第140話 他の人から見たかわいい生き物

「あれがそう?」


「は、はい! 魔力回収のための器具です!」


 さっそく、エルフたちがうちの魔力をかすめとろうと動いたらしい。

 危なかった。クララから話を聞くのがもう少し遅かったら、ダンジョン魔力を奪われていたところだ。

 話を聞いてすぐに手を打っておいてよかった。


「よし、がんばれ巨大な岩」


 ちょうど罠の下で拠点を作り始めた。

 というか、拠点を作るならこの辺だろうというディキティスの言葉を信じたら、本当にそうなった。

 おかげで、罠を手動で起動するだけで、今回の拠点は潰すことができそうだ。


「エルフごと潰しそうな勢いだな」


「でも逃げてるね。まあ、今回は拠点破壊が目的だからいいのかな?」


 リグマとピルカヤが言うとおり、エルフたちは全員無事なようだ。

 しかし、ちゃんと拠点と、その中でも最も凶悪な魔力万引き機械は破壊できたみたいでよかった。


「危なかった~……」


 労力はまったくない。消費魔力 10だから、巨大な岩はわりと気軽に設置できるからな。

 なので、今かいている汗は、貯金が奪われる寸前だった事実によるものだ。


「レイは、今日も仕事熱心ですね」


 そんな俺に、フィオナ様がお褒めの言葉を……褒めてる? これ。

 まあ、とにかくねぎらいのような、言葉をかけてくれている気がする。

 この様子では、フィオナ様は気がついていないようだ。


「フィオナ様。もう少しでエルフたちが、うちのダンジョン魔力を奪うところでしたよ」


「え……」


「つまり、ガシャのための魔力が減るところでした」


「危ないところじゃないですか!!」


 うんうん。ちゃんと危機感を共有できてなによりだ。


「まったく、私のかわいいレイの魔力を奪おうなんて、とんだ種族ですね!」


 フィオナ様がぷんぷん怒っている。

 あいかわらず、恐ろしい魔王っぽさのかけらもない方で、ただのかわいい生き物だ。


「大丈夫ですよ。ちゃんと奪われる前に潰したので、ガシャの残弾はだいぶ残っています」


 なのでそう諭してやると、なんとか機嫌を直してくれたらしい。

 やはりガシャ。そこがフィオナ様の心配どころだったみたいだな。


 というか危なかった。ただのかわいい生き物と化していたので、つい諭すときに頭をなでそうになった。

 よく考えなくても目上の方であり年上だ。それもどちらもはるかに俺より上。不敬を働くところだったな。


「さあどうぞ」


 しかし、目ざとくそれを察してしまったようで、フィオナ様は頭を差し出してきた。

 まあいいか。本人が許可したんだから、髪に触れさせてもらおう。


「あ~~……癒されます~……」


 喜んでる? みたいだから、きっとこれでよかったのだろう。

 すっかりとエルフたちのことを忘れたフィオナ様の頭を、俺はしばらくの間なで続けた。


    ◇


 エルフたちは、私が進言したとおりに魔王軍の魔力を利用するために動いていた。

 まあ、当然だね。私たちだってこれだけの魔力があったらそうするだろうから。

 現に魔王軍に投降する前は、なんとかしてこのダンジョンに拠点を作ろうなんて考えもあったくらいだ。


 私が進言したためか、私はロペスというハーフリングとともに、ピルカヤ様のお力で遠隔のダンジョンの様子を観察することを許された。

 といっても、実際に侵入するエルフたちを撃退するのは、レイ様やディキティス様が指示したモンスターたちであり、アンデッドの軍勢を率いるエピクレシ様が主となる。

 私たちはあくまでエルフを知る者として、なにか気づいたことがあったら発言する程度の役割だ。


「女王様が隣とは緊張するねえ」


「そのわりには、平静そのもののようだがね」


「あんた話しやすいもん。あのババアどもとは大違いさ」


「あれと一緒にはされたくないねえ……」


 このロペスという男。あの最高評議会相手に仕事をしていた経験があるらしく、一応ダークエルフの女王である私にも気軽に話しかけてくる。

 最初はおしゃべりなんてもってのほかかと思ったが、魔王軍の方々は特に私たちを咎めもしない。

