第143話 はた迷惑な聖歌隊
「ソウルイーターさえ避けることができたのなら、すぐにアンデッドの軍勢のいる場所とのことです」
「そうか。まずはそいつらを一掃し、少しでも安全な場所を広げるとしよう」
もっとも、安全を確保というのであれば、あのソウルイーターをなんとかすべきだろうがな。
最高評議会は、アンデッドの軍勢の掃討のみを指示した。
であれば、ソウルイーターはソウルイーターで、より相性のいいエルフに対処させるのだろうか。
……それとも、あれの脅威を低く見積もっているのか。
残念ながら恐らく後者だろう。
でなければ、私たちより先にソウルイーターを退治する者を派遣しただろうからな。
上との情報共有が完全ではない。私たちも帰還次第に提言すべきか。
あのソウルイーター。確実に通常の個体よりも強く危険なものだった。
あんなのが入り口にいたのであれば、仲間たちが犠牲になったのも当然だろう。
「指揮官。そろそろです」
周囲の景色が徐々に薄暗く不気味なものへと変わっていく。
そして魔力も独特のものへと移り変わるが、これはアンデッド特有の負の力を多分に含んでいるな。
部下の言葉どおり、アンデッドの軍勢は近い。
さらに歩を進めると、いよいよと思わせるような場所に出た。
大量の墓だ。アンデッドたちがこの下に大量に潜んでいることは、生き延びた者の言葉でわかっている。
敵も自分たちの存在を隠すつもりはないのだろう。
私たちが近づいたことで墓場付近の地面が揺れると、そこから大量のアンデッドたちが現れた。
「総員、聖属性魔法の準備を。アンデッドどもをせん滅する」
「はい!」
各々が得意なスタイルで魔法を行使する。
カスパーやヴァスコのように、近接による戦闘に魔法を織り交ぜる者。
マウリのように、遠距離から大規模な魔法を発動する者。
私たちに近づくアンデッドの群れは、弱点である聖属性魔法によって簡単に倒れていく。
わずかに安堵した。
先のソウルイーターと違って、こちらは私たちで簡単に倒せる軍勢だ。
やはり、最高評議会はあの例外のソウルイーターを正しく認識していないだけか。
アンデッドたちならば、任命されたとおり私たちが最適だ。
「さっさと倒しちゃうわよ。カスパーのやつが食べられる前にね」
「いやあ、カスパーさんならとっくにやり過ごしたんじゃないでしょうか? そもそも、彼がやられたら私たちが帰るとき面倒ですよ?」
「そうね。それじゃあ、なおさらさっさと終わらせましょう。あいつが食べられてる間に無事に帰るために」
こちらのやるべきことが簡単だったためか、マウリとヴァスコはカスパーを心配しているようだ。
だが、二人の考えももっともだな。このアンデッドたちならば、私たちの敵ではない。
ならばどちらかというと、あの特殊個体を一人で引き受けたカスパーの負荷が大きい。
さっさと、カスパーのもとに戻り、負担を減らしてやらねば。
「出現数、減っています」
「魔力が足りなくなった者は、ヴァスコ隊とカスパー隊に守ってもらい回復しろ」
さすがに数は多い。そのため魔力を使い切る寸前の者たちも増えている。
魔法が使えなくなる前に補給を続け、アンデッドの数は確実に減っていった。
そろそろ打ち止めか。そう思った矢先、地面がひときわ大きく揺れる。
第二陣……? いや、違う。これは、話に聞いていたドラゴンゾンビの出現か。
「ロマーナ様!」
「全員下がれ! こいつの相手は私がする!」
予想通り、これまでのアンデッドとは比較にならない巨体が地面から出現した。
ところどころ肉や骨が見える醜悪な外見。腐りかけの汚らわしいドラゴン。
しかし、その力は絶大だ。ドラゴンという種族である以上、たとえ子供だとしても油断はできない。
敵はけたたましい咆哮とともにこちらに襲い掛かる。
私をこの部隊の長と理解しているのか、あるいは単純に一番近くにいた者を襲っただけか。
どちらでもかまわない。ひきつけられるというのであれば、こちらにも好都合だ。
叩きつけられる腕を避ける。
尾による攻撃も、巨大な口での捕食のような攻撃も、すべてを素早くかわしていく。
そうして跳躍した後に、手のひらをかざして攻撃魔法を構築し、間髪入れずに発動した。
属性は、当然聖属性。
いかにその巨体を持つといえ、ドラゴンという種とはいえ、私の攻撃魔法は効くだろう。
「相性が悪かったな。もっとも、相性抜きの実力だけでも私は貴様には負けないが」
ドラゴンゾンビが再び雄たけびをあげる。
しかし今度は威嚇のためではない。攻撃を受けたことによる悲鳴のようなものだ。
「すぐに終わらせてやる。いたぶる趣味はないからな」
そう宣言し、私はドラゴンゾンビに攻撃魔法を浴びせ続けると、その巨体はついには動かなくなった。
