第156話 楽しい共生労働

「死にたくなければ走れ!」


 無駄な現実逃避に、時間も魔力も体力も消費するな。

 一喝するも、混乱したままの者は少なくない。

 それでもまだ、足を止めない分ましかもしれないな。


「ま、待って……」


 追いつかれた者から、アンデッドの攻撃を受けて足が止まる。

 足が止まった者から、アンデッドたちに群がられるよう絶え間なく攻撃を浴びせかけられる。


「くそっ! アンデッドごときが!」


 何人かは抵抗として聖属性の魔法を撃つ。

 もともと魔法攻撃である以上、それがまったく通用しないということもない。

 直撃した敵とその周囲の敵は、吹き飛ばされるか、行動不能になるか程度の効果は見込める。


 だが、弱点である属性にしては、あまりにも効果が乏しい。

 これでは弱点でない攻撃魔法となんら変わりはない。

 その程度では、この大量の軍勢を対処することはできず、結局は物量に負けてしまうだけだ。


 そうして部下を失いながら、私たちはなんとかして扉にたどり着く。

 幸いなことに、そこが施錠されているということもなく、たどり着いた者から順に中に入るように指示を出した。


「指揮官も早く!」


「いや、この先はお前たちだけで行け」


「何を……言っているんですか」


「私はここでこいつらの足止めをする。いや、今度こそ殲滅してくれる」


 仲間は無事に逃がせた。

 であれば、次はこいつらを倒すだけだ。


「行くぞ!」


「何言ってんのよ、カスパー!」


 相変わらず話が早くて助かるな。

 カスパーは、マウリとヴァスコを連れて扉の中へと進んでいった。


「さあ、これで私だけだ」


 なにも指揮官として、部隊のために命を捨てたなんて行動ではない。

 さすがの私も、これだけのアンデッドの軍勢を前に、部下を守りながら戦うのは厳しいというだけだ。

 聖属性魔法が効かない。上等じゃないか。

 私だって、なにもアンデッド討伐の専門というわけではない。

 弱点をつけない敵の群れとだって、何度も戦ってきた。


「悪いが、私は簡単には倒せんぞ」


 手前にいたスケルトンやゾンビたちが、私を殺そうと武器を振るう。

 それをかいくぐり、胴体に手のひらを添え、あとは魔力を流して爆発させるだけだ。

 ゾンビの腐った肉片や、スケルトンの粉々になった骨が、周囲に散乱する。


 聖属性魔法なんかではなく、もっと単純な属性がない魔法。

 上手く使ってやれば、それでもこれだけのことはできるというわけだ。


 低燃費で威力も申し分ない。

 しかし、触れた敵のみを対象としていることから、敵の攻撃をすべてさばき、一体ずつ地道に破壊する必要がある。

 これまでのように、広範囲の魔法で簡単に片をつけるわけではない。


 時間をかけねばならないし、なにより周囲の援護などを気にかけている余裕もない。

 だから、部下を逃がし私だけが残った。


「私だけであれば、そして時間さえかければ、お前たちは根絶やしにすることも可能だ」


 あとは淡々と処理をしていくだけ。

 数の暴力とはいうが、それすなわち一体ごとの地力は低いということでもある。

 同時に襲いかかろうが対処できる程度の実力だ。

 体力も魔力も最小限の消費にすれば、この程度の数なんもでない。


「次だ。さっさとこい。私は部下に合流しないといけないので、暇ではないんだ」


 返事はなく襲いかかってくるが、そのほうがこちらも助かる。

 さっさとすべてを破壊させてもらおうじゃないか。


    ◇


「ロマーナ様。大丈夫かしら」


「問題ないだろ。外で聞こえたあの音、全部アンデッドたちがやられる音だからな」


「私たちがいたところで、足手まといですか……」


 そりゃあ仕方ない。

 それなりに生きてきた俺たちといえど、あの方から見たらひよっこだからな。

 そして、そんなロマーナ様でさえ、最高評議会からは若輩扱いだ。


 だから……そんな方々が決定を下し、俺たちを指揮するのであれば、無事に目的も達成できるだろう。

 ダンテのやつが調査を終えれば、今度こそこんなダンジョンの入り口を封鎖しちまえばいい。

 アンデッドが復活し、そいつらに聖属性の耐性がついていたことは想定外だが、指揮官が改めて滅ぼしてくれるはず。

 …………なにも、間違っていないはずだろ。


「それにしても、ずいぶんと長い道だったわね」


 もはや指揮官がアンデッドどもを制圧する音すら届かない。

 一本道はようやく終わり、ようやく別のフロアに出られるようだ。


「……迷路?」


 広い部屋を予想していたが、道の先にあったのは曲がりくねった別の道。

 それだけでなく幾重にも分かれ道が存在しており、侵入した者を惑わせるそれは、誰が見ても迷路と呼べる代物だった。


「奇襲には十分気を付けるぞ」


