第141話 アクセルを踏んだらアナンタが吐いた
逃げる。
「ソウルイーターにかまうな! 逃げないと自分が呑まれるぞ!」
背後から迫る醜い怪物から必死に逃げる。
逃げる。
「馬鹿! そっちはアンデッドだ! 見つかったら……くそっ!」
誤って墓地まで行ってしまった味方を見捨てて、別の道へと逃げる。
ここはだめだ。
ソウルイーターといいアンデッドといい、生息している怪物どもは戦うべき相手じゃない。
ダークエルフたちはどうやってここを探索していた?
あいつらが、この化け物たち相手に立ち回れるはずがない。
そんなことができるというのなら、もっと武力をちらつかせて迫害なんか許さなかったはずだ。
「あっちの道は、もうどうにもならないわね。あんなアンデッドの軍勢なんて相手できない」
「ああ、最高評議会には報告しているから、俺たちはこちらの道を調べるべきだ」
さすがにあれだけの数のアンデッドが集まっている以上は、あの先に見える道を進むことは自殺行為にすぎない。
逆にこちらの道は、アンデッドなんて一匹も見えないので、こちらを進むのが正しいのだろう。
そりゃそうだ。あの数のアンデッドがあちらにいるのであれば、こちらは安全に決まっている。
「よかった……ようやく、まともに探索できるわね」
「ああ。汚らしい不快な場所ではあるが、化け物どもがいないだけで多少はましだな」
たしかに、魔力は満ちているし、下手に手を入れられていない自然のままという点は評価できる。
しかし、あの醜い化け物たちがすべてを台無しにしている。
「それと、かび臭いのは勘弁してほしいな」
必死に逃げていた時には気がつかなかった不満が、それなりに出てくる。
もしもこのあたりに拠点を作ったとしても、不快な匂いだけはなんとかしたいものだ。
道を進む。
ダンジョンだっただけあって、それなりに曲がりくねっており、部屋もいくらか発見した。
もっとも、中には壁が崩れ落ちていたり、穴が開いていたりと、そこを拠点にしたくはない部屋ばかりだ。
中にはいくらかの宝箱もあったが、中身は品質がそれなりの回復薬と特段珍しくもないものだった。
「ダンジョン跡地だったことは、もはや疑いようはないが、こうも古いとろくな収穫はなさそうだな」
「できれば、ダンジョンの魔力をため込んだ宝箱とか見つけたかったんだけどねえ」
「難しいだろうな。おそらく、あのソウルイーターやアンデッドたちに魔力が奪われている。宝箱にまで魔力が回らないんだろう」
その意見には同感だ。
となると、やはりあのソウルイーターやアンデッドが邪魔だな。
この場所の魔力を利用するにしても、あいつらにかすめ取られ続けては効率も一気に下がってしまう。
「せめて、もう少しまともな場所はないものか」
道を進み、部屋に入ることを繰り返す。
すると、道の先になにか大きなものが見えた。
まさか、またソウルイーターか? そう思って身構えると、向こうもこちらに気づき動き出す。
「あれは……」
重厚感のある音で体の向きを変えるそれは、ソウルイーターではなかった。
しかし、これはこれで面倒な相手には違いない。
「ラッシュガーディアンか……面倒な」
その巨体はソウルイーターに匹敵し、その堅牢な守りはソウルイーターをも超える。
だが、ソウルイーターと対面したときほどの緊張感はない。
それは、ラッシュガーディアンはこちらを害することはないからだ。
害することはないというよりは、こちらが傷つけられることはない。
嫌がらせのように、決められた場所から遠ざけようとするが、命を落とす危険はないのでソウルイーターやアンデッドよりずっとましだ。
そして、それがいるということは、おそらくその場所には守るべきなにかがあるということだ。
「ソウルイーターのときと同じようにいくか」
「誰かが襲われている間に、通り抜けるってことね」
「まあ、死ぬどころか怪我すらしないのだから、囮になってもいいけどな」
問題は、この通路の狭さか。
このままでは横をすり抜けることもできない。
全員仲良く、あのゴーレムに運ばれてしまうだけだ。
「とりあえず、もう少し広い場所まで逃げるか」
俺の意見に賛同した仲間たちは、一目散にラッシュガーディアンから逃げだした。
背後からは、俺たちを追いかけてくる音が聞こえる。
緊張感はまるでない。ソウルイーターもこうだとよかったんだけどな。
「よし、ここなら散開すれば、狙われたやつ以外が先に進むことができる」
「それじゃあ、せいぜい狙われないように気をつけないとな」
そう言いつつも、誰もが別に狙われても問題ないと思っている。
どこまで押し出されるかわからないが、少なくとも入り口のソウルイーターの場所までということはないだろう。
「げっ、俺かよ」
「それじゃあ、せいぜいそいつを長いこと足止めしておいてくれ」
ラッシュガーディアンは、仲間の一人に狙いを定めるとバリアを展開してそいつに突っ込んでいった。
あの突進でダメージを負うとかなら危険だが、それはないとわかりきっているため安心して見ていられる。
狙われた仲間さえも、緊張感がない様子だからな。
「さて、それじゃあ俺たちは今のうちに、あのゴーレムが守っていた部屋の中を見せてもらうか」
あいつが戻ってきても面倒だ。
急いで部屋に入ると、そこは特に崩れた様子もなく、穴もあいておらず、比較的まともな部屋だった。
ここを拠点とするのもいいかもな……。
いや、まずはそんなことよりも、部屋に複数存在する宝箱だ。
「期待してもしょうがないけれど、これだけ数があるとどれかは当たりであってほしいものだな」
「それじゃあ、みんなで開けてみる?」
ちょうど宝箱の数と、俺たちの人数は同じだ。
別に開けた者に所有権がというわけではないが、せっかくだしそうしてみるか。
「さて、なにが入っているかな」
少しだけ。
ほんの少しだけ期待しているのも事実だ。
なんせ、これまで見つけた宝箱とは外装が異なる。
ここまで豪華な見た目の宝箱は初めてだ。
案外……希少なアイテムでも入っているんじゃ……。
「…………っ!!」
声が出ない。
それだけではなく、身動き一つとれない。
それなのに意識ははっきりとしているからか、自身が倒れた音がよく聞こえる。
仲間たちも同じ目にあったのか、次々と床に倒れていく音だけが届く。
……動けない。まったく動くことができない。
くそっ……体の自由を奪われた。麻痺毒か?
