第154話 ここから先、目撃者はありません
「これが、ババアどもが言ってたダンジョンってやつか」
道中どころかダンジョンにたどり着いてなお、みじんもやる気を見せようとしない。
一見すると不真面目そうだが仕事をこなすカスパーとは違い、本当になんの気力もないのだろう。
聖光の刃の一員というわけでもないのが、せめてもの救いか。
さすがに私も指揮官として、この男を指導するなどはごめんだ。
この男の態度に思うところがあるのは、どうやら私だけではないらしい。
特にマウリは、ダンテの言葉を聞いて不快そうに顔をしかめ、それを隠しもせずに冷たく言葉をぶつける。
「さっさと仕事をしたら? 火力バカなあんたなら、入り口を壊すこともできるでしょ」
「当たり前だろ。こんなもの……んん? なんだこりゃ」
ダンテがなにかを発見したらしく、怪訝な顔を見せる。
「どうした、ダンテ。問題か?」
もしや、ソウルイーターが入り口から出てこようとでもしているのか?
であれば、一度ここから退避すべきなのだが。
「問題はねえが。ありゃ、思ってたのと違うな」
「なんだ。怖気づいたか?」
「んなわけねえだろ。あのダンジョン。枯れたものじゃねえと思っただけだ」
「それは、そうだろうな」
たしかに、私たちも当初はあのダンジョンは廃棄後のものと考えていた。
しかし、いざ中に入ってみると、そこにいたのは魔力で強化されたモンスターや、アンデッドの群れだ。
廃棄されて死んでいくだけのダンジョンではなく、魔王の手を離れてなおダンジョンとして活動している場所ということだ。
「アンデッドやそれ以外のモンスターが魔力で強化されている。そいつらが存在することで、ダンジョンは活動を停止することもなくなっているのかもしれない」
「魔王から見放されたから、なんとか維持しようとあがいてるってわけか」
「そうでなければ、あれほどのアンデッドの群れなど出現しないだろう」
「どうかな。それよりは、魔王軍の大物が隠れているってほうが納得いくぜ」
「それは……」
たしかに、ダンテの考えは可能性としては非常に高いと思える。
しかし、そうなるとこれまでの探索でなんの音沙汰もないのが気にかかる。
「まあ、こそこそ隠れてるような雑魚なら、いようがいまいがどうでもいいけどな」
そう言い残すと、ダンテは散歩でもするような気軽さでダンジョンへと進んでいく。
「いや、待て。お前、なにをするつもりだ?」
「……なにって。中を確認するだけだろ? ここまできておいて、入り口崩して帰れだ? 馬鹿なこと言ってんじゃねえよ」
「あ、ダンテ!」
あいつ、初めからそのつもりで、大人しくついてきていたのか。
勝手に一人で中に入っていったダンテを放っておくこともできず、私たちはその背を追うことになった。
◇
「なんもねえ。古臭いだけか」
「あんたねえ。なにを勝手なことしてんのよ。さっさと戻ってここを埋めるわよ」
マウリの言葉なんかまるで届いていないようで、ダンテは一人で探索を続ける。
しかし、たしかに妙だな。あのソウルイーターが見当たらない。
「隊長……あのデカブツ。どこにいったんですかねえ」
「カスパー。もしかして、あなたが倒してくれたとか、期待できないですか?」
「無茶言うなよ、ヴァスコ。あんなの時間稼ぎでさえ命がけだ。戦いたくはないな」
当然だが、私たちがなにかをしたわけではない。
ならば、翠光の弓が、モレーノのやつが、全滅と引き換えに相討ちにでもしたか?
