第147話 肌色ばかりがダークじゃない
「ダークエルフたちも増えてきたな」
「野生動物のような言われようだな」
隣を歩いていたテラペイアにすかさず指摘される。
たしかに……今の言い方をクララあたりに聞かれたら、侮辱と思われて離反されていたかもしれない。
気をつけないとな。彼女たちも今や立派な戦力なのだから。
「それで、俺に頼みごとってなに? 珍しいな。テラペイアからの要求って」
定期的な診察で話すことはあっても、医者と患者の立場という関係だからな。
魔王軍としての会話って、案外そんなにしていなかった気がする。
「最低限の衣食住は必要だと思わないか?」
「? まあ、当然必要だろうな」
もしかして、俺に作ってほしいってことか?
しかし、食はマギレマさんに頼めばいいし、住なら俺がなんとかできるけど、衣はちょっと難しいぞ。
「わかっているのならなによりだ。では、先ほど言っていた増えてきたダークエルフたちのために、速やかに住居を用意してやってくれ」
「ダークエルフたちに?」
「住居どころか寝床もなければ、健康を保つことは難しいだろう。それとも、使い捨てるか? ならば、私の仕事が増えそうだな」
「……こっちで働くダークエルフたちって、そんなに増えてたっけ?」
「そろそろ三桁になるな」
知らなかった……。
ダークエルフたちは、様々な職場で働いていることもあり、全体の数がわかりにくいんだよなあ……。
そういえば、マギレマさんのレストランとか、リグマの宿の働き手が少しずつ増えていたような気がする。
「やつら、迫害されていただけあって劣悪な環境には慣れているぞ。交代制で寝床を複数人で使うなど、なんとも思っていない」
「すぐに宿を増やして、リグマとカーマルにそっちの整備に回せる人員を確保してもらう」
「それがいいだろう。だいたい四天王が、ピルカヤとリグマが悪い。いや、マギレマもだな。あいつらが働き詰めなせいで、ダークエルフたちもそれにならってしまっているんだ」
うちの職場って仕事中毒多いからなあ……。
なるほど。そんな上司たちのもとで働いているせいで、ダークエルフたちもブラックな労働環境になってしまっていると。
しかも、彼女たちは元から過酷な環境にあったので、それになんの疑問も抱いていないと。
「使い潰す気がないのであれば、改善を要求する」
「わかったよ。知らせてくれてありがとう」
◇
「言ってよ!」
「ひっ! す、すみません! なにか気に障るようなことをしましたか?」
クララを見つけたので、思わずうったえかけてしまったが、それはそれでクララを驚かせてしまったようだ。
「ダークエルフたち、村からこっちに移った人数増えたんだって?」
「え、ええ……も、問題だったでしょうか?」
「問題はその後かな。住む場所、あんな一番小さい宿じゃ足りないだろ」
「それならば問題はありません。たしかに、部屋の数の三倍ほどのダークエルフがこちらに住み込んでいますが、三人一組で部屋を使っていますので」
もしかして、三人で同じベッドで寝ているとかか?
いや……テラペイアが気になることを言っていた。
交代制で寝床を使っているって話だったよな……。
「三人で同じ部屋で寝ているってことか?」
「いえ、ちゃんと寝具は一人で使用していますが」
「あれ、でも部屋の数足りないんだよな?」
「二日働いて、一日休んでいるので大丈夫です」
「大丈夫じゃないなあ!」
さすがにテラペイアも、そこまでの働き方をしているとは知らなかったのだろう。
せいぜい、一日のうちに数時間ずつ眠っているとか、俺もその程度に考えていた。
だが、こんな働き方をしているとテラペイアが聞いたら、全員強制的に休むことになるぞ。
なんなら、シャドウスネークあたりの貸し出しを要求されそうだ。
「休め」
「わかりました……では、床で休むことに」
「ちゃんと人数分の部屋を作るから!」
なんだ、この社畜体質の種族は……。
元の世界にいたら、絶対に会社で寝泊まりする種族だ。
「ピルカヤ~! 話聞いてたか~!? リグマ呼んでくれ~!」
「聞いてたけど……なんか変なこと言ってた? しっかり働いて、しっかり休めてるじゃん」
「お前まさか……同じようなことしてないよな?」
「…………」
「最後に寝たのは?」
「……え~と。五……いや! 三……あれ?」
「寝ろ」
だめだこいつ。
テラペイアのところに後で連れて行こう。
思い出せない時点でアウトだよ。というか、ちょくちょく出てきている数字も擁護できない。
「ボクがいないと、魔王軍大変じゃんか~!」
「お前を使い潰さないといけない魔王軍なんて、いずれ滅びるから! というか、そうさせないために、フィオナ様も蘇生薬で人手増やしてるから!」
「それ、ボクの手柄にならないじゃん!」
これ以上出世しなくていいだろ……。
もしかして、魔王の座でも狙ってる?
いや、ピルカヤに限ってそれはあり得ないって知ってるけど。
「テラペイアのところに行ってきなさい」
「ちぇ~……」
そう言いつつも分体は残していった。
あれに関しては、疲労は共有しないってことでいいんだよな?