油断していたこともあって、これを解毒するには少し時間がかかりそうだ。
魔王め……。余計なしかけ残していってくれたものだ。
だが、俺たちエルフならこんなもの時間さえあれば、治療することは可能だ。
それにしても、こんな汚い床に顔をくっつけることになるなんて……。
いや、待て。この床こんなに冷たかったか……?
一度気づいてしまえば、その異常はより鮮明なものへと変わっていく。
冷たい……馬鹿な。こんなに冷気が……これでは、まるで……氷属性の魔法。
意識が……なく…………なる。
◇
「はあ……いい加減もういいだろ。どこまで連れて行くんだよ」
仲間たちから引き離されて、ラッシュガーディアンに運搬される。
無理やり背を押されて転んでも嫌なので、座り込んで防御の魔法を展開した。
もはや完全に、俺の背中を押すだけのポンコツだ。
にしても……やけに長いこと運ばれる。
そもそも入り口に向かっているわけではなく、どこか別の場所に運ばれているような気がする。
そう思っていたら大きな広間まで運ばれた。
「あれ、こんな部屋あったのか。まだこっちのほうは探索してないからな」
そうのんきな発言をして部屋の奥を見ると、それの存在に気がついてしまった。
げ……まさか、こいつ。
「あそこに落とそうっていうんじゃないだろうな!」
目の前に広がるのは大きな湖。
あんな場所に落とされてずぶぬれになるのはごめんだ。
そもそも、あそこに水棲のモンスターがいないとも限らない。
「おい! ちょっと押すなって!」
やばい。
あそこに巨大な人食いモンスターでもいたら、入り口でソウルイーターに食われた仲間の二の舞だ。
なんとかして、背中を押すラッシュガーディアンに抵抗するも、もはや俺の力ではどうにもできない。
「くそっ!!」
最悪だ。湖に落とされた。
ずぶぬれになったのはもういい。
なんとか、この湖から脱出しないと。
ラッシュガーディアンは、さすがにここまではついてこない。
つまり、この湖が終着点ということになる。
……落ち着きを取り戻して気がついた。
この湖。中になにもいないじゃないか。
なんだ……心配して損した。
だったら、あとは落ち着いてここから出るだけ……。
出るだけ……なのに……。
嘘だろ……。体が……湖そのものが……凍り付いて……動け……な……。
◇
「とりこぼしはないな」
「ソウルイーターに呑みこまれるか、アンデッドに襲われるか、凍り付くかのどれかになったね」
今回は、罠をしかけたほうにきてくれたので、ラッシュガーディアンを活躍させることもできて何よりだ。
あいつ、攻撃手段はないらしいから、こっちで用意した罠まで敵を運んでもらうのが一番だな。
「ところで、なんなの? あの床」
「凍結の床。らしい」
名前はそのままだ。20の魔力を消費することで設置できる床なのだが、一見すると普通の床にしか見えない。
しかし、侵入者が触れた途端に、侵入者ごと凍らせてくれる面白い仕掛けだった。
侵入者かどうかの判定は、きっと熱量変換室みたいになんらかの判定をしてくれているんだろうな。
ためしに、エピクレシのアンデッドが触れたけれど、なにも起こらなかったし。
「凍結ねえ……ボクとしては、炎上させたほうがおもしろいと思うよ?」
「そっちは獣人たちのほうでやっているからな。まあ、これはこれで」
「ボク、炎だよ?」
「いや、知っているが……」
「レイは炎より氷が好きなの?」
「いや、別にそんなつもりは……」
詰め寄ってこないでくれ。
ピルカヤの黒目の中の金色の瞳が、じっと俺のことを見つめてくる。
ああ……自分が炎属性だから、氷属性に対抗心を燃やしたってことか。
「どっちも好きだけど、罠とピルカヤを比べるつもりはないから」
「……じゃあいっか」
納得してくれたようだ。
そういえば、手柄とかに誰よりもこだわるやつだったからな。
反する属性が活躍しているのを見て、きっと嫉妬でもしたんだろう。
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