広範囲の敵を水の力で流せるだろう。


 煌めく青色の光は、深い深い海の底とつながっている証とされ、海に縁がある種族の宝として祀られていた。

 それゆえに、この宝玉の力を引き出せる者は、数千年に一度現れる海の巫女と信じられ、当時の王以上の権力者でもあった。

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