不測の事態が起こって、翠光の弓が全滅したことはたしかだが、その相手がどうなったかは不明だ。
全滅の報告を受けたときに、てっきりなすすべなく敵に葬られたと思ったのだが、あいつらも意地を見せた可能性だってある。
もしもそうであれば、ソウルイーターもアンデッドも全滅したことになり、ダンテの行動が正しいということになるかもしれない。
脅威がいないのであれば、なにもダンジョンを封鎖する必要などないのだから。
「おい、ダンテ。そっちはまだ調査していない。私たちがアンデッドを倒したのはこちらの道の先だ」
「だからこっちに進むんだろうが。お前らの手あかのついた場所なんて興味ねえ」
つくづく呆れた男だ……。
なぜ、わざわざ未知の危険が存在する可能性へと歩みを進めるというのか。
私には到底理解はできない。
「ついてくるなよ? てめえらは、そのアンデッドとやらの先に進めばいいだろうが」
悔しいが、私たち聖光の刃とダンテでは、単純な戦闘能力だけでは考えれば互角だ。
私たちの誰かとあいつがではなく、私たち全員とあの男がだ。
ならば、二手に分かれるとしたら、この振り分けが正しいということになる。
下手にあいつに何人かつけたところで、連携なんかするはずもなく、協力さえも怪しいからな。
だが、そもそもこのダンジョンをこれ以上探索すること自体が愚行だ。
そんなことを言っても、この男の気が済むまでは無駄なんだろうな……。
「はあ……いいだろう。その代わり、死の危険を感じたら引き返せ。無理なら最低でも入り口は崩壊させろ。たとえ、私たちがまだダンジョンにいたとしてもだ」
「そうまでして、あんなババアどもの命令を聞く義理はあるのかねえ。まあいい。約束してやるよ。どうせ、そんなことにはならないだろうがな」
やる気がなさそうに手をひらひらとふりながら、こちらに一瞥をくれることもなくダンテは先へと進んだ。
「どうします? このまま、入り口まで戻って待ちますか?」
「時間を無駄にするのもあまりよくないと思うわ。せめて、アンデッドたちの様子でも見て処理したほうがいいんじゃない?」
たしかに、アンデッドたちは前回全滅させた。
しかし、このダンジョンがある限り、また新たなアンデッドが発生する可能性はある。
今なら、せいぜい数体のアンデッドがいるかどうかだろうが、倒しておくのもいいかもしれないな。
◇
ようやく、うっとうしい連中から解放された。
それにしても、面倒なことを引き受けちまったもんだ。
なにが危険なダンジョンの入り口を崩壊させろだ。
なんてことはない。ただ魔力に満ちただけの洞窟じゃねえか。
「ババアどもの臆病さにも嫌気がさすな」
ソウルイーターだのアンデッドだの言っていたが、そんなものどこにもいやしねえ。
適当に歩いてみたはいいが、肝心の敵が全く見当たらない。
もう帰るか。本当にあのババアどもの命令だけこなして帰ってしまうか。
なんだか、面倒になってきてそんな考えすら頭によぎる。
もしもこれがあのババアどもの計算通りだというのなら、それはそれでムカつくな……。
「……なんかいやがるな」
だが、どうやらようやく面白くなりそうだ。
長く細い道の先。まだ視界ではとらえることができない場所に、不自然な魔力を感じる。
これは、ダンジョンの魔力ではなく、生物……いや、無機物? だが、誰かの魔力だな。
ということは、ゴーレムみたいなやつがこの先にいる可能性が高い。
「まったく、ようやくかよ」
その声が聞こえたのかはわからないが、向こうもこちらの接近に気がついたらしい。
いいさ。逃げるつもりはない。遊んでやるよ。
敵は完全にこちらを補足した。
魔力の反応がものすごい勢いでこちらに迫ってきている。
だが、敵を補足しているのはこちらも同じだ。
慌てることなく魔力を腕に集中させる。
……早く来い。遅えな。もういいか。
強化はとっくに終わり、魔力も時間も余ったのでそれを利用して遠距離攻撃の魔法も構築してやった。
これで沈んじまうかもしれねえな。俺の遠距離魔法、翠光の弓のやつらより威力も高えからな。
「おら、さっさとこいノロマ!」
魔法は命中した。破壊を伴う轟音が耳に心地よい。
だが、まだまだ元気みたいでなによりだ。
攻撃を食らっても、そいつはこちらへの突進を緩める気はないらしい。
「ラッシュガーディアンかよ」
ついに姿を現したその敵は、ゴーレムの中でも特につまらないやつだった。
ひたすら敵を押すだけというなんともつまらないモンスター。
攻撃さえしてこないため、なんの危険もないが、バリアがあるので固さだけはいっちょ前のやつだ。
「じゃあもういいわ。じゃあな」
腕にまとった魔力で限界まで強化した一撃を放つ。
拳は巨大な的をしっかりととらえ、面白みのないでくの坊はそのまま動かなくなった。
「ああ、つまんねえ。まさか、こんなのが脅威とか言ってたんじゃねえだろうな。もっとまともな強さをもった敵はいないもんか」
面倒だが、障害も消えたのでもう少し先に進んでみるか。
だんだんとやる気もなくなってきたので、一番の強敵は俺のやる気を削ぐこのつまらない場所自身かもしれねえな。
「そうか。ならば、本物の強さというものを見せてやろう」
その声は、静かに、それでいてたしかに耳に届いた。
やる気のなさ、けだるさ、緩み切った心が一気に引き締まる。
そうか。やっぱりいたのか。魔王軍の強敵が。
「……面白え。見せてくれよ。俺が満足するような力をな」
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