第134話 だから勇者を裏切った
「ダークエルフたちが?」
「はい。どうやらここ最近、領地にこもって出てこないようでして」
「連中の引きこもり体質は今さらだけど、ちょっと気になるわね」
俺の飼い主たちに、今日もまた部下のエルフが報告を行っていた。
これでも最高評議会と呼ばれるエルフたちの権力者なだけあって、このときばかりは真面目に考え指示を出しているようだ。
俺を勇者に育てようとしているときの、気味の悪い態度とは大違いだ。
「ジノ、あなたはどう思う?」
「……はい。ダークエルフたちに、外よりも優先すべきことができたのではないでしょうか?」
ふいに意見を求められ少々焦ったが、当たり障りのない答えを返すことはできた。
「そう。あの生き汚い連中は、今までしつこく外界でも活動していたわ。自分たちの領地だけで生きていては、他種族との力の差がどんどん開くからね」
「それなのに、今になって領地に完全に引きこもるほどのなにかを見つけた」
「大転生の直後に、他種族と競い合えるほどのなにかを。それっていったいなんなのかしら」
この世界にとって、転生者は女神から与えられた力という扱いだ。
各種族の権力者が確保するのも、それだけの戦力として期待されているということだろう。
僕や
そうでない者たちは……どうやら、なんらかの実験に扱われることもあるようだ。
ともかく、転生者というのはこの世界に少なからず影響があるということになる。
そんな転生者たちが大量に現れる大転生。
その後に引きこもったダークエルフたち。
「つまり、ダークエルフたちも転生者を有したということでしょうか?」
「その可能性もあるわね。でも、それだけなら全員で引きこもる必要もないわ」
たしかに、転生者を育てるにしても種族全員でなくてもいいはずだ。
外で活動していた者たちはそのままに、残りの者で鍛え上げるだけで十分のはず……。
「大転生とちょうど同じタイミングで、変わったことがあるでしょ」
俺たちがここにきたタイミングで起こった、この世界にとって大きなできごと……。
「勇者の全滅と……魔族の活動停止でしょうか?」
「厳密には、活動は収まったけど完全には停止してないの」
「勇者たちによって力を失った魔王は、拠点にこもって力を取り戻そうとしている」
「こそこそと画策しているみたいね。力を取り戻すための方法を」
魔王は現状目立った活動をしていない。
勇者たちによって、力を失ったためだと言われている。
だけど、そんな魔王がこちらに唯一干渉してきていることがあった。
「ダンジョンの作成ですか……?」
「ええ、人間に獣人、ドワーフは……違ったみたいだけど、こちらを攻め入る拠点として、こちらが放っておけないのをいいことに、侵入者たちを招き撃退し、あわよくば戦力を削る。狡猾なものね」
たしかに、現に獣人たちは相当な数が犠牲になっている。
死者こそ少なくなってきているものの、怪我をして帰還しているため、すぐに戦線に復帰できない者もいるだろう。
回復薬で治せばその限りではないが、その回復薬も消費が激しいためか、獣人たちの国では数が減少しているらしい。
「だけど、ダンジョンはうまく利用してやれば有益よ」
「獣人たちは愚かだけど、人間たちはそのへん上手くやっているようね」
たしかに、国松たちはゴブリンダンジョンを有効的に活用している。
長期間放置されたダンジョンは、モンスターたちが強化され危険だが、定期的に間引くことでその危険はなくなる。
無限にリポップしてしまうのは仕方ないが、生まれ変わったモンスターは別の存在であるため、強さが初期化されるようなのだ。
そのため、ダンジョンは一度攻略してしまい正しく管理してやれば、宝箱からアイテムを定期的に回収でき、実戦経験ができる施設となる。
たまに油断しすぎて帰らぬ者となる場合もあるが、利点のほうが大きいといえるだろう。
まさか魔王も、人類への攻撃手段をこのように利用されるとは考えていないんだろうな。
「ダークエルフたちの領地にもできたのかもしれないわね。ダンジョンが」
「……なるほど、それで総出でダンジョンにかかりきりになっていると」
「まあ、あれも弱くはないから、いずれはダンジョンを踏破するかもしれないわ」
「そうなるとちょっと面倒なのよね」
ダークエルフたちがダンジョンを攻略し、人間たちのように管理する。
たしかに、レベル上げやアイテム入手などと、ダークエルフたちの強化に繋がるだろう。
しかし、危惧するほどの内容なのか?
