第135話 確証バイアスの10メートル手前
「もしも本当にダンジョンがあり、それを管理どころか攻略もできていないのであれば危険なのです。特にすぐ隣に住む我々にとっては、ダンジョンから溢れたモンスターに襲われてはたまったものではありませんから」
「ああ、だから私たちとしても、ダンジョンの攻略を最優先に動いているとも。中はともかく、少なくとも外での被害は起こっていないだろう?」
「ですが、このまま攻略が遅々として進まないのであれば、私たちもダンジョンに入らせていただきます。野放しにしてみすみす危険を招くつもりはありませんので。どうかご容赦を」
「つまり君たちは、ダークエルフだけでダンジョンを利用するのは不公平であり、エルフたちも利用させないと攻め込むと? 穏やかじゃないね」
「いえ、そのようなことはございません。我々はあくまでも自分たちの身を守るために、場合によっては力を行使する必要もあると申しているだけです」
「はあ……立場はこちらが弱いからね。いいさ、好きにするといい。その代わり、ダンジョンで被害にあったからといって、こちらに賠償なんて求めないでくれよ?」
「当然です。あなた方は、我々もダンジョンに入場する許可さえしていただければいい。その後のことはすべて自己責任です。お互いにですがね」
随分とまあ、無茶苦茶な要求をしてくるものだ。
だけど、これが私たちの力関係なのだからしかたない。
勇者がいなくとも、こちらはもともと不利だった。
やつらが私たちを侵略しなかったのは、今は魔王との戦いが最優先であり、こんなことでわずかでも消耗したくないというだけの理由にすぎない。
それか、私たちが抵抗している間に、他の種族の攻め込まれることを嫌っただけだ。
……と、このエルフは考えているのだろうね。
「それでは失礼いたします。今後も良好な関係を築いていきましょう」
心にもないことを、よくもまあ平然と言ってのける。
いや、こいつらの言う良好な関係とやらが、自分たちの言うことに逆らうなということであれば、本心なのだろうさ。
こちらは女王が対応し、向こうはそれなりの者とはいえ、最高評議会は一人としていないのがいい証拠だ。
◇
「それで、向こうの要求をすべて飲んじまったってのかい? あのババアども、相変わらず無茶苦茶だな」
ダークエルフたちの報告を、ロペスが大げさな身振りで聞いている。
ロペスもジノの知り合いであり、エルフの国で仕事をしていたこともあるらしいので、ついでに聞いてもらっていたのだが、えらく不満そうだ。
まあたしかに、ここまで好き放題されては、気分のいいものではないだろう。
要領のいいロペスならなおのことだ。
「ボス、俺ならもっと条件を詰められるぜ。ダークエルフの領地に向かわせてくれないか?」
「その気持ちは助かるけど、一旦落ち着いてくれロペス」
「ああ、すまない……。こういうやつらが割を食うのは、どうにも納得いかなくてな」
「ちなみに、イカサマでポーカーに勝った件についてはどう思う?」
「ありゃあ、女神の力で挑んできたトキトウに、こちらも全力で挑んだまでさ。むしろ、こっちだけ女神の力なしで戦ったことを褒めてもらいたいぐらいだぜ」
「よく勝てたよな……」
「イカサマに慣れてなかったからな」
と、脱線してしまったが、ロペスは本人がわりと悪よりなせいか、善人の味方である傾向が見られる。
だからこそ、エルフたちの横暴な態度に憤っていたのだろう。
だけど、悪いが今回は却下だ。
「ロペス。エルフたちのことは、ほうっておいていい」
「だけどボス……」
「いや、問題ないよロペス」
当のダークエルフが、ロペスに向かってそう言った。
ダークエルフたちは、魔王軍には礼儀を持って言葉を発するが、ロペスたちのような転生者や従業員連中には、もう少しフランクというか本来の言葉で話すようだ。
若干の疎外感を覚えたりはしていない。
「ボスだって話せばわかってくれる人だぜ?」
「ロペス。君、私たちがいいように言い負かされる、弱い種族だと思っていないかい?」
「だが、現に……」
「前までは、あんな言いがかりもっとうまくかわしていたさ。それに、武力行使されて負けようとも、向こうにも少なくない被害を出すくらいの戦力はあった」
