第148話 湯けむりからひも解くメイド・イン・ジャパン

「休める施設をレイくんが作ればいいと思いま~す」


「そんな思い付きで施設が作れたら苦労しないんだよ」


「どうだろうな? 俺もそう思うけど、レイくん得意だろ。そういうの」


「……やるだけやってみるか」


「可能性が少しでもある時点で、普通じゃないんだよなあ……」


 そこで引くなよ。お前がそそのかしてきたんじゃないか!

 まあ、できたら儲けものくらいの感じでやってみるさ。

 前もリグマの提案で熱量変換室なんてものが作れたことだし、やってみる価値はある。


「ちなみに、なんか希望はあるのか?」


「え、そんなことまでできそうなの?」


「いや、ダンジョンマスターさんの機嫌次第だからなんとも……ただ、がむしゃらにやるよりはいいかなって」


「あ~……なんか大変なんだなあ」


 大変ではない。

 だけど、なんとなくイメージはしたほうがいいかと思っただけだ。


「飯も酒もある。休める場所もある。そうか、宿か……」


「あれ、もしかして宿館大きくしたいのか?」


 相変わらず仕事熱心なやつだな。

 結局仕事に行きついてるじゃないか。


「宿に温泉とかつけてみないか?」


「またずいぶんと……すごい提案をされてしまった」


「さすがに無理かあ……いくらレイくんでもなあ」


「まあ、試すだけならただ……ではないけど、価値はあるかもしれない」


 温泉。つまり、リグマはただの宿から温泉宿にランクアップさせたいのか。

 仕事としてなのか、自身の休息をよりよいものにしたいからなのか、半々ってところだな。

 

 さて、なにを作って熟練度を上げていくかな……。

 そもそも、熟練度で解禁されるのかもよくわかっていないが、とりあえずやるだけやってみよう。


    ◇


「おや、レイにリグマ。なにをしているんですか?」


「レイくんに温泉を作ってくれと頼んでいました」


「温泉……」


    ◇


「魔王様~。レイく~ん。おっちゃ~ん。ご飯食べないとだめだよ~。なにしてんの~?」


「おう、マギレマ。レイくんは今温泉作りに集中しているから、たぶん聞こえないぞ」


「えっ、レイくん温泉作れるの!? まじで!?」


    ◇


「あれ、珍しい。魔王軍の重要人物たちが、集まってなにかあったんですかね?」


「ロペスくん。なんか、レイくんが温泉作るんだって~」


「……ボスすげえ」


    ◇


「なんだい? この人だかり」


「おう、女王様。ボスが温泉を作ってるらしいぞ」


「……いや、まあ、うん。そうか。あの方は本当に常識で測れないねえ……」


    ◇


 ……どうしよう。なんか、すごい騒ぎになってきている。

 おい、風間かざまたち。勝手に混浴がどうとか、カールと酒飲みながら楽しむとか、夢を広げるな。

 だめだったときに、俺が悪いみたいじゃないか。


 魔族に転生者に現地の従業員たちだけにとどまらず、なんか休んでいたはずのゴブリンやガーゴイルたちまで集まってきている。

 みんなそんなに癒しが欲しいというのか。


 頼む……。

 ダンジョンマスタースキルさん。うまいこと温泉っぽいなにかを作ってくれ……!


 大きな湖:消費魔力 15


 とりあえず、このあたりの施設を作ってリセットを繰り返して……。

 なんか、うまい具合にあったかい湖にでもなったりしない? 無理?


「すごい集中力です」


 違うぞプリミラ……。全部聞こえているんだ。

 後ろに集まり続ける期待から、目も耳も背けているだけなんだ。


「なるほど……あの湖を温泉にするんですね」


 違うぞ奥居おくい……。これは無策に魔力を消費しているというか、もはやお祈りに近い何かだ。

 ああ、なんかフィオナ様がガシャを引いてるときみたいだなあ……。

 くそっ……見てなくても期待されてるのがわかる。

 おのれ日本人……。いや、この世界の住人たちも、わりと期待してるっぽいな。


 なんか出ろ~……なんか出てくれ~……。

 消しては作っててを繰り返す。回復薬もひたすら飲み続けている。

 いよいよ、ダンジョン魔力に手をつけるときか、しかし一度それをやってしまうと、今後も簡単に浪費してしまいそうで怖い。


「ん?」


 しつこく湖を作成する俺に根負けしたのか、ダンジョンマスターさんが新しい何かをメニューに追加してくれた。

 今、温泉って見えたよな! よしっ、さっそく湖を消した場所に作成しよう!


