第149話 販売中止の魔王汁
「すっごい人気」
「いいことだ。レイが作ったわけのわからん温泉は、どうやら体調を整えてくれるらしいからな」
医者であるテラペイアがそういうのであれば、温泉らしくちゃんと効能もあるんだろう。
ダークエルフとか、徹夜で作業していたときよりも元気そうだし。
もっとも、より元気になったことで徹夜日数を増やせるとか言い出しそうだったので、事前にテラペイアが釘を刺していたが。
「わけのわからんって……一応、マグマと凍結でうまいこと温度が調整できただけだから、他よりはわけはわかるぞ」
「そもそも、自在にそれらを作成できることがわけがわからんが、まあ今更か」
それはたしかに俺もわからないが、あの女神のやつの力だし考えてもしかたない。
「でも、意外だ。みんなそんなに風呂好きなのか?」
「ただの風呂なら種族による。が、君の作った温泉はおかしいからな」
「おかしい……」
さっきから、おかしいだのわけのわからんだのひどい言われようだ。
「先ほども言ったとおり、効能が普通ではない。疲れを癒やし、魔力を増加し、肉体も強くする。一時的とはいえ、十分に効果を期待できる」
「俺も入ったほうが作業がはかどるかなあ」
「はかどるだろうね。それを目当てにしている者だって少なくない。その結果、湯を楽しむ者も、仕事で無茶する者も、こぞってあの温泉に入っている」
なかなかいい施設を作れたというわけだ。
となると、やはり別のお湯も作れないものかと気になってしまう。
わざわざ名前がついたくらいだし、きっと派生の温泉はあるだろう。
◇
テラペイアと別れ、温泉の様子を見に来たのだが順番待ちになっている。
これは、すぐにでも数を増やすべきだな。派生の温泉とかは今は後回しでいいか。
さっそくメニューを選択しようとすると、なんか……負のオーラをまとった誰かが歩いてきている?
周囲の空気そのものがどんよりしているかのようだ。
そんな暗い中にいるのはエピクレシだが、心なしかボロボロになっている気がする。
戦闘に負けたとかではなく、これは徹夜で疲れ切ったような姿だな。
「…………この騒ぎ、なんですか?」
「温泉を作ったら人気になった。エピクレシこそ、その姿どうしたんだ?」
「さすがはレイ様。息をするように次々と有益な成果をもたらしてくれる。……私のようななんの進展もなく、時間だけを無駄に浪費する役立たずの吸血鬼とは大違いです。アンデッドたちも、私ではなくレイ様の部下だったら嬉しかったでしょうね……。ああ、あれだけ時間をかけて、勇者や聖女の協力もあって、聖属性の耐性一つ与えることができない無能ですよ。私は……」
……だいたいわかった。
なるほど、研究が行き詰っているのか。
「ドラゴンゾンビもノーライフキングも、エピクレシのこと慕ってるじゃないか。俺は、エピクレシみたいにあんなアンデッドたちを作れないぞ」
「う~…………しかしですねえ……肝心の成果が」
「
相変わらず戦うことが得意ではないが、それでも勇者の力を引き出せるようになってきているらしいからな。
実は転生者組で一番強いのが風間になっているくらいだ。
「そのとおりです! エピクレシ先生のご指導のおかげで、最近は体力もついてきました!」
「私も、テラペイアさんに、それなりの回復魔法だと褒められましたよ。
俺たちの話を聞いていたのか、温泉から出てきた風間たちがエピクレシの功績を称賛する。
風間のはなんか違う気がするが、まあこの際置いておこう。
「おかげで、店番に石細工に鍛錬に、徹夜しながらでも疲れずに……」
「休め」
なんということだ。
いつの間にか風間までもが、ワーカーホリック組になっていた。
トップがあれなのに、なぜうちはこうも仕事中毒者が増えていくのか。
「あ……いえ、レイさん。温泉でなんか回復するので、わりといけます」
「それ、テラペイアの前でも同じこと言えるか?」
「う……その、テラペイアさんには内緒にしていただけると」
さすがの風間も、先輩たちがテラペイアに指導されている姿は知っているらしく、一気に弱気な発言になってしまう。
その先輩たちが、テラペイアの指導を受けても平然としすぎなんだよなあ……。
魔力を強制的に奪われているピルカヤも、犬たちを餌付けされて裏切られたマギレマさんも、関係ないとばかりに仕事ばかりだ。
しかし、それは魔王軍でも実力者である筋金入りの仕事好きたちだからこそであって、風間たちはテラペイアが怖いらしい。
だからすまない。内緒にはできないんだ。
「面白い。私に内緒でなにをするって?」
「…………なかったことにできませんか?」
「無理だな」
こうして風間はテラペイアに引きずられていった。
いくら成長した勇者といえど、ガタイのいいガルーダの前では誤差みたいなものなのだろう。
世良と原も大人しくついていったので、三人仲良くベッドで強制的に眠ることになるだろう。
「まあ、なんか途中で変なことになったけど、エピクレシはちゃんと役に立っているよ」
「そうだといいのですが……」
「休んでいないから気が滅入るんだよ。せっかくきたことだし、温泉でも入ってゆっくり休め」
「そう、ですね……それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
そう言って列の後ろに並ぶエピクレシだったが、俺たちのやり取りを聞いていたためか、皆順番をゆずってくれた。
人間に獣人にドワーフにダークエルフにモンスターと、これだけの種族がいるのに誰も文句を言わないとは、気のいい奴らだ。
「なんか悪かったな。追加で温泉を作るから、そっちも使ってくれ」
毎日こんなに並んで待つのも大変そうだしな。
場所は大広間を作って拡張して……あとは適当に温泉をいくつか作れば、なんか本当に温泉宿とか作れそうだな。
どの種族にも人気というのなら、来客を増やせるかもしれない。
……いや、どちらかというと効能が目当てっぽいから、それを知らない外部の者には喧伝しないと難しいか?
