第155話 「朝飯前だ。いや、朝飯の支度前だ」

 敵は一人。魔族の女だけだ。

 リザードマンの血を引いているのか、ところどころにトカゲの特徴があるな。

 ……いや、違う。こいつドラゴンか。


「おい」


 返事はない。

 だがかまわずに、言いたいことを一方的にぶつけてやる。

 魔王軍に所属しているドラゴンなんて、そいつしか思い浮かばないからだ。

 俺の脳裏に思い浮かんだやつだとしたら、これでわかるだろ。


「俺の名前はダンテだ。お前の名前は?」


「魔王軍四天王リピアネムだ」


 やはりな。返ってきた名前は、大物も大物。

 相手にとって不足はないどころか、こちらが不足しているであろうことは試すまでもない。


 だが、気に食わない。

 たしかに、お前のほうが強いだろう。

 だが、その戦う気のない態度はなんだ。

 俺相手には、それで十分だと判断したか?


 ふざけている。なめている。

 それだけ緊張感なく対峙できる相手だと思われている。

 だったら、そのまま壊れるがいい。


 やることは同じだ。

 他のエルフどもと違って、自分の身も省みることなく、体内に魔力を盛大に流してやるだけ。

 その魔力を受け入れる。強化に使う。


 弱者と違って、体内で暴れる魔力なんか気にすることもない。

 やれ痛みだ。やれ力の制御だ。そんなこと言ってるからお前らは弱いんだろ。

 俺は違う。力なんて制御するつもりはない。抑え込まずに全力で振るうだけだ。


「くたばれ」


 そうして強化した拳は、同じ種族のやつらでは到底たどり着けない威力を発揮する。

 聖光の刃ロマーナ翠光の弓モレーノも、俺の火力には及ばない。

 ……せいぜい、あのババアどもくらいか。本気で戦わないから知らねえが、エルフの最高権力者ならそのくらいの力はあるだろう。


 目の前になぜ魔王軍の四天王がいるかは、知らないし知るつもりもない。

 本物か偽物かもわからないが、この一撃を受けて無事とはいかないだろう。


 こいつもさすがに攻撃への反応くらいはできるようで、俺が狙っている顔面をかろうじて手のひらで守るような姿勢を見せる。

 かまうものか。そのくらいで止められると思うな。

 その左手ごと、顔面を潰してしまえばそれで終わりだ。


「なるほどな。こういうものか」


「あ?」


 俺の渾身の一撃は、あっさりと女の手のひらで止められた。

 そんなことが許されていいはずがない。

 だが、目の前の女が軽く拳を握っただけで、俺は逃れることすらできなくなる。

 どれだけ力を込めようが、微動だにしない。

 ふざけるな……。なんなんだこいつは。


 魔王軍四天王は死んだ。

 だから、こいつはそれを騙るにドラゴンの可能性も、わずかにはあった。

 だが、これでその可能性もなくなったとみていい。


 こいつが本物の魔王軍四天王であることは確実だろう。

 四天王最強。魔王軍の切り札。そんな呼称が大げさだといつも思っていた。

 だが……これほどまでに強いというのか。


「くそがっ!!」


 全力で力を込めるも、やはりびくともしない。

 そんな俺の姿を見ていたリピアネムは、つかんでいた俺の拳を無造作に離すと、これまた興味がなさそうに背を見せる。

 ……おい。たしかにお前は強い。だが、それはないだろ。

 俺なんか、なんの脅威にすらならないと言っているのか。


「余裕のつもりか!」


 実際に余裕なんだろう。

 小手調べなんかせず、全力の一撃を放ってたやすく止められたのだから。


「なめてんじゃねえ。その程度で終わりだと思ってんのか!」


「もう終わっている」


 ……あ? なんだ? 体が動かせない。

 違う。動いている。再び殴りかかろうとしたことで、上半身だけは勢いよく動いている。

 だが、下半身がそれについていっていないだけだ。


 ずれる。ずれていく。

 いつからだ。

 すでに上半身と下半身は分断されていた。

 つなぎとめられておらず、ただ上に乗っていただけ。

 それが、勢いをつけたことでバランスを崩して落ちているだけだ。


 いつだ。

 俺の体は、いつ斬られたというんだ。

 待て。背を向けるな。戦え。

 あ――ババアどもの命令。間に合わねえな。これ。


    ◇


「ルフのほうが洗練されていた」


 帰還したリピアネムが、口をとがらせながらそう言った。