リグマとカーマルとアナンタはそうみたいだけど、ピルカヤの場合もそれでいいかわからない。
後でテラペイアに聞いておこう。
それはそうと、今はこっちの社畜たちのために宿を作らないとな。
「
◇
「こ、こんな大きな住居を用意していただいて、よかったのでしょうか……」
「いいんだよ。従業員なんだから」
「あ、ありがとうございます」
仲間とともにレイ様に頭を下げると、レイ様は呆れたような困ったような顔をされていた。
「そもそも、村に住んでたころは、ちゃんと各自に家とか部屋あったんじゃないのか?」
「それは、ええ……さすがに、虐げられている種族とはいえ、そのくらいはありましたが」
「なら、最近のダンジョンでの生活が異常だったと気づいてくれ」
「ですが、私たちはまだ新参者ですので、このような恵まれた環境を用意していただけるとは……」
「うち、そんなひどい職場じゃないから、最低限以上の暮らしを心がけような」
「は、はい!」
いいのだろうか。
まだまだ魔王軍に従属して日が浅いというのに、そんな待遇で働かせてもらえて。
そもそも、四天王であるピルカヤ様やリグマ様も、働きづめの気がするのだが……。
もしかして、忠誠心を確認されている?
ここで言葉通りに仕事量を減らすようなら、魔王軍から見限られるとか……。
それはないな。私たちだって、魔王軍に所属する様々な方と話はしている。
魔族。転生者。人間。獣人。ドワーフ。ハーフリング。
魔族以外であっても、過度な労働は避けるように配慮されているようだ。
であれば、レイ様は本心から私たちダークエルフの心配をしてくださっているということ。
これは……ますます働いて、労働で恩義に報いないといけないだろうねえ!
「ちゃんと休まないと、テラペイアに頼んでベッドに縛りつけてもらうことになる……」
「……わかりました」
残念だ。
もしかして、私がより一層労働に励もうとしたことを見透かされた?
さすがは、レイ様というわけか……。
「ピルカヤとマギレマさんは見習ったらいけない例だから、せめてちゃんと休みもとっているリグマを見習ってくれ」
「はい。それでは、リグマ様のお手伝いに」
「休め」
「はい……」
う~む……。なかなかうまくいかないねえ。
私たちだって、別に仕事が大好きなんて種族ではないが、外敵を神経をとがらせる必要も減り、こんな余裕のある生活に慣れていないのだ。
正直なところ、自由な時間でなにをすればいいんだろうね。
仕方がない。迷惑にならない程度に、先人の方々に尋ねてみるとしようか。
◇
「土いじりがいいです」
「なるほど……」
「心が洗われるかのようですよ」
「ええ、わかります。私たちも元は森の住人ですので」
◇
「外の観察とか楽しいんじゃない?」
「参考になります……」
「ピルカヤ。本体の貴様はここで休まないとレイに言いつける」
「なんだよ~!」
◇
「料理。鍛錬。それか手合わせというのはどうだろうか?」
「て、手合わせは……」
「ネムちゃんがやったら死んじゃうからだめでしょ~」
「む、私だって最近は手加減を覚えたんだぞ」
「覚えたてだとまだ安心できないからやめておこうね~」
「しかし、料理の手伝いであれば」
◇
「酒飲んで飯食ってだらだらしようぜ」
「そ、それはさすがに……」
「娯楽室ってのもあるから、そこで遊び方でも覚えてみたほうがいいぞ。お前さんたちは」
◇
さて、ダークエルフたちは休めているだろうか。
不安なのは、誰一人として外出の許可を嘆願しなかったことだ。
もしかして、全員インドア派なのか?
「まあ、休めているのならそれはそれで……」
「プリミラ様。土の調整完了しました」
「ピルカヤ様。村の監視からの定時報告です」
「リピアネム様。下ごしらえが終わりました」
「リグマ様。宿館の各部屋の掃除完了しました」
「おじさん。休めって言ったよね!?」
……働いてないか?
リグマの言葉を聞く限り、こいつら休むはずなのに働いているよな。
「クララ……」
「レイ様。ご入用ですか? なんなりとお申し付けください」
「いや、俺ダークエルフたちを休ませるように言わなかったっけ……」
「…………あっ!」
あってなんだ。まさか本当に忘れてたのか。
もしかして、普段は真面目だけど、たまに抜けてるのか。クララって。
「も、申し訳ありません……つい」
「いいよ忘れてたのなら。ただ……俺は言ったから」
「え、ええ。今度こそしっかりと」
俺は言ったぞ。
だから、残念ながら今度はちょっと大変なことになる。
「なるほど。命令違反で労働を。ピルカヤと同じような種族ということか? いいだろう。ならば、貴様ら全員無理やり眠らせてでも休ませてやる」
「あ、あの……テラペイア様」
テラペイアの有言実行により、ダークエルフたちは宿館で全員休むこととなった。
これで次からは、適度な休息をとってくれることになるだろうと思いたい。
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