第150話 人なつっこいグラボイズ

「さすがはロマーナね」


「ええ、アンデッドなんて汚らわしいもの。さっさと処理してくれて助かるわ」


「最高評議会の皆様のお役に立てたのであれば、なによりでございます」


 最近機嫌が悪かった俺の飼い主たちが、久方ぶりに機嫌をよさそうにしている。

 これまで俺に明かすことのなかったダンジョン調査の報告の場に、こうして俺を同席させてくれているのだから、よほど上機嫌なのだろう。

 そして、隠す必要もないほど、本格的に進展があったということでもある。


 さすがはロマーナだな。勇者がいないエルフたちにとって、彼女は勇者のごとく慕われているからな。

 たびたびコンテンツが追加されていた元のゲームでも、彼女が勇者になるシナリオはいずれ作られるだろうと噂されていただけのことはある。


「いっそのこと、ダンジョンをあなたたちに攻略してもらいたいところだけど……」


「こちらの大事な戦力だからね。くだらないことで失いたくもないのよね」


「では、ダンジョンの攻略を諦めるというのは……」


 ロマーナがそう口を挟むと、機嫌がよさそうだった飼い主たちが眉をひそめた。


「ロマーナ。それは、私たちがダークエルフ以下だと周囲に喧伝するようなものよ」


「ええ。それはできないの」


「ダークエルフたちの扱いを見ていたらわかるでしょ? あれは劣等種族よ。他の種族が、エルフはそんなダークエルフ以下だと思うようになったら……どうなると思う?」


「それは……」


 ロマーナの進言は正しい。

 正直なところ、今のダンジョン攻略による犠牲は増え続けている。

 ダンジョンに挑んだエルフたちは次々と死亡。あるいは行方不明となっている。

 いくら豊富な魔力の拠点が作れるかもしれないとはいえ、そのための被害は軽視できるものではないのだ。


 一方で、俺の飼い主たちの意見もまた正しい。

 ゲーム中で、そういう設定があると知ってはいた。

 しかし、それによる迫害の現場などが描写されることは、ほとんどない。

 だから、この世界でのダークエルフたちの扱いが、あまりにも悪いことは実際に目の当たりにするまでは知らなかった。


「かろうじて、他種族と交流はできるけれど、まともな扱いは受けられない。それがダークエルフたちなのよ?」


「ええ、食料だろうがアイテムだろうが、まともな価格で売買することもできず、可能な限り自分たちの領地でまかなわなければならない。そんな種族以下と知られたら、魔王討伐後に一番に狙われるでしょうね」


 なんとか外の者たちと交流しようと努力はしていたようだが、その結果は芳しくない。

 魔族がいるから、これでも扱いはましになっているらしいが、はっきり言ってまともではない。

 さすがは……女神が用意した迫害専用の種族だ……。


 なので、俺の飼い主たちの懸念もよくわかる。

 迫害専用の種族に劣るエルフたち。それは、他の種族にダークエルフ以下の扱いをうけるか、あるいは国ごと奪われるか。

 そうならないためにも、エルフたちは最低でもダークエルフ以上の探索の成果を見せなければならない。


「……差し出がましい真似をして、失礼いたしました」


「ええ、かまわないわ。直接ダンジョンに行ったのはあなたたちなんだから」


「それで、当初の予定通りに拠点を作るのは難しいかしら? あなたの目から見てどう思う?」


「……今のところ、厄介なのは入り口のソウルイーターと、そこから進んだ先のアンデッドの群れでした」


 入り口に一つ。そこから進んだ場所に一つ。

 当然ながらそれ以外の場所も、似たような脅威があると考えたほうがいいだろうな。


「面倒な場所ね……いっそのこと、崩壊でもさせる?」


「結局、古い魔力だまりの洞窟だったんでしょ?」


「ええ、ジノ殿が言っていた魔王軍の残党は、今のところ見ておりません。もっとも、私たちが入ったのはほんの入り口付近程度なので、当然ながら奥に存在する可能性はありますが」


 四天王であるピルカヤは生きていた。

 だから、四天王とまではいかないが、魔王軍の強敵たちが生き延びている可能性もあると思う。

 俺は飼い主たちにそう伝えたのだが、一応飼い主たちもその危機感を共有してくれている。

 今回のダンジョンの話を聞いて、その可能性まで考えてくれたのだが、さすがにそう簡単に魔王軍の残党は見つからないようだ。


「最近発見された洞窟ということだし、これまでは入り口が埋まっていた可能性が高いわね」


「それを掘り起こしたか、たまたま入り口が開くように崩れたか。いずれにせよ、それまでに出入りできなかったのであれば、中にいるのは魔力で生きていたモンスターくらいだとは思うけどね」