 私たちが従属したから、身内扱いしてくれて甘くなっているのかと思ってしまったが、エルフたちの相手程度、肩の力を入れる必要がないと判断してのことなのかもしれない。


 そして、その考えは当たっており、エルフたちが作り上げていく拠点は、レイ様が指先を動かすだけで破壊された……。

 私たちは魔法を得意とする。それは、体を動かすことなく発揮できる力のように見えるが、実際は魔力を練り上げて魔法を構築しているので、けっこうな負荷が発生している。

 だが、レイ様のあの御業は違う。本当に気軽に指を動かしているだけ、それだけでエルフたちの努力が露と消えてしまったのだ。

 ……恐ろしい。私が最初にこの方こそが魔王軍を統べる者と見誤ったのもしかたがないだろう。


「相変わらず……すげえな。ボスは」


 隣でその様子を見ていたロペスも、レイ様の行動の恐ろしさを十分に理解しているようだ。

 あの力が私たちに牙をむかなくてよかった……。

 なんせ、私たちだって同じダンジョンを調査していたのだ。

 レイ様の気分一つで、モンスターたちは加減をしなくなり、私たちはエルフと同数の被害者を出していたのかもしれない。


 今後もこの方の不興を買うことなく、なんとかお役に立たねば。

 そう思っていると、レイ様は魔王様にエルフたちが何をしようとしていたのか説明されていた。

 ずいぶんとあっさり終わったことだし、これでこの場は解散か。

 そう気を抜いていると、背筋が凍るようなぞっとする空気がその場に満ちた。


「まったく、私のかわいいレイの魔力を奪おうなんて、とんだ種族ですね!」


 …………魔王様がお怒りだ。

 恐ろしいほどの魔力がその場に荒々しく渦を巻き、空間を揺るがすほどだった。

 激しい力の奔流がとめどなく流れ続け、エルフ族である私にとってあまりにも強い刺激となる。


 別にかまわない。魔力は魔力だ。

 いくら刺激が強かろうが、直接私に被害を及ぼすわけではない。

 だけど、魔王様の気分一つでこの魔力が力へと変化したときを考えると、とてつもなく恐ろしい……。


「大丈夫ですよ。ちゃんと奪われる前に潰したので、ガシャの残弾はだいぶ残っています」


 そんな怒りを隠そうともしない魔王様相手に、レイ様は平然とした様子でそのように報告した。

 ……この怒りを前に、レイ様はこともなげに発言できるというのか。


「ボス……相変わらずすげえな」


 隣にいたロペスにも、魔王様の怒りや恐ろしさは十分伝わっているらしい。

 エルフと違い、魔力に長けているわけでもないハーフリングであっても、魔王様の恐ろしさはわかるのだろう。

 そんな魔王様をなだめているレイ様に、素直に感服しているようだった。


「あ~~……癒されます~……」


 気がついたら、レイ様が魔王様の頭に触れていた。

 あれは……もしかして、魔王様のお気持ちを落ち着かせるような力でもあるのだろうか。

 魔王様の怒りはすっかりと霧散したようで、先ほどの荒れ狂うような魔力は収まってしまった。

 しかし、レイ様と魔王様の気持ち一つで、いつまたあの恐ろしい空気になるかわからない。

 私とロペスは緊張した面持ちで、お二人の様子を見ることとなった。


    ◇


「女王様よ。あれがボスとビッグボスだ」


「ああ……私にもわかってきたよ。あの方々はどちらかが恐ろしいとかではない。どちらも恐ろしいんだ」


「そういうことさ。まあ、部下には優しい方だぜ? さっきだって、俺たちが恐れていることを察して、俺たちを退室させてくれただろ?」


「そうだね。レイ様の言葉がなければ、恥ずかしながら押しつぶされそうだったよ」


「あの方たちは、単独でもやばいが、二人だともっとやべえんだよ。こりゃあ人類に勝ち目なんてねえな」


「それは同意する……人類は、魔王軍をずいぶんと低く見積もっているみたいだからねえ」


 それに気づけなければそもそも戦いにすらならないだろう。

 戦えるとしたら、女神に過剰なまでに優遇されている勇者たちくらいか。

 だが、そんな勇者たちですら、魔王様に通用する姿が思い浮かばない。


「人類は……魔王軍に生かされているだけなのかもしれないねえ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る