周囲のアンデッドたちも、部下がしっかりと倒し切ってくれたようで、これで今回の任務は無事終了したようだ。
◇
「げえ……私のアンデッドたち、それ苦手なんですよねえ」
侵入者のエルフたちの様子を監視していたエピクレシが、うんざりした顔でつぶやく。
エルフたちも何度もこちらに挑んできたことで、徐々にうちのダンジョンを脅威と認定しつつある。
そのため、侵入者もだんだんと強敵が増えてきているのだ。
最初は様子見のためか、あまりステータスが高くないエルフが多かった。
次は拠点作成という目的ができたからか、ステータスはともかく慎重に進む者たちがきた。
そして、その拠点を壊したためか、あるいはエピクレシがやりすぎたのか、今度はアンデッドの対策としてのエルフの一団が派遣された。
「あれが聖属性の魔法ってやつか」
「女神寄りの力ですね。魔族である私たちには縁遠い力です」
プリミラが言うように、俺たちは種族名に魔って入っているからな。
その王様であるフィオナ様なんて、もう縁がないというか対極に位置した存在なのだろう。
「もしかして、魔族全般に特攻みたいな属性だったりする?」
だとしたら対策を練らないとまずいなあ……。
どんな魔族相手にも弱点となる属性とか、人類側が多用してきたらたまったものではない。
「さすがに、そんな万能魔法ではないぞ。聖属性はエピクレシのようなアンデッドには特に効果があるが、私たちのようなふつうの魔族にはそれほどではない」
なるほど。
あくまでもアンデッド系だけということか。
リピアネムのようなドラゴンや、ピルカヤのような精霊には効かなさそうだもんな。
スライムのリグマや、悪魔のプリミラはどうなんだろう。
「リピアネムは風属性なんだっけ?」
「得意としているのはそうだな。もっとも、ピルカヤのように存在そのものが属性に固定されているわけではないが」
「ボク、炎」
「知ってる」
なんとなく言わんとしていることはわかる。
ピルカヤだけは炎の精霊ということもあり、火属性の塊みたいなものなのだろう。
それだけに、弱点である属性には気を付けないとな。水とかやばそうだし。
「まあ、なんにせよ俺たちには聖属性が特別効くわけじゃねえさ。悪魔族であるプリミラも一般魔族である魔王様やレイくんも、それは変わらねえ」
「そうです……私のかわいいアンデッドばかりが……くそお!」
アンデッドの軍勢が、広範囲の聖属性魔法らしきもので蹴散らされていく。
これはたしかに特攻だなあ。
数の暴力が通用しなくなってしまっているみたいだ。
そんなエルフたちに、エピクレシらしからぬ怒りの声が耳に届くほどだ。
「ドラゴンゾンビ、やられちゃったけど大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないですけど、大丈夫です! ああ、もう! あの子の復活に、何日分の魔力が必要になると思っているんですか!」
「な、なんかごめん」
「い、いえ! レイ様ではなく、あのエルフどもへの怒りですので!」
よかった。
ドラゴンゾンビは無事復活できるようだし、エピクレシは俺に怒っているわけでもないようだ。
しかし、魔力を使えば復活できるのか。もしかして、蘇生みたいな感じか?
「エピクレシって、アンデッドなら蘇生できるってこと?」
「いえ、そのような規格外のお力とは違います。彼らは死して生き続ける者たちのため、あの程度では完全に滅ぶことがないだけですので」
つまり、どちらかというとアンデッドたちの特性による部分が大きいわけだ。
残念ながら、エピクレシに魔王軍全員を蘇生してもらうのは難しいか。
それはともかく、今はあのエルフの集団が問題か……。
ロマーナ 魔力:69 筋力:45 技術:60 頑強:55 敏捷:57
マウリ 魔力:61 筋力:25 技術:41 頑強:39 敏捷:51
カスパー 魔力:53 筋力:57 技術:56 頑強:51 敏捷:55
ヴァスコ 魔力:51 筋力:63 技術:66 頑強:70 敏捷:59
特に強そうなのはこのあたりか。
いつぞやのルフくらいは強いし、下手したらソウルイーターも倒してしまいそうだ。
いずれにせよ、当面はあいつらを警戒すべきだな。
「やはり対策が必要なようだな」
「できたら苦労しないんですけどね~! 私だって、アンデッドたちの弱点を消したいんですけどね~!」
「私に当たるな……」
エピクレシは、ついにはディキティスにまで当たり散らす始末だ。
これは、本格的にエピクレシのアンデッドたちをなんとかしないといけなさそうか。
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