第133話 ねむった後の悪夢

「早く……早く次の大転生を……」


『あら、大転生はしばらくしないわよ。そうねえ、数百年くらいはやめましょうか』


「ど、どうしてですか……」


『あんたのこと嫌いだから嫌がらせ』


「そんな……」


 誰か……一人だけでもいいです。誰でもいいです。

 だから、私を助けてください。


    ◇


「あの……」


「なんですか? レイ」


「なんで俺は、ずっと抱きつかれているんでしょうか」


 しかも今日は、無言で背後から抱きつかれたもんだから驚いた。

 侵入者に狙われたのかとさえ思ったぞ。


「夢見が悪かったので寝直しましょう。レイを抱いて寝れば、あのような悪夢を見ることはありません」


 ……さては、ガシャで爆死する夢を見たな?


「もう朝なんですから、仕事をしましょうよ」


「……仕事?」


 おいなんだ。その初めて聞いた言葉みたいな反応は。

 あなた俺が来る前は、ちゃんと一人で仕事していたんでしょうが。

 ……もしかして、俺の存在がフィオナ様をだめにしているのか?


「いいじゃないですか~。一緒に寝ましょうよ~」


「駄目ですって、プリミラに怒られますから」


「レイはただその場で寝てるだけでいいですから~。あとは私に任せてくれればいいですから~」


 そりゃあ、寝るのまでは手伝えないからそうなるだろうよ。

 というか、だんだんと抱きつく力が強くなってきている。


 苦しくはないが心が辛い。

 がんばれ俺。全然いい匂いなんてしないし、全然やわらかくなんてないし、全然気持ちよくなんてないぞ。

 ……背中にあたっています。というか押しつけないでください。理性が死にます。


「レイ様おはようございま~す。あなたのうさぎイピレティスで~……す……」


 ほら、ぐずぐずしているから、イピレティスが来ちゃったじゃないか……。


「天井を見ながら、数を数えているだけで終わりますから~」


「し、失礼しました~。ごゆっくりどうぞ~!」


「おい待て! なんか変な勘違いしてるだろ!」


 寝る前の羊を数える的なあれなのか?

 それとも、ガシャの天井までの数?

 残念ながら、フィオナ様のガシャには天井なんてないからな!


    ◇


「あはは、それで今日は魔王様を背負ってるんだね」


「うむ、レイ殿は魔王軍の屋台骨だからな。魔王様を背負えるのはレイ殿しかいないだろう」


 結局、背中にフィオナ様が取り憑いたまま、マギレマさんのレストランで朝食をとることにした。

 いつもなら、ある程度言ったら聞いてくれるが、今回はイピレティスの乱入もあったせいか、タイミングを逃して互いに意地になったのかもしれない。


 あとリピアネム。屋台骨というのなら、すべての魔族がそうだろう。

 俺たち全員でフィオナ様を支えるのだから。


「それじゃあ、その状態でも食べやすいもの作ってくるね~」


「なんかすみません……うちのフィオナ様が……」


「いいのいいの。魔王様をこれからもよろしくね」


 え……。今後も起こりうるの? これ。

 マギレマさんとリピアネムは、そんな俺たちを残して厨房に行ってしまった。


「お二人とも、こちらをどうぞ」


「す、すごい……いいなあ」


「私たちもあれくらいする必要が……」


 風間かざまたちに大きめの椅子を用意されて、結局フィオナ様を背負ったまま二人で座ることになってしまった。


「フィオナ様……」


「なんですか?」


「いつまで、こうしているのでしょうか」


「こうなったからには、私も覚悟を決めました。今日は一日中レイの成分を補給します」


 もしかして……俺のダンジョンマスタースキルの力を解析ないし吸収しているんだろうか?

 ……まあ、俺よりフィオナ様が持ってたほうがふさわしいし、最悪それでもいいや。

 問題は、その後俺が用済みとなって捨てられないかだけど……。

 フィオナ様は優しい方だから、きっとかろうじてなんとかなるだろう。

 ところで、一つ気になったのだが……。


「一日中って、トイレやお風呂でもですか?」


「……えっち」


「俺のせいじゃないですよね!?」


 フィオナ様のくせに、艶っぽい声出しやがって!

 耳元で囁くもんだからなおさらだ!