「やっぱり、最悪の場合はまた入り口を埋めるのが正解みたいね」


 たしかに、長年ずっと出入りできないようになっていたのなら、そこで活動している魔族はいないだろう。

 話を聞く限り、大規模なダンジョンのようだし、歴史は相当長いはずだからな。

 そんなものが、これまでずっと発見されなかったということは考えにくい。


「あの愚か者を解放することも、考えておかないとね。ロマーナ、もう行っていいわよ」


 飼い主たちは、そのままダンジョンの今後について話を続けることにしたらしい。

 この後の話には不要と判断されたらしく、ロマーナに退室がうながされる。


「はい。ですが、その前のソウルイーターについての報告を」


「あら? ソウルイーターが一匹いるだけでしょ? なにか問題でもあるの?」


 ソウルイーター。

 実はゲームの序盤にも出てくる敵キャラだ。

 見るからに強そうなその見た目どおり、序盤に挑んで返り討ちにされた者は少なくない。

 一応、プレイヤースキルがあれば、攻撃のほとんどを回避して、地道に反撃し続けることでなんとか倒せる。

 そして、後半になると普通に雑魚敵というか、そこそこ強い雑魚敵として配置される。

 いわゆる、強モブみたいなモンスターであり、脅威というほどの存在ではない。


「あのソウルイーターは、おそらく特殊個体です」


「……それは、報告にはなかったわね」


「ええ、見た目は普通のソウルイーターとなんら変わりなく、強さも大きな違いはなかったと思います」


「なら、やりすごせるはずでしょ? 適当な死体でも食べさせておけば、それに夢中で無視することもできるし、なんなら倒すことだって難しくないと思うのだけど」


 ソウルイーターの恐ろしさは異常なまでの食欲であり、餌と認識されたが最後、そいつを捕食するまでは他のことに一切目をくれない。

 そのため、標的となったら死を覚悟することになるが、この標的というのが生き物であればわりとなんでもいい。

 適当な餌を用意しておくだけで、簡単に対処できるし、ゲーム中も無防備なソウルイーターをひたすら攻撃することができた。

 もっとも、序盤に出てくる個体だけは、近くに都合のいい生き物がいないせいで、小細工なしの戦いを強いられていたが。


「まず、死体を無視してカスパーに襲いかかりました。やつは、どうやら侵入者に優先的に襲いかかるようです」


「なにそれ……。魔王が改良したモンスターってこと?」


「その可能性はあります。そして、それがかつてのダンジョンの番人だった可能性も」


「なるほどねえ……。よく見ているわ。やっぱりあなたに任せたのは正解だったわね。ロマーナ」


「恐れ入ります」


 これで納得した。

 やけに多かった探索隊の被害。それはすべて魔王が改造した特殊なモンスターが原因ということだ。

 これまでの被害でその情報を共有できれば、その後の被害者の数も減っていたのかもしれない。

 しかし、これまでの調査はロマーナのような精鋭ではなく、そこそこ腕の立つ程度のエルフたちの部隊だ。

 ソウルイーターの異常を観察する余裕なんてなかったんだろうな。


「ソウルイーターの討伐。まずはそれが必要かと」


「そうねえ……。このままじゃ無駄に被害ばかり、そのうっとうしい怪物を倒さないとね」


「入り口に醜い怪物がいるなんて、魔王も本当に趣味が悪いわ」


    ◇


「おなかすいた~」


「よしよし、マギレマさんに頼んでたくさん用意してもらったぞ」


「その子、レイによくなついていますね」


「ええ、普段はマギレマさんにご飯をねだりにいきますけど、たまにこうして俺にねだるんです」


「よくその子が言いたいことがわかりますね……いえ、そうやって体に巻き付いてるときがご飯の時間というわけですか」


「そうみたいです。実際にご飯をあげたら喜ぶので、たぶん間違っていないと思いますよ。ほら、食べていいぞ」


「やった~。ありがと~ご主人様」


「相変わらず、ソウルイーターに襲われているような光景ですけどね……」


「まあ、最初は驚きましたけど、かわいいですよ? こうしてなついてくれると」

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