第132話 She's a Demon King

「レイ様、なにかお手伝いできることはございませんか?」


「こっちは別にいいかな」


 仕事熱心だな。

 だけど、今はまだダンジョン作成の手伝いはいらない。

 いずれ、エルフたちについて生態とか聞くときがくるかもしれないが、直近ではダンジョンを拡張する予定もないからな。


「レイ様、お着替えでしたら私どもがお手伝いいたします」


「1人で大丈夫だから……」


 あれか? ダークエルフは長寿だから、俺みたいな若造は、もはや子どもというか赤ん坊扱いなのか?

 こちらが向こうの年齢をわかっていないように、向こうもこちらが世話が必要なほど若いかどうか、わからないのかもしれない。


「お食事でしたら、私たちがマギレマ様のもとまで行き、お持ちいたします」


「自分で頼めるから……」


 まずい。

 このままでは、俺はダークエルフたちに養育されてしまう。


「レイ様」


「あのさあ、レイ様の従者は僕なんだけど」


 なんとかしなければ、そう思った矢先、イピレティスがダークエルフの言葉を遮るように忠告する。

 よくやった。さすがは俺の従者だ。

 ダークエルフたちほど俺の身の回りの世話をするわけでなく、こうしてたまに俺を助けてくれる。

 思えば、ちょうどいい仕事ぶりで優秀な子なんだよな。


「レイ様は、僕のレイ様なんだけど~」


 抱きついて頬を寄せられた……。少々スキンシップが過剰なのが玉に瑕だ。

 フィオナ様といいイピレティスといい、かわいