第144話 バベルの塔の中の一幕

「お疲れさん」


「ああ、お疲れ」


 先ほど交代したため、今日の俺たちの仕事は終了した。

 今朝も顔合わせはしたが、そのときと比べて数がわずかに減っている。

 死んだのだろう。戦いの果てに。


 だが、それに悲しむ者など一人もいない。

 というよりも、さっさとそいつを迎えにいくとするか。


「よう、今日は死んだみたいだな」


「ああ……まあ、たまにはな。ご主人様の望みを考えると、ちゃんと死んだほうがいいときもあるさ。お前は無事だったようだな」


「今日も死んだふりのほうで終わった。俺もそろそろ死んでおいたほうがいいか?」


「平気だろ。人間どもに俺たちゴブリンの区別なんかつかねえさ」


 死んだふりをした俺と再び顔を合わせても驚かないくらいだからな。

 こっちはちゃんと人間の区別も魔族の区別もついているが、人間というのも難儀なものだ。

 ご主人様は……俺たちの区別ついてるようだな。

 再び体を構築してもらっているときも、ちゃんと区別して話しかけてくれるし。


「まあ、とにかく仕事も終わったことだし、飯に行こうぜ」


「しかしなあ……」


「どうかしたか?」


 仲間の一人が顎に手をあてて考え込む。

 仕事の反省か? なら、俺たちも真剣に聞いておかないと。


「いや、俺たちはこうして半日程度で入れ替わって休んでいるのに、マギレマ様は一日中働いて大丈夫なのかと思って」


「たしかに……無理してないか心配だな」


「だけど、あの方は休みをもらったときも料理してたぞ」


「仕事熱心な方だな。さすがピルカヤ様と並ぶ仕事好きなだけある」


 俺たちはこうして休憩しているのに、あの方たちは休まないで平気なんだろうか。

 いや、あの方たちが特別なんだよな。

 前に俺たちも休まず働こうとしたら、強制的に休むようにと、ご主人様がラッシュガーディアンさんに頼んで部屋から追い出してきたし……。


「あれ、ゴブリンくんたちじゃない。今日はお仕事終わりみたいだね」


「マギレマ様。ステーキください」


「俺、ミノタウロスの串焼きがいいです」


「俺は~……ミートパイ」


 さすがに言葉は通じないので、口頭だけでなくメニューを指さして伝える。


「はいは~い。それじゃあすぐに作っちゃうから席で待っててね~」


 朝からずっと働いているのに、マギレマ様は嫌な顔一つしないで注文した料理を作り出してくれた。

 それにしても……リピアネム様の包丁さばきまたすごいことになってるな。

 そろそろ俺たち程度の目じゃ、刃が見えなくなりそうだ。


「リピアネム様といえば、最近エルフのダンジョンに行こうとしたみたいだな」


「エルフの? なんでまた」


「ほら、エピクレシ様のアンデッドたちを倒した部隊がきただろ?」


「あ~。強いらしいな。俺たちが戦ってる人間なんかとは全然違うって」


 どうやら、上位モンスターなみの強さのエルフの集団が襲撃したらしい。

 俺たちが盾になれば、アンデッドたちも善戦できただろうか?

 いや、いっしょに広範囲の魔法で消し飛ばされるのが関の山か。


「上位モンスターくらいの強さとなると、俺たちじゃ太刀打ちできないだろうなあ」


「エルフたちもなかなかやるもんだ」


「ぜんっぜん大したことないけどね! あんなやつら!」


 俺たちの会話を聞いていたらしく、急にかわいらしい声が割り込んできた。

 ついでに席に近づいてくるその巨体は、小柄な俺たちが全員集まったよりもなお大きい。


「ソウルイーターじゃん。ご機嫌斜めだな」


「なんか、私のおしりばっかり攻撃してきたからエルフ嫌い!」


「しりを? なんで? 弱点なのか?」


「ぜんぜん効かないけどね! 私賢いから!」


 賢さは関係ないと思う。

 だけど、こうしてぴんぴんしている以上は、本当に効いていないのだろう。

 さすがは上位モンスターだ。耐久力が俺たちなんかよりはるかに高い。


「なら、侵入者は倒せたのか?」


「あいつすぐ逃げるから嫌い!」


「そうか、大変だったな」


 どうやら、この子がご機嫌斜めになっているのは、特定のエルフが原因らしい。

 きっと、うまい具合に逃げながら対処されてしまったんだろう。

 ソウルイーターは破壊力はすごいが、若干小回りがききにくいからな。

 一度避けられてしまうと、次の攻撃までに大きな隙が生じてしまう。


「いっそのこと、ディキティス先生に戦い方習ったらどうだ?」


「こわいから嫌だ~」


 怖くないんだけどな。

 あの方は、ひたすらに真面目なだけだが、この子には怖い大人に見えるのかもしれない。


「お待たせ~。あれ、モンスターたち増えてるね」


 マギレマ様の料理が完成したようで、カーマル様が運んできてくれた。

 手を煩わせるのも悪いので、自分で取りに行きたいところだが、どうやら俺たちモンスターも客として扱ってくれるらしい。


「カーマルくん。おなかすいた~」


「そんなに口開かれたら、僕程度丸呑みできそうだね。おなかでもすいてるの?」


 すごい。言葉は通じていないはずなのに、見事に言い当ててしまった。

 まあ、レストランに来ている以上は、要件なんてほとんどは食事か。


「マギレマに伝えてくるよ。おとなしくまってな」


「は~い」


 注文は聞かない。この子はいつも大量の肉を食べているから、今回もそれを準備するのだろう。


「エルフを食い損ねたから、腹減ってるみたいだな」


「う~ん。侵入者は別腹だから、ご飯はご飯だよ?」


 ソウルイーターの生態にそこまで詳しくないが、本人が言うのならそういうものか。


「でも、動き回るのめんどうだな~」


 とぐろを巻きながら、ソウルイーターが悩む。

 すると、彼女に声をかけてくる者たちがいた。


「僕たち、またエルフダンジョンで働けないか、ご主人様に聞いてみようか?」


「シャドウスネークくん!」


 種族は違えど、長い体をもつもの同士だ。

 ソウルイーターとシャドウスネークたちは仲良くやっている。

 しかし、最近になってシャドウスネークたちは、獣人ダンジョンに配置換えがあった。

 そのため、シャドウスネークたちが体の自由を奪って、ソウルイーターが一気に丸呑みすることができずにいる。


「う~ん……でも、私を鍛えるためだって言ってたし。もうちょっとがんばる」


「そっか。君ならきっと大丈夫だよ。がんばってね」


「うん。ありがと~」


「鍛えるためってことは、ご主人様にそう指示されたのか?」


「そうだよ~。麻痺させた獲物を拾い食いしてばかりだと、小回りきかないままだからって、動く獲物を食べることにしてるの」


「なるほどな」


 たしかに、ソウルイーターは今のままでも十分強い。俺たちよりずっと強い。

 だけど、機敏な敵には弱いという弱点はある。

 ご主人様はそれを克服させて、いずれ訪れるであろう本格的な戦いに備えているということだ。


 俺たちにも覚えがある。

 ディキティス先生から習った奇襲だけでなく、たまには正面から戦って経験を積むようにと言われている。

 それは、俺たちをどんな状況でも戦えるように成長させてくれようとしているんだろう。


「たしかに、シャドウスネークがいたら獲物が一気に弱くなるな」


「ガーゴイルさんたち」


「俺たちのところまでくる獣人が最近減ってる。君らがその前に倒しているんだろう?」


「いや、僕たちは麻痺させるだけですから。僕たちじゃなくて、バジリスクさんたちが」


「動けないけど、しっかりと意識がある獣人たちを毒で弱らせるの楽しい」


「お前ら、毒で敵を弱らせるのだけは、ほんとに真剣だもんなあ」


「ご主人、獣人いっぱい呼んでくれるから好き」


 獣人ダンジョンのモンスターたちもやってきた。

 もうこんな時間か。昼時なので休憩に入った者たちが次々とここに集まっているのだろう。

 それにしても、バジリスクのやつだけは本当に毒のことばかり考えてるな。


「コカトリスも同じ毒使いなのに、使い手の性格ってけっこう違うもんだな」


 プリミラ様の畑を守るモンスターたちも、こちらにきていたようでグリフィンさんがコカトリスさんに話しかける。


「俺は趣味と仕事わけてるから」


「趣味の毒ってあるわけ?」


「いや、そうじゃなくて……なんというか、毒はご主人様の命令以外では使う気ないから」


「趣味でしかないバジリスクたちとは、たしかに全然考えが違うな」


 さて、さすがにレストランにモンスターが増えすぎたか。

 食事も終わった俺たちは、そろそろ邪魔にならないように退散しよう。

 こうして違うダンジョンのモンスターたちと交流できるので、ついつい長居してしまいそうになるからな。


 特に、うちはどんな種族でも仲良く上下関係もないので、なおさらだ。

 低位モンスターだろうが、上位モンスターだろうが、強かろうが、弱かろうが、そんなことで誰が偉いとかは決まらない。

 今後も、新しいモンスターが作成されても、それは変わらないだろう。


「こんにちは~……」


 だけど、この方だけは例外だ。


「お疲れ様です!!」


 レストランで、各々おしゃべりを楽しんでいたモンスターたちが、いっせいに礼をする。


「ちょ、ちょっと、頭なんて下げないでいいってば……」


「いえ、そういうわけにはいきません」


「先輩、偉大」


 ガーゴイルやバジリスクも、その方に礼を尽くしている。

 もちろん、俺たちゴブリンも、他のモンスターたちも同じだ。


「またやってるの?」


「お疲れ様です!!」


「はい、お疲れ。頭あげてね」


 続いてその方たちもレストランに入ってきた。

 そうか。ならば、なおさら俺たちはこの場所から出て席を空けよう。


「ま、まいったねえ。みんな僕たちよりずっと強いのに」


「慣れよう。というか、もう慣れた」


「嫌われたり馬鹿にされるよりは、ずっといいんじゃない?」


「みんな礼儀正しくていいこだからね~。一応の先輩にここまで礼儀を尽くすことなんてないのに」


 相変わらず謙虚な方々だ。

 初めのモンスターの方たち。

 ダンジョンクロウラー様。コボルトロードのご兄弟様方。トキシックスライム様。

 この方たちがいたからこそ、俺たちは存在する。

 礼を欠いた態度など、さすがにどのモンスターたちにもできないだろう。


    ◇


「今日もモンスターたちはいい子だな」


「……自分から注文して、大人しく席で食事をするモンスターか。やはり、側近殿のモンスターたちは特殊だな」


「案外、モンスター同士で楽しくおしゃべりしてたりして~」


「ありえるかもな。みんな賢くていい子だし」


 だとしたら、上司である俺の悪口とかで盛り上がっていたらどうしよう……。

 今まで以上に、モンスターに優しくしたほうがいいかもな。

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