超難関ゲーム世界に転生したら、ポンコツ最強魔王様のたったひとりの部下としてダンジョンをつくることになった

第145話 獲物を狙う肉食うさぎ

「聖属性。おのれ聖属性。滅んでしまえ聖属性」

　わりと重症なエピクレシが、ぶつぶつと怖いことを言いながら歩いていく。

　別に俺たちは聖属性の対極だからいいのだが、うつむいて歩いているエピクレシは気がついていないのだ。

　自身が呪うように嫌っている聖属性。それを秘めた者たちがこちらに向かっていることなど。

「……っと、失礼しました」

「いえ、こちらこそ」

　さすがにぶつかる前に気がつき、顔をあげながらエピクレシが謝罪する。

　そして、向こうは向こうで避けそこなったことに対する謝罪をする。

　うん。エピクレシはともかく、風間（かざま）は相変わらず波風立てないように立ち回るやつだな。

　当然、そんな二人がこれで争うはずもなく、ただ通り過ぎるだけのはずなのだが……。

「待ちなさい」

　風間よ。運が悪かったとあきらめてくれ。

「な、なんでしょうか？」

「カザマさんと、セラさんでしたね？」

「は、はい！」

　風間だけでなく世良（せら）まで名指しで呼ばれ、二人は困惑しながらもエピクレシに向き直る。

　一人名前を呼ばれなかった原（はら）は、心配そうにそんな二人の様子をうかがっていた。

「あ、あの、ぶつかりそうになったことなら、すみませんでした」

「そんなことはどうでもいいのです。あなたたち……人体実験とか興味ありません？」

「ありません！」

　だろうよ。

　なんつう誘い方しているんだ。エピクレシよ。

　それでありますと言うやつが、世界にどれほどいるというのか。

「あ、いえ、違います。あなたたちを改造するとか、そういうのじゃありませんよ？」

「でも、人体実験って……」

　嫌な想像しかできないよな。

　事情を知っている俺は、なんとなく何がしたいか想像できたかが、何も知らない風間たちはさぞ怖いだろう。

「風間と世良から、聖属性の反応でも感じたか？」

　なので、ちょっと話しかけてみることにした。

「そう！　そうなんです！　この二人から、あのにっくき聖属性を感じまして」

「あ、あの……なんかすみません」

　だから、それだと二人がおびえるだけだぞ……。

「二人とも、いや、三人とも悪いな。エピクレシは今情緒がバグってるんだ」

「はあ……それは、大変ですね？」

「その理由が、聖属性の侵入者に自分の軍勢がやられたからで、その対策を練らなきゃならない」

　事情を説明するにつれて、風間と世良の表情は緊張から安堵へと変わっていく。

　やはり、自分たちが聖属性で難癖つけられて、そのまま改造人間にされるとでも思ったのだろう。

「ですから、強い聖属性を秘めているお二人を、ちょっと研究したいなあなんて思いまして」

「そういうことですか。そういえば、私って聖女の力あるんだっけ……」

「僕は、一応は勇者だね」

「なるほどなるほど……それならば、あの忌々しい聖属性軍団よりも素質は高いと」

　二人が勇者と聖女だと知り、エピクレシはますます興味を持つ。

　あまり食い入るように観察しないでやってくれ。風間も世良もちょっと引いているぞ。

「あなた、聖女なんですよね？」

「え、ええ……はい。聖女らしいです。回復魔法みたいなの使えました」

「ちょっと使ってみてください」

「えっと……私、使いこなせていないから、怪我とかしてる人相手じゃないとぉっ！？」

　エピクレシの頼みは無理だと答えている最中に、エピクレシが手のひらを豪快に長い爪で切り裂いた。

　世良も思わず驚いて変な声を出しているが、エピクレシはそんなこと気にも留めずに改めて世良に頼んでいる。

「さあどうぞ！　治してください！」

「な、治しますから、自傷行為はやめてください……」

「ふむふむ……なるほど。たしかに聖属性。忌まわしい聖属性の力ですね」

　世良。あきらめてくれ。

　今のエピクレシは、世良の力の研究以外に興味がなくなっている。

　きっと、聖属性の力を解析して、アンデッドたちを強化しようとしているのだろう。

「なんか悪いな。エピクレシが」

「あ、あはは……魔族の人って、豪快ですね」

「原、あれを一般的な魔族と思わないでくれ……」

　あれは例外だ。研究のために、自分の体を傷つけることもいとわないなんて、エピクレシは少数派だろう。

　それとも、他の研究職の魔族もみんなあんな感じなのだろうか。

　……だとしたら、嫌だなあ。

「使いこなせない？　ふむ……そもそも使い方がわかっていないように見えますが？」

「うっ……たしかに、急に聖女の力なんて言われても、そもそもなにができるかもわかっていなくて」

「そういえば、僕も勇者の力といわれても、ぜんぜん実感ないなあ」

「私なんて賢者よ。賢くなった自覚とかまったくないんだけど」

　普通はそうだよな。

　俺だって、便利なメニュー画面がなかったら、自分の力を使いこなせる自信なんてなかったし。

　ある程度は見ただけで効果がわかり、指先一つで使用できるダンジョンマスターって便利な力だったんだな。

「聖女は、主に治癒と結界と聖属性による攻撃魔法ですね。勇者は……まあ、あの無限蘇生のインチキはやつらだけでしょうから、単純な能力の高さと育ちやすさと、これまた聖属性をまとった強化や攻撃、そして何よりも運命力の高さです。賢者は頭の良さというよりは、扱える魔法の種類が単純に多く、他の者よりも上手に制御できるといったところですね」