ずっと昔から対立していたって話だったしな。
ダークエルフがなんでもかんでも言いなりになる弱い種族だったら、エルフはとっくにダークエルフを支配している。
「じゃあ、なんで今回は……ああ、そういうことかい」
「私たちが魔王軍に従属させていただく以前、ダンジョンの調査を最優先に行っていた。でも、今みたいに気取られるような動きはしていなかったとも」
「それを今になって、エルフたちにダンジョンの存在を気づかれたと」
「ああ、しかたがないだろう? だって、大事なダンジョンなのだから、他にかまけてる暇がなく、ついつい推測の材料を与えてしまったよ」
そう、ダークエルフたちはもとはうまくやっていた。
自分たちの領地にダンジョンが現れたことなんて、周囲にまったく悟らせずに探索を続けていた。
「ボスの指示かい?」
「俺はダークエルフたちに、ダンジョンの調査以外はしていないように見せかけてくれと言っただけだよ」
そしてダークエルフたちは、その指示通りに動いてくれた。
「領地にこもったきりのダークエルフたちの様子を見て、きっとエルフたちはなにか良いものが領地内で発見されたと思っただろうな」
「各種族に影響を及ぼすほどのなにかねえ……」
「一つは転生者。もう一つはダンジョンって想像するはずだ」
「だけど、私たちダークエルフに女神の加護はない。忌み嫌われた種族に、転生者なんて授かり物は下らない」
「それで、ババアたちはダンジョンの出現を疑ったと」
もちろん、質の良いアイテムや装備品なんて可能性もある。
だけど、それらはすべて女神が気まぐれで与えるものらしく、転生者と同じ理由でやはりダークエルフの手には渡らない。
「ダークエルフたちが手に入れる可能性があるとしたら、危険も見返りもあるダンジョンくらいだと推測したはずだ」
「こればかりは魔王様の領分だからね。女神が嫌がらせで、私たちに与えないなんてことにもならない」
「エルフたちは慎重で賢くて傲慢な種族なんだろ? ダークエルフたちのわずかな動きからここまで推測したら、自分たちの賢さに酔ってダークエルフに騙されているなんて考えない」
「騙しているのレイ様ですけどね……」
そうだけど、クララもノリノリで騙したじゃん! 俺たち共犯だろ!?
「まあ、ともかく、慎重なやつらだけど、自分たちの推測で相手を出し抜けると信じている以上は、連中にとってダンジョンは危険な場所というより、有用な資源を回収できる場所という認識にすり替わっているはずだ」
「女王様たちが隠そうとして、泣く泣く共有することになったからなおさらってわけだ」
「そしてそんなに傲慢なら、ダンジョンで多少被害にあっても、自分たちの誤ちを認めるのも難しいだろ。ダークエルフたちにとって有益な場所と考えているならなおさらだ」
「そうしてエルフたちが自らダンジョンに喰われにいく状況を作ったと……こわいねえ」
だってあいつら、こうでもしないと全然うちにきてくれないじゃないか!
自分たちで、ダンジョンは利益の方が大きいと考えてくれないと、いつまでたっても引きこめやしない!
ダークエルフたちを相手にあんなに安全なダンジョンを作っても、下手したら誰も訪れなくなったと聞いて俺は愕然としたよ!
まあ、そのクララたちのおかげで、今後は警戒心がほどよくなくなったエルフたちも、うちにきてくれることだろう。
ダークエルフの領地の資源を奪うために大量に、被害を負うことでより多くより精鋭たちがだ。
「ここまでしたからには、ちょっとくらい難易度高くてもよさそうだな」
「ええ、よろしいかと思います」
「おい……私怨でエルフたちの被害増やしたいだけだろ、女王様」
後日、アナンタに怯えられながら怒られるという、なんとも不思議なお説教を経験することになってしまった。
「僕もいいと思うんですけどね~」
「私も悪くないと思ったのだが……」
「お前ら……お前ら! ほんっと、もう!」
アナンタの中で、俺とイピレティスとディキティスが問題児になっていないだろうか?
なんだか、ちょっとだけ不安になってきたな……。
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