◇
温泉宿計画はいったん保留にしておいて、いくつかの湯を作ったことで、列もなんとかさばくことができた。
さて、魔力も切れたことだし、ピルカヤのところに行ってダンジョンの観察でも……。
「レイ様!」
立ち去ろうとすると、エピクレシの慌てる声が俺を呼び止めた。
そういえばまだ温泉にいたのか。案外長湯だったようだし、疲れもそれなりにとれただろう。
「どうだった? 少しは気分転換……に……」
「大変です!!」
ほぼ肌色。
なんだ? 服でも盗まれたのか?
かろうじてタオルは身に着けているだけ、まだよかった。
いや、よくないだろ。これ。
「落ち着こうエピクレシ。服をなくしてしまったのなら、誰かに借りてくるとか……そうだ。イピレティスの服を」
「僕は別にいいですけど、たぶんそういう感じじゃなさそうですよ」
二人が長い付き合いだからか。あるいはイピレティスの観察眼がすごいのか。
どうにも、俺が想像しているようなトラブルではないようだ。
「ちょっと、温泉まできてください!」
「え、そんな引っ張られると……俺の筋力じゃ抵抗できないんだよなあ……」
「まあまあ、面白そうだしいいじゃないですか~」
せっかく、頼りになる側近だと思っていたのに、あっさりと裏切られた。
◇
「このお湯です!」
「え、入れってこと……?」
「いえ! この湯には、聖属性の力が溶け込んでいます!」
……さっきまで、風間たちが入ってたよな。
つまり、風間の出汁?
「勇者と聖女の出汁ってこと?」
「やはり、レイ様もそう思いますか!」
当たってしまった。
そうじゃないと否定してほしかったんだが……。
「タケミよりもアラタのほうだと思います! 聖女としての力がこのお湯と魔力に溶け込み、変化をもたらしたのではないでしょうか!」
俺には聖属性が混ざってるかはわからないが、エピクレシがこれだけ興奮しているのならそうなんだろう。
それにしても、そんな変化が起きるほどの力が漏れても平気なんだろうか。
「このお湯に力を奪われて、あいつらが弱体化したりは?」
「大丈夫かと! あの三人は力の制御が不完全ですが、それゆえに余らせている力は外に出てしまい、すぐに霧散しているのです!」
「じゃあ、その無駄になっていた分の力が、このお湯に吸収されたってわけだ」
「そして極めつけは、私にも聖属性の耐性がついたことです!」
なるほど。聖属性が混ざって温泉の効能が変わったのか。
……あいつら、すごいな。
「あれ……ということは、もしかしてアンデッドたちをここに浸からせれば」
「効果時間はまだ測定していませんが、あの子たちにも聖属性の耐性がつけられそうです!」
「……一応聞くけど、浄化されて消滅とかしないよな」
「それも検証は必要ですが、おそらく問題はありません。アラタが敵意を持って力を流出させたわけではないので、いくら弱点といえどあの子たちを害するわけではありませんから」
敵じゃなければ、弱点属性を気にすることもなさそうってわけか。
模擬戦とかを考えると、敵意だけでなく攻撃の意志も関係しそうだけど、そちらも考えてなさそうだしな。
「強い力を持っているやつが、温泉に入ると性質が変化するということか。面白そうだな……」
俺みたいな雑魚じゃ無理だけど、そうとわかればいろいろと試してみたくなる。
フィオナ様の湯とか入ったら、もしかして俺も強くなれるか?
「ところで、レイ様との混浴は僕が先に狙っていたんですけど~」
そうだった。エピクレシよ、いい加減に服を着ろ。
「混浴……? あ、すみません。お見苦しいものをお見せしまして……」
「…………エピクレシ。これはどういうことでしょうか?」
あ、ちょうどいいところにフィオナ様が。
「こ、これは魔王様! これは違うのです!」
「やはり、あなたは私のレイのことを狙って」
せっかくだし、俺も検証してみたい。
「フィオナ様」
「なんですか、レイ。今大切な話をしようとしていたのですが」
「フィオナ様が浸かった温泉に入りたいです」
「な! なにを言っているんですか!? ま、まあ……レイがどうしてもというのであれば、そのくらいかまいませんがね!」
……しまった。
よくよく自分の発言を省みると、なんかすごく変態っぽい発言してるな。
「すみません。ちょっと焦ってしまい間違えました」
「なにをですか!? ま、まさか私ではなくエピクレシですか!?」
「え……なにが」
「それとも、マギレマですか! やはり、犬……犬化の魔法ってありましたっけ……」
どうにも話がすれ違っている気がするなあ……。
もはや俺の話をそっちのけなフィオナ様に、どうしたものかと頭を悩ませることになりそうだ。
「どうしようね。あのフィオナ様」
「いやあ……さすがに、レイ様が悪いと思います」
「あ、あの……騒動の発端である私が言うのもあれですが、私もそう思います」
「ええ……」
なぜか、俺が悪いということになった。
いや、まあそうなんだけどさ。検証してみたくて、魔王様にセクハラ発言した俺が悪いか。
そんな俺を許してくれただけでも、二人の反応は寛大といえるだろう。
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