「わかっていなさそうな顔ね」
「す、すみません……」
「ダークエルフたちは、私たちと同じく魔力の扱いに長けている」
「そして、ダンジョンは魔力の宝庫とも呼べる場所なのよ?」
つまり、ダークエルフたちにとっては、モンスターから得る経験値やアイテムなんかよりも、ダンジョンそのものが資源ということか。
たしかに……ドワーフたちのダンジョンを見てきたが、あそこはまだ低レベルの俺でさえ理解できるほどに、魔力の密度が高かったな……。
「不公平ね」
「ええ、まったくだわ。私たちの領地には、ダンジョンなんてできていないというのに」
「ダークエルフたちが、ダンジョンの魔力を利用して戦力を強化する前に、なんとかしたほうがいいかもしれないわ」
これまでの力関係では、ダークエルフよりもエルフのほうが上だった。
それを上回られることを危惧するのは当然わかるのだが、今は魔王という脅威がいる。
ならば、自分たち以外とはいえ、戦力が増強されるのは喜ばしいことなのではないだろうか。
「奪いましょうか」
「ええ、それがいいわ」
「あ、あの……奪うって、土地をでしょうか?」
まさかこんなときにダークエルフ相手に戦争でも仕掛けるのか?
そんな不安から質問すると、おかしそうに笑われた。
「あら、そんな野蛮なことはしないわ。私たちは魔王相手に手を取り合わないといけないのだから」
「だから、戦力を増強できる資源の独占はよくないわよね」
「ちょうど近隣なのだから、エルフにも利用させてもらうよう頼んでみましょう」
……頼むというよりは、おそらく脅しだ。
ダークエルフたちがダンジョンを発見してから、どのくらい経過しているかはわからない。
しかし、少なくとも今の力関係を覆すには、まだまだ時間が足りないだろう。
だからこそ、今のうちに脅迫して、自分たちも甘い汁を吸おうという魂胆なのだろう。
評議会の方針は決定し、エルフの軍はダークエルフ領へと進軍を開始することとなった……。
「しょせんはダークエルフだし、問題ないでしょう」
「ええ、魔王軍との戦いばかりを考えていてその先を考えないと、今度は私たちが敗者になるもの」
「あのときに比べたら、この程度どうってことはないわね」
◆
「なぜ……こんなことを」
「わかってるでしょ? 魔王を倒し終わったら、次は種族間の大規模な争いよ」
「魔王を討伐した勇者なんて、厄介な敵になると決まっているもの」
「だから、魔王を弱らせたところで、退場してもらうのが一番と思ってね」
「まだ、魔王が残っているというのに……そんなことのために、邪魔をするというのですか!」
「先のことを考えて行動しないと、他種族を出し抜いて支配するのは難しいのよ」
「エルフにも勇者がいればよかったんだけどねえ……人間ばかりを贔屓する女神様を恨んでちょうだいね?」
過去の魔王軍との戦いにおいて、突如エルフたちは人間を裏切った。
本来であれば勇者の歩みを助けるべく、魔王軍と各種族の軍が戦う手はずだったが、エルフたちは人間の軍の行動を阻害し、勇者たちは想定以上の魔族と戦うことになる。
その結果、魔王相手に挑んだ勇者たちは、すでに消耗しきっており、勇者の仲間たちのほとんどは魔王との戦いでその命を落とすこととなった。
だからこそエルフは信用ならない。
というわけでもなく、どの種族も似たようなものだった。
魔王という共通の敵がいるため共闘しているだけで、エルフたちの考えた通り、魔王が消えたら次は種族同士での争いになる。
そのために先んじて動くことは、どの種族でも織り込み済みなのだから……。
「ほんと、愚かでかわいい子たちよねえ」
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