第139話 ぬいぐるみのロバのおうち

「順調なくらいエルフたちってよく来るよな」


「いいことなんじゃないの? レイがあれだけひどい目に合わせているのに、侵入してくれるなんて、本当なら獣人くらい……いや、わりとそうでもないかな?」


 え、獣人以外も倒して平気な種族いるの?

 ちょっと、そのへん詳しく聞きたい。


「そんな目しても、今はエルフたちのダンジョン管理だってあるでしょ。欲をかくとろくなことにならないよ」


「う……まあ、まだ安定しているかはわからないし、目の前のエルフをしっかりと撃退するか」


「撃退が最初に出るあたりがレイなんだよね~。まあいいさ。ボクそういうとこけっこう好きだし」


「おう、ありがとう」


 ピルカヤも魔王軍だからな。

 侵入者の撃退は大事だとわかってくれている。

 俺たちがやりすぎるだと言われることもあるが、本来ならばそれが正しいはずなんだ。


「それで、エルフだっけ? まあ、くるでしょ」


「でも、最初は慎重って話だったのにな。いくら、向こうにお得な場所だと推測させたとはいえ、肝心の成果がなにもないのに、よくもまあ続いているなと思って」


「ああ、そういうこと。どうなんだろうね、そのへん?」


 ドワーフたちはわかる。

 だってあそこは、ちゃんと飴となるものを最初から設置しておいた。

 鉱石や魔石はもちろん、プリミラお手製のお酒も人気だったと、カールからお墨付きをもらっている。


 獣人たちは、まあ頭に血が上りやすいみたいだからな。

 それと、イドの撃退により、あのダンジョンの踏破で間接的なイド超えを狙っているのもある。

 力こそすべてで戦い大好きな種族である彼らは、多少の危険よりもイドにできなかったことを成し遂げたという名声のほうが魅力的なのだろう。


 ……時任ときとう奥居おくい、本当に転生後の種族と折り合いがつかなかったんだろうなあ……。

 そう考えると、魔族に転生した俺は運がよかったのかもしれない。


 話がそれたが、ともかくエルフたちがそこまでするのがちょっとおかしいのだ。

 だって、エルフたちにとっては危険に見合うなにかがダンジョンに存在しない。

 前にクララたちに話を聞いたときは、クララたちもエルフたちもダンジョンに拠点を作るのが目的と言っていた。

 そのときは、単に領土を拡げるのが目的かと思っていたのだが、もしかしてそれ以上の意味があるのか?


「……もしかして、拠点にするのじゃなくて、思ってた以上に危険な場所だから、封じるか壊すかのために挑戦しているのかな?」


「え~、嫌だなあ。勝手にボクらのダンジョン壊すなんて」


「だよなあ。これはもっと本格的にエルフたちを倒すように……」


「あ、あの……」


 対エルフ用に、魔力を枯渇させるような罠やモンスターが作れないかと考えようとしたら、遠慮がちに声をかけられた。

 ダークエルフの女王のクララだ。

 俺とピルカヤの会話の邪魔をしたと思ったのか、申し訳なさそうにしている。


 会話を聞かれていたことは別にいい。

 聞かれて困ることならば、こんなダンジョンの通り道で井戸端会議などしていない。

 なので、ここは同じくエルフ族であるクララの意見も聞いてみようじゃないか。


「なんか気づいたことでもあった?」


「ええと、エルフどもがダンジョンに固執する理由ですが」


「前に言っていた、ダンジョンまで領土を拡げたいって話だよな?」


 でも、今のところエルフのダンジョンってそんな便利でもないんだけどなあ。

 宿屋もアイテム屋もまだ設置していないし、そこまで魅力的な土地だとは思えない。


「ええ、可能であればあそこを拠点にしたいはずです。あまりにも潤沢な魔力が満ちているのは魅力的なので……」


「魔力……?」


 ダンジョンで得られる経験値とか、アイテムではなく、魔力?