 ルフもダンテも、どちらも一瞬でやられたから違いがわからないが、戦ったリピアネムが言うのならそうなのだろう。


「ネムちゃん。やけに自然体だったね~。そんなに大したことない相手だった?」


「ふっ、私とて成長している。ああして、余計な力みをなくすことで、包丁さばきも冴えわたると学んだのだ」


「包丁じゃないけどな」


「……違うぞ? これはその、そう。包丁はたとえであり、実戦ではちゃんと剣さばきのつもりで言ったのだ」


 絶対違う。

 しかし、マギレマさんも四天王もフィオナ様も、そこを指摘しない優しさを持ち合わせていた。

 言い訳が成功したと思っているのか、リピアネムは表情はそのままにどこか満足そうだ。


「ラッシュガーディアンを一撃で倒していたから、強そうだと思ったんだけどな」


「ありゃあ火力バカだ。技をおろそかにしすぎているから、ああいうゴーレム系とは相性がよかったんだろうな」


「なるほど。たしかにルフのほうは、力だけっていうか技も鍛えていたっぽいからな」


 リグマの言葉に納得した。

 単純な攻撃だけなら強いが、それを真正面から食らってくれないと、とたんに弱くなる感じか。

 うちのゴブリンたちなら、うまいことさばけるかな?

 あいつら、たまにソウルイーターを翻弄というか、鍛えてやってるっぽいし。休憩時間なのに。


「あいつの強さと自信の根源は、己の魔力を制御することなく、己の身さえ省みない力づくの強化だったのだろう」


 つまり、デメリット持ちの高火力キャラって感じかな?

 エルフって、なんとなく魔法の制御とかが得意なイメージだったが、中にはああいうのもいるんだな。


「でもさあ。それって、ネムちゃんみたいだね」


 マギレマさんが、誰もが思っていたであろうことを平然と言ってのける。

 しかし、当のリピアネムはまるで意に介していないようで、わずかに口角を上げるだけだった。


「ああ、その点は面白かった。あれは以前までの力を制御できていなかった私だ」


「規模が違うけどね~。リピアネムさんって、全力で殴るだけで敵吹っ飛ぶだろうし」


「そうだなピルカヤ。だが、それがいかに力を無駄にしていたか、私はついに理解したのだ」


 まあ、普通そうだよな。

 コントロールもせずに、無駄にしていた力だけで四天王最強だったのがおかしいんだ。

 そのリピアネムが力の制御をできるようになったのであれば、あの斬撃にも納得だ。

 あの侵入者、きっと自分がいつ斬られたかもわからなかったんだろうな。


「あいつも、己の力を制御できていれば、結果は少し変わっていたかもしれんな」


    ◇


「くそっ! なぜだ!」


 前回は見落としていた?

 いや、そんなはずはない。アンデッド特有の禍々しい魔力なんてまるで感じなかった。

 ならば、今こうして目の前に立ちふさがるアンデッドの群れは?


 私たちが全滅させたアンデッドが復活した?

 それだけの再生速度だとでもいうのか?

 ありえなくはない。このダンジョンの魔力であれば、そんなことができてもおかしくはない。


「何度でも、全滅させてやるわよ!」


 マウリが叫ぶ。

 己を鼓舞するためだろう。

 それが不可能とわかっていてなお、そう叫びたくなる気持ちもわかる。


「よせ! 魔力の無駄だ!」


 カスパーが止めると、マウリは悔しそうに杖を下ろした。

 わかっている。こいつらは、もはやそう簡単に一掃できるアンデッドではない。


 入り口まで逃げることはできない。

 こいつらも生前の知能でもあるのか、入り口までの逃げ道だけはやけに厳重に固められた。

 こうなると、ダンジョンの奥に逃げるしかない。


 向かうはあの扉の先だ。

 あそこまでたどり着けば、この大量のアンデッドどもに一度に襲われることはないだろう。

 そして、私も部下を気にかけずに一人で戦うことだってできる。


「くそぉっ!」


 部下の一人が、それでもアンデッドに向けて聖属性の魔法を放った。

 敵を減らすというよりは、恐怖を打ち消すための行動だろう。

 だが、その結果として、彼の中の恐怖心はより一層大きく成長する。


「なんで、効かないんだよ!」


 弱点である聖属性の魔法。

 それが直撃しても、こいつらはすぐさま立ち上がりこちらを追いかけてくる。

 冗談がきついな……。聖属性を克服したアンデッドだなんて。

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