「おまたせしました~。ごゆっくりどうぞ~。なんなら、おっちゃんの宿屋で一部屋借りちゃえば?」


「気が向いたらな……」


 特に待っていないくらいには、すぐさま料理が出てきた。

 ケラケラと笑いながらサボりを勧めるマギレマさんに、適当に返すと忙しそうに再び厨房へ帰っていった。

 魔王様が相手だから、料理長自ら運んできてくれたんだろうな。


    ◇


 食事を終え、なるべく他の従業員に見つからないように歩く。

 さすがに、フィオナ様のこんな姿を見せたら威厳が消滅してしまう。


「あ、ほらボクが言った通りじゃない」


「本当だ……今日はまたずいぶんとすごいな」


 そうして歩いていると、なにやら会話をしているピルカヤとリグマと出くわした。


「やあ、レイ。なんかその……すごいね」


「うん。俺もよくわからない」


 さすがの四天王も魔王のこんな姿にどうすればいいかわからないのだろう。

 俺もわからない。誰か答えを教えてくれ。


 二人がフィオナ様に挨拶をしなかったのは、なんか俺の背中に顔を埋めて匂いを嗅いでる魔王の邪魔をしないためか。それか単純に不審すぎて怖かったのだろう。

 ……なんだ? 俺ってそんなに匂うのか?


「……部屋使うか? なんなら、周囲数部屋空けてもいいぞ」


「いや……リグマまでそんなサボりを推奨しないでくれ」


 いや、リグマだからこそか?

 ともかく、まだ朝食をとって少しダンジョンを見回っただけなのに、このままフィオナ様と寝るわけにはいかない。


「後でな……」


「お、おう。それじゃあ部屋は用意しておくから、いつでも訪ねてくれ」


 そのころには仕事も終わってるだろうし、宿じゃなくてフィオナ様の部屋でよかった気がするけど、まあいいか。


「え……本当に寝るのかな?」


「わからん……なんなんだあの二人……」


    ◇


「は~……この匂い、落ち着きます……」


「臭くないなら、もうそれでいいです……」


 フィオナ様を背負いながら移動することにも慣れてきた。

 ……いや、我ながら変なことに慣れたもんだよ、ほんとに。


「魔王様、レイ様」


「な、なんですか!? これはサボってるわけじゃなくて、レイに癒されて英気を養って明日の活力をですね!」


 プリミラに声をかけられた瞬間、顔を上げてものすごい勢いでまくし立て始めた。

 さすがはプリミラだ……。

 だが、当の本人は怒っている様子もなく、かといって不審なフィオナ様を心配しているわけでもなさそうだ。


「おっしゃるとおりです」


「そ、そうですよね! では、私たちはこれで……レイ今のうちです!」


 逃げろということか。

 大丈夫かな? これ、あとで怒られないか?


「お待ちください」


「な、なんでしょうか……」


「魔王様の言うことももっともです。それも必要なお仕事だとわかっておりますので、自室へ戻られたほうがよろしいかと」


「え、いいんですか? 私たちがなにをするか理解して許可してます?」


「? 寝られるのですよね?」


「寝ていいんですか?」


「ええ、それも魔王軍には必要ですから」


 意外なことに、プリミラからも許可がおりてしまった。

 もしかして、フィオナ様ってたまにこういうふうに睡眠が必要なときがあるのだろうか?

 熊が冬眠するようなものか?


「では、許可も下りたことですし、私の部屋まで私を運ぶのです。レイ」


「はいはい……」


 今日はもう一日このお姫様に従うとするか……。

 いや、魔王様だった。


    ◇


「お、プリミラ。どうだった?」


「ピルカヤ様からお聞きしたとおり、べったりとくっついておりましたので、思う存分世継ぎをお作りいただくよう進言いたしました」


「リピアネムさんとイピレティスから聞いたとき、まさかあの二人に限ってと思ったけど、あの様子じゃ疑いようがなかったからねえ」


「おじさんが冗談で宿の部屋を貸そうとしたら、レイくん断らなかったもんなあ……レイくんも男の子ってことだろ」


「お二人の子であれば、魔王軍はより安泰だろう。我々は今後もお二人とそのご子息の力として働かねば」


「魔王様のご子息か……次こそは、俺たちが命を懸けてもお守りしないといけねえな」


「ええ、先代魔王様の時は私たちの力が及びませんでしたから……」


    ◇


「あなたを抱いて寝ると、私は安心して眠れます」


「それはよかったです……」


 もはやお気に入りの抱きまくらだ。

 宣言通り、すぐに眠りに落ちたフィオナ様は、満足そうな顔でぐっすりと眠るのだった。


 翌日、俺とフィオナ様に子どもができたとかいうとんでもない噂が出回っていたため、訂正するのに一日を費やし、俺は結局二日間仕事を中断することになった……。

 なに? 魔王って一緒に寝てるだけで子どもできるの?

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