 俺、そんなもの設置してないぞ……もしかして、ダンジョン魔力のことか?


「……クララはフィオナ様と会ったよな」


「え、ええ。一度お目通りいただいたことがありますが」


「そのとき感じた魔力と、ダンジョンの魔力ってどっちのほうが大きかった?」


「え、ええと……魔王様がとてつもないお方ということは、重々承知しているのですが、この広範囲に満ちた魔力濃度を考えますと、ダンジョンの魔力のほうが……」


 ダンジョン魔力だな。間違いない。

 フィオナ様を超える数値なんて、それ以外に考えられない。

 そうか。各種族にわりふったダンジョンは、本拠地である地底魔界にはつながっていないが、実際は一つのダンジョンだもんな。

 広範囲に分散されて薄まっているとはいえ、クララたちのような魔力に長けた種族なら、その魔力の大きさがなんとなくわかるのか。


「つまり、エルフたちはダンジョンの魔力を使って、強化なりアイテム作りなりを行おうとしていると」


「あ、あの! 私たちは当然、そのようなことは考えておりません!」


「あ、そうか。クララたちも最初は探索してたもんな。まあそのことはいいや」


 もしもあのままクララたちをおびき寄せるために、拠点の作成とか許していたら、謎の魔力消失現象が発生していたのかもしれない。

 よかった。そうなる前にこちらに従属させることができて。


 ダンジョン魔力は、わりと今後も魔王軍の要といえる力だからな。

 これがあるから蘇生薬を量産できる体制になりつつあるし、急なダンジョンの改築だってできる。

 要するにこちらの大事な資源だ。資金みたいなものだ。

 それが侵入者に勝手にかすめ取られたとなったら、リピアネムを向かわせてでも回収していたかもしれない。


「じゃあ、エルフたちは今もダンジョンの魔力を回収しようとしている?」


「おそらくは、それが目的となるはずです。できればダンジョンに拠点を作り、膨大な魔力を利用できる環境を作りたいのでしょう」


 じゃあ、まだ大丈夫か。

 拠点を作られたら魔力が減る。それがわかってよかった。

 ならば、侵入はこれまでどおりそこそこに許すとしても、拠点の作成だけは阻止しないとだめだな。

 いろんな場所に岩を設置しておいて、拠点作りが始まったら潰そうかな……。


「よし、そうしよう」


「え、え? な、なにが起きているのでしょうか……」


「たぶんレイの発作だね。アナンタ~。たぶん出番だよ~」


 え、だめか?

 だけど今回はダンジョン魔力という死活問題だぞ?