 ここで指揮官を待つという手もあるにはある。

 しかし、先の安全の確保も必要だ。それに、俺たちはここまであの方に頼りきりになっている。

 せめて、この先の情報を得るぐらいはしておきたい。

 欲を言えば、この迷路をなんとかして突破しておきたいところだ。


「誰かルートを記録しておいてくれ」


 そう言って、マウリとヴァスコを手分けをし、前方と後方の安全を確保しながら進む。

 全員で行く必要がないとも思ったが、下手に分散させてしまえば、合流も難しくなるかもしれない。

 そしてなによりも、不測の事態が発生したときに、そのまま全滅する危険性もある。


 その判断に間違いはない。

 それを証明するのは、迷路の奥まで進んだときのことだった。

 奥とは言ったが、かなりの時間歩いたというだけで、ここが最奥なのか中盤なんか、はたまたまだまだ序盤なのかはわからない。

 だが、今は迷路の攻略のことを考える余裕はない。

 そんな贅沢な時間の使い方は、これを突破してから考えねえとな……。


「全員引き返せ! ソウルイーターが近づいているぞ!」


 前回、俺だけはあいつと長い間戦うこととなった。

 戦いというよりは、ひたすら逃げ回るだけのものだったが、今はそれは気にすることでもない。

 ともかく、それだけあいつの相手をしたからこそ、この魔力はあの異常なソウルイーターだということがわかる。


 緊急性を感じたのか、俺の発言を疑うということはなく、全員が言われた通りに迷路を引き返す。

 だが、だめだ……。迷路の中まで入り込みすぎた。

 入り口まで逃げるには、時間が足りないようだ。


「まあ、しょうがねえな」


 またか。と思わなくもないが、それが一番だろう。

 前回と同様に、俺があいつの足止めをする。

 その間に全員が逃げられたらそれでいい。


 前回と違うことといえば、時間を稼ぎ終わった後に俺が退避できないってくらいか。

 ……まあ、指揮官みたいにしんがりを務めながら、自分も無事にというのは虫が良すぎるわな。


「おら、さっさと逃げろ。あいつの相手なら前回で慣れた俺がやってやるから」


「カスパー……あんた」


「すみません、カスパー……」


 マウリは止まりかけたが、ヴァスコのやつは、ちゃんととるべき行動をとってくれた。

 ああ、これでいい。

 まったく……欲をかくとろくなことがない。

 こんなことなら、少しでも役に立とうなどと考えるべきじゃなかったな。


 まあ、こいつらに関しちゃ問題ないか。

 無事にここで逃げ切ることができれば、じきに、あの強い指揮官様が、アンデッドどもを蹴散らして合流してくれる。

 そうしたら、帰還するもよし、ソウルイーターを倒してくれてもよし、今よりも生き延びる可能性はずっと高い。


「さあ、今度は前回以上にしつこく食らいつかせてもらうぜ」


 槍をかまえる。

 死角が多いため敵の接近は視認できないが、魔力の反応はもうすぐそこまできている。


「あいさつ代わりだ。食らっとけ!」


 敵が顔を出す瞬間を見計らい、攻撃を無事に命中させる。

 やっぱりわずかに怯むだけか。

 翠光やダンテや指揮官ほどじゃないが、それなりに威力があると思っていたんだがなあ……。

 だが、時間稼ぎくらいはしてやるよ。


「相変わらず、すげえ迫力だな。おい!」


 狭い通路ということもあり、敵の不気味な姿がすぐ近くにある。

 この狭い場所で戦うのは、前回よりも厳しい状況といえるだろう。

 だが、それで引くわけにもいかない。


 突撃される。

 かわす。

 向きを変えて再度突撃される。

 狭い空間ながらもしっかりといなす。


 問題ない。

 命の危機からか、以前よりも感覚は研ぎ澄まされている。

 俺だって指揮官ほどではないが、身のこなしは得意なんだ。

 こうして回避に徹すれば、この根競べだって勝機がある。


「いいさ、元から時間稼ぎなんだ。このまま、何時間だって……」


 叩こうとしていた軽口は止まる。

 そもそも、動くこともできない……。

 嘘だろ。なんだって、こんなときに……。


 突然の体の不調に焦り気づくのが遅れたが、毒に侵されている……。

 麻痺毒なんて……どこで食らった……。

 アンデッドか? 罠にかかった? それとも、こいつ以外のモンスター?


 ありえない。アンデッドどもの攻撃はかすってもいない。

 毒の霧のようなものも見当たらなかった。

 ここに来るまでの間に、罠もモンスターも見かけていない。


 だめだ。もう間に合わない。

 目の前には、大口を開けた醜い怪物が……。


「嘘だろ。おい……」


 俺が最期に見た光景は、化け物の口の中に格納されていた大量の毒蛇が、麻痺毒をこちらに浴びせる姿だった。

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