第142話 紙一重のセイクリッドハラスメント
わずかではあるが、情報は共有されている。
初めは楽観的だった者たちも、徐々に旗色の悪さを感じてきているようだ。
「ロマーナ様。聖光の刃、集結いたしました」
部下がそう知らせる。
聖光の刃。エルフ族の中でも聖属性の使い手のみを集めた特殊部隊。
最高評議会は、私の率いる部隊が必要になるほどと判断したらしい。
「いいだろう。話はすでに聞いている。アンデッドの軍勢に手を焼いているということだったな?」
「はい、最高評議会は、調査結果からダンジョンに価値ありと判断しました。ですが、ダンジョンの調査はうまくいっておらず、その原因の一つであるアンデッドの軍勢を私たちで退治するよう任命されました」
エルフ族も、ただ長く生きていたわけではない。
初めに調査した者たちも、次に続いた者たちも、それなりの年月を生き抜いた者たちだ。
だから、魔法なり武器なり戦う手段は持ち合わせていたはず。
それが、ほぼ全滅となると、敵は強大だと見たほうがいいだろう。
「油断せずに、与えられた任務を全うするぞ」
「はい!」
◇
「しかしねえ……俺たち全員で行く必要あります?」
「無駄口を叩かないことねカスパー。最高評議会は、ロマーナ様含めた全軍で挑むように通達された。それほどの相手ということよ」
「へいへい。アンデッドの軍勢ね~。そりゃあ、聖属性も扱えないエルフには荷が重いかもしれねえが、俺たちなら一人でなんとかなるだろ」
「カスパー。私の言うこと聞いていなかった?」
「聞いてるっての」
不真面目そうなエルフの男であるカスパーと、生真面目そうなエルフの女性であるマウリ。
二人は今日もまた、正反対の性格ゆえにか言い争っている。
しかし、カスパーも本気でやる気がないというわけではなく、マウリもそれを本気で攻めているわけではない。
二人とも部隊を率いる副官なのだから、内面だけでなく外面でも仲良くしてほしいものだ。
「やれやれ、口うるさい女は嫌われるぜ。ロマーナ様を見習ったらどうだい」
こちらにまで飛び火させないでほしいのだがな。
そも、私のようなエルフのほうが少数派だろう。
女性のエルフはどちらかといえば、マウリのような者のほうが多い。
「なあ、ヴァスコもそう思うだろ?」
「ヴァスコ。あなたまさかカスパーの味方する気じゃないでしょうね?」
「いやあ。私としてはどちらの味方もできませんねえ。申し訳ない」
そんな二人に板挟みにされるのは、やはり副官であるヴァスコだ。
この男はいつも二人の言い争いを飄々とかわして、それでいて近くで楽しんでいる様子でもある。
……まあ、三人とも仲がいいのだろう。だがやはり、部下が不安に思うので表面上も仲良くしてほしいな。
それでもやることはしっかりとやってくれるので、こちらも文句は言うまい。
さて、気の抜けた行軍もここらで終わりだ。
ダークエルフたちの村を進んでいった先に、くだんのダンジョンの存在を感知した。
まだ、視界にそれは映っていない。
だが、明らかに漏れ出す魔力が異質なものであり、邪悪なものであると理解できる。
現に三人の副官たちも、すでにおしゃべりをやめて、真剣な表情でダンジョンに向けて歩みを進めている。
「気を抜かないようにな」
わかっていることだろうが、あえてそう口にする。
彼らはもちろんのこと、彼らの部下たちにも今一度気を引き締めてもらうためだ。
だからこそ、わかっていながら副官たちも頷いているのだ。
「ふむ、最高評議会が価値を認めたのも納得だ。遠くからでも感じていたが、入り口に立つだけで魔力の密度の高さがよくわかる」
「ロマーナ様。入ってすぐにソウルイーターって話でしたよね」
「ああ。その通りだ」
カスパーの言葉を肯定する。
すでに仲間を何人も喰らっている醜悪なモンスターだ。
だが、単なるソウルイーターではそこまでの被害は出ない。
つまり、特殊個体とも呼べる存在なのだろう。気を抜けない相手だ。
惜しむべくは、先遣隊たちが設置した転移の起点が破壊されてしまったこと。
モンスターしかいないということで、一度起点を作れば安心できると思ったが、運悪くソウルイーターに踏みつぶされたのだろう。
アンデッドの軍勢だけでなく、転移魔法でソウルイーターを避けられなくなったことで、私たちにお鉢が回ってきた可能性もあるな。
「死体の用意は?」
「ゴブリンの死体を用意しています」
「そうか。では、それで引きつけるぞ」