 先ほどと違う。

 湖からのひんやりした空気ではなく、熱気と湯気がこちらにも伝わってきた。

 ……ぐつぐつと煮えたぎるような、真っ赤な色が実に熱そうだな~……。


 マグマ温泉:消費魔力 20


「これじゃない!」


 思わず叫んでしまったし、思わず両手を床についてしまった。

 ひどいじゃないか、ダンジョンマスターさん。

 一瞬見えた温泉の文字に、期待だけしてしまったことがまた悲しい。


「レイ。その気持ちはわかります。落ち込まないでください」


 俺の気持ち、めちゃくちゃわかりそうな方から励まされてしまった。


「ほら、レイくん犬だよ~」


 ありがとうマギレマさん。

 犬が俺を慰めるように、顔を舐めてくれた。


 ……フィオナ様。なんか近づいてない?

 なに? 俺の顔舐めようとしてる? いや、まさかな……。

 なにかを考えて、フィオナ様は離れていった。

 なんだったんだ。いったい。


「ボク入れるよ~」


 うん。お前は入れるだろうなあ……。

 それにしても、これだけ近くにあるのに少し熱いだけですんでいるし、案外温度も低かったり……。


「中はマグマだね~……危険だとばれないように、周りの温度はそこまで上がらないのかな?」


 そうか……有益な情報ありがとうピルカヤ……。

 つまり、どうあがいても温泉じゃないな。これ。


「私も入れそうだな」


 ドラゴンすごいね……。

 いや、さすがにピルカヤとリピアネムしか入れない温泉っていうのはなあ……。

 というか、リピアネムの場合ドラゴンだからというか、本人の根性でマグマ風呂に入れそうなイメージがある。


 さて……そろそろ現実逃避はやめよう。

 このままでは、ここで期待していたほとんどの者をがっかりさせることになる。

 せめて、事の発端であるリグマくらいは入れる温泉を作らないと。


 待てよ……。

 前になんかちょうどよさそうな罠があったよな。


 凍結の床:消費魔力 20


 これならどうだ!


    ◇


「まじで作っちゃったよ……すげえな。レイくん」


「氷で相殺したわけか。それほどの冷気も扱えるとは、さすがはレイ殿だ」


「マグマのほうが勝ちそうなもんだけどね~。ちゃんとぬるくなってるみたい」


「ピルカヤ様にとってはそうかもしれませんが、熱に強くない種族にとってはきちんとした温泉ですね」


 よし……俺はやり遂げたぞ。

 それに、一度できてしまえばあとは楽なもんだ。

 魔力を40消費するだけで、どこにでも温泉を作ることだって可能だろう。


 というか、一度作成したのであれば、ダンジョンマスターさんが最適化してくれそうだよな。

 ためしにメニューを見てみると、やはりもう一つの項目が追加されているようだ。


 氷炎の湯:消費魔力 30


 やっぱりな。

 ダンジョンマスターさんは頼りになるんだ。

 それにしても、なんかそれっぽい名前の湯になったな。

 ピルカヤがすでに温度を確かめてくれているので安全だろうが、一見すると氷と炎の罠に見えなくもない。


「……あれ、これって」


「どうした。ピルカヤ。もしかして、精霊でもないと入れない温度か?」


「いや、なんかほんの少しだけど魔力が回復している気がする」


 ほう……。

 つまり、回復用の施設みたいな感じか。

 なんだ。無茶を言ったかと思っていたが、案外これもゲームシステムの一つだったんじゃないか?


 そして、わざわざ名前がついているってことは、他の効果の温泉も作れそうだな。

 今はさすがに疲れたからやめておくが、別の湯も出せるように今後も試行錯誤してみるか。


    ◇


「魔力が……満ちていくかのようだねえ」


 湯につかるだけで疲れが取れる。

 魔力も回復していくし、なんなら強化されている気がする。

 さすがに、効力は一時的だろうが、これはすばらしいものだ。


「女王様……やはり、レイ様はとんでもない方なのでは?」


 それは十分に理解しているつもりだったけれど、どうやらそれでもまだ過小評価だったらしい。

 それにしても、あの方はいったいどこに向かわれているのだろうか……。

 魔王様が敵を蹴散らして、あの方はその先の魔族の平穏の未来でも見据えているかのようだ。


「すさまじい方たちが手を組んでいるものだよ……」

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