　早口。

　エピクレシのエピクレシらしさが顔を見せてしまったが、風間たちは三人とも真剣に聞いていた。

　……こういうのって、風間たちが所属していた国で教えてもらっていなかったのか？

「エピクレシさんって、聖属性というものが得意だったりしますか？」

「まさか！　大嫌いですよ。聖属性。滅べ」

「す、すみません……」

「ああ、あなたたちは味方なので例外です。敵の聖属性はことごとく滅んでしまえばいいです」

　いまだに聖属性を恨んでいるらしく、風間の質問に嫌そうな顔をして答える。

　すぐに風間が謝罪するが、さすがに目の前の者たちへ向けたセリフではなかったようだ。

「……それなら、僕たちがエピクレシさんの研究に協力したら、この力を制御できるようになるでしょうか？」

「やってみないことにはわかりません。ですが、少なくとも私のアンデッドたちの強化にはつながりますし、協力していただけるのなら助かりますね」

　意外だな。風間たちって、戦うのが好きじゃないらしいから、いまさらそんな力に興味がないと思っていたんだが。

　なにか心境の変化でもあったんだろうか。

「レイさん」

「ん、なに？」

「僕たち、女神様の力をもう少し使えるようになってみようと思います。ですが、魔王様に反逆するとかそういう意思ではありません。許可していただけますか？」

「まあ、別にいいんじゃないか？」

　そのへんは、ほかならぬエピクレシがちゃんと手綱を握るだろうし、最悪ピルカヤが見張ってるから。

「でも、戦うの嫌いじゃなかったっけ？」

「嫌いですよ。そもそも、急に知らない場所に連れてこられて、お前は勇者だ聖女だ賢者だ。さあ戦えって言われても……嫌とか以前に何をすればいいのかもわかっていなかったんです」

　さすがに丸投げすぎるだろ。

　あの女神、俺のことはハズレとか言っていたからろくな説明をしなかったのかと思っていたが、他の転生者もそんな感じなのか？

　そして、転生先は転生先で無茶言うな。力を使いこなすもなにも、なにも知らないのにどうしろというのか……。

「それは、大変だったな……」

「そうなんです！　ですが、エピクレシさんに指導していただけるなら、自分の力くらい最低限は把握しておきたいと思いまして」

「それなら、俺は断る理由もないし、魔王様も許可してくれるはずだ。念のため後で確認しておくが、問題ないと思う」

「ありがとうございます！　これで、新（あらた）と友香（ともか）を守れるかもしれません」

　なるほど、それが原動力か。

　それにしてもうらやましい。俺なんて戦う力は皆無だからな。

　その気になれば、今の風間ですら俺のことを殺せそうだし。

　まあ、後ろで暇そうにしているイピレティスが、それを許すことはないだろうが。

「ほらほら、いきますよ～。いちゃつくならあとにしてください」

　気づけば、いつもの自分たちの世界に入り込んでいた風間たちに、エピクレシが声をかける。

　そうして、四人はエピクレシの研究室へと向かっていった。

「あれ、裏切ったりしないですかね？」

「大丈夫じゃないか？　なんか、もといた場所の待遇がけっこう悪いみたいだし」

　それに比べたら、うちのほうがましだと思うので、裏切る危険性はわりと少ないだろう。

　いまだに俺と平気で会話できているということは、俺への敵意がないことは指輪が証明してくれているし。

「なんだ～……エピクレシに鍛えられて、強くなった新米勇者とか、倒しがいがありそうだったんですけどね～」

「思考が怖い」

「やだな～。裏切らなければ仲間ですよ。もしも裏切ったらって話です」

「そういう切り替えの早さが、フィオナ様に重宝されていたのかもな。もしも俺が裏切っても、すぐに襲いかかってきそうだし」

「レイ様は……まあ、今もたまに襲いたくなりますけど、我慢しておきますね？」

「なんでだよ……」

　育った風間たちなら、勇者パーティだしわからなくもない。

　それと比べて魔力だけの雑魚な俺は、どこが琴線にふれたというのだ……。

「まあ、魔王様に怒られたくありませんし～」

「そうしてくれ」

　あの魔族は仲間思いだからな。

　身内同士の争いとかしたら怒るか泣くかしそうだ。

「でも、遊びでよければいつでもお声がけくださいね～」

「イピレティスを満足させられるほどの実力はないって……」

「それはそれで！」

　どこに興奮してんだ。さてはわりとドSだな。お前。

　どこまで本気なんだかわからないが、なんだか目を輝かせるイピレティスを適当にあしらうのに苦労してしまった。