 エルフたちをどうするかはともかく、拠点だけは絶対に潰させてもらう。


 エルフたちの目的をどうにも勘違いしてしまっていた。

 エルフたちが求めているのは、土地ではなく魔力だったとは。

 そうなると、他の種族みたいに招き入れるのは、むしろこちらにとってマイナスになりそうだな。


    ◇


 油断しちゃだめ。

 もうわかった。先に調査した仲間たちの状況は理解した。

 このダンジョンの恐ろしさは痛いほどにわかった。


 よく考えたら当然よね。

 だって、私たちが欲するほどの大きな大きな魔力が漂っているのだから。

 そんな場所で長年暮らしていたであろうモンスターたちが、その影響で強化されていたってなんら不思議はない。


 ダークエルフたちは、そんなダンジョンを無傷で帰っていたみたいだけど。

 今にして思えば、連中もこのダンジョンの凶悪さを知って、被害が出ないように調査をしていたんでしょうね。

 だから、ろくに調査も進まなかったのよ。入り口のソウルイーターの対処すらできていたかも怪しいわ。


 だけど、私たちは仲間たちの犠牲によって、ようやく入り口くらいなら突破できるようになった。

 ソウルイーターなんて、適当に死体を食べさせておけば、そのすきにかいくぐることができる。

 そう思っていたけれど、私たち以前の仲間がほぼ全滅していることから、あのソウルイーターはよほど腹ペコなのかもしれない。

 大方、囮の死体をすぐに平らげてしまい、そのすきに横を通ろうとした仲間たちも襲ったんでしょう。


「転送魔法……その座標を設置するだけで、どれだけ犠牲が出たことか」


「だからこそ、入り口より先の調査をしっかりとしないとね。死んだ仲間たちに顔向けできないわ」


 ソウルイーターが陣取る奥。ダンジョンの最初の部屋に、私たちは転送した。

 いっそのこと、ここを拠点にして終わりにしてしまいたい。

 だけど、さすがに安全が確保できていない場所に、研究機材やアイテム製造の道具は持ち込めない。


「この先は、たしか麻痺毒の蛇と悪夢の羊の群れだったな……」


「ええ、開けた途端に襲ってくるわ。だから、そっちの扉は絶対に開けないで」


 わかっているとは思うけど、念のために忠告してしまう。

 そうせずにはいられないほど、一方の扉の先は恐ろしいモンスターの群ればかりだった。


「だが、この先はアンデッドが大量に出現する墓場だぞ」


「ええ……だけど、墓場の前に分かれ道があったわ。幸いアンデッドたちが出現する前の道だから、今日はそちらを進んでみましょう」


 墓場には絶対に近寄りたくない。

 あれは無理。数の暴力だけでも勝ち目がないのに、ドラゴンゾンビのような単体で私たちを全滅できそうなやばいのまでいるもの。

 絶対にこの魔力にあてられて、アンデッドたちが増え続けているでしょ。

 今、最高評議会に相談して、聖属性の使い手を集めているから、それまではあの場所を下手に刺激しちゃいけないわ。


「静かに……近づきすぎないようにな」


「ええ……アンデッドがいたら、いったん引き返すわよ」


 息を殺し、ゆっくりと歩を進める。

 精神を擦り減るような歩みは、わずかな距離しか進んでいないというのに、どんどん疲労を蓄積していく。


「……なにもいないよな?」


「え、ええ……モンスターたちがいない。というか、この場所なら見つからない?」


「そ、それなら、もしかして、ここに拠点を作れるんじゃないの?」


 この凶悪なダンジョンで初めて見つけた安全地帯。

 最初の部屋は、安全と見せかけてたまに小型のモンスターが入ってくるから、本当に安全な場所はここだけ。

 私たちは、それまでの疲れも吹き飛んで、すぐに拠点の設立に移った。


「ここで魔力を利用できるようにすれば……アンデッドやソウルイーターにも対抗できるようになる」


「そうしたら、こんなふうにこそこそと動く必要もなくなるな」


「このダンジョンを私たちが支配してやるのよ。そのときはモンスターどもを従属させてやってもいいわ」


 口だけでなくしっかりと手を動かす。

 徐々に魔力の回収装置や、簡易的とはいえ休憩場所、そして回収した魔力を利用した回復場所ができていく。

 よかった……。ようやく、苦労がわずかに報われた。


 そうして気が緩んだ瞬間を狙っていたかのように、私たちの目の前にそれは降ってきた。


「きゃっ!」


「逃げろ!」


 もはや、周囲に気づかれるとかを気にする余裕もなく、叫び声をあげながら身をかわす。

 危なかった……。もう少しで、落下してきた大きな岩に潰されるところだった。

 全員の無事を確認し、私たちはほっと胸をなでおろすが、そこで気が付いてしまった。


「あ……拠点……」


 大岩は、見事なまでに私たちが設置した仮の拠点を破壊したようだ。

 天井を貫いたらしく、上空には見慣れたダンジョンの天井が見える。

 そして、休憩用の簡易ベッドやら、魔力を回収する機材がめちゃくちゃに……。


「も~!! なんなのよ一体!!」

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