ソウルイーターを正面から倒すとなると、非常に面倒だ。
なので、その習性を利用するのが一番いい。
獲物を食べている間に、さっさとやりすごしてしまう。
……もっとも、そんなことは先遣隊たちだって理解していたはずなのだ。
「正攻法が通じる相手とも思えないがな……」
「なら、しょうがないか~。そのソウルイーター、俺が引き受けますよ」
私がつぶやくとカスパーは、ソウルイーターを自分がなんとかすると言ってのけた。
相手をなめているわけではないだろう。危険と知りつつも、自分が適任だと判断したまでのこと。
「ほら、こんなダンジョン奥まで調査するのは疲れちまうでしょ? そんなら、入り口でモンスター相手に適当に時間を稼いで、そのあとは外で休憩させてもらいますよ」
「仕方のないやつだ。では、ソウルイーターの相手はお前に任せるぞ。カスパー」
「了解っと」
カスパーは、気楽そうに引き受けると魔力を体内に循環させる。
呼吸をするかのように行っているが、ここまで円滑に行えるのはさすがといえよう。
そうして循環させた魔力で、今度は体のわずかに魔力で覆う。
こちらも見事な精度であり、一見すると魔力により肉体が強化されたこともわからないほどだ。
「そんじゃあ指揮官様を頼んだぞ。マウリ。ヴァスコ」
「ええ、あなたもソウルイーターに呑まれるんじゃないわよ」
「あなたが死んだら、帰りは犠牲が出ますからね」
聖属性の魔法で体を強化したカスパーが、手にしていた槍でソウルイーターを迎え撃つ。
それに応じるかのように、侵入者であるカスパーを補足したソウルイーターが、ダンジョンの奥からものすごい速度で迫ってくる。
すでに自身の前にゴブリンの死体を置いているので、通常のソウルイーターであればそちらに食らいつくはずだ。
「話に聞いていた以上にやべえやつだな!」
カスパーは、すんでのところでソウルイーターの攻撃を回避した。
やはり特殊個体。ゴブリンの死体には見向きもせず、一直線にカスパーを狙ったのだ。
だが、特殊個体といえど、ソウルイーターであることには変わりはない。
その巨体と突進力があだとなり、やつらは小回りがきかない。
そのためか、攻撃を回避したカスパーに見向きもせずに、入り口に立っていた私たちへと突進してくる。
「まあ、待てっての。前菜の前にメインディッシュなんて行儀が悪いぜ。モンスターよお!」
カスパーが槍を突き出す。
当然ながら、猛突進して距離が離れたソウルイーターには槍の穂先さえもかすらない。
だが、その槍はカスパー同様に、すでに聖属性の魔法をまとっている。
その魔法が槍とともに突き出されるように放たれた。
「かってえケツだなあ。おい」
ダメージはわずか。しかしソウルイーターは、わずらわしそうにカスパーへと向き直る。
頑丈なソウルイーターといえど無視できない程度には、カスパーの攻撃が通じたということだ。
「そんじゃあ、こいつは引き受けますよ」
「頼んだぞ」
ソウルイーターがカスパーを標的にしているうちに、私たちは急いで入り口の通路を進む。
時折、こちらにソウルイーターが頭を向けるも、そのたびにカスパーの嫌がらせに邪魔をされ、ソウルイーターは結局カスパーを狙うこととなった。
倒せと言われたら無理だろう。だが、あいつならば囮を務めつつも逃げることくらいは可能だろうな。
◇
えぇ……。うっとうしいにもほどがない?
ていうか、すきあらばおしりばっかり! なにこのエルフ!
ちょっと痛いのがまた腹が立つ。
もういいや! 他のエルフはご主人様のおともだちがなんとかするから、私はこいつを食べちゃおう!
「あぶねっ!! ま~じで、命がけにもほどがあるだろ……」
……つっこむ。逃げられる。
口を開ける。口の中をちくちくされる。
避けられてからおしりをちくちくされる。
「こちとら全力出してんだからよお! 少しは効いてくんねえかなって思うんだ!」
……もう! もう!!
こいつ嫌い! どっかいけ!
「……もういいだろ。全員いったな? さすがにこれ以上は無理。約束どおり撤退させてもらうぜ」
そう思っていたら、本当にどっかいった。
……なんだったんだろう。このエルフ。
結局今回は一人も食べることはできなかったけど、嫌なエルフがいなくなって、私は満足しながらお部屋に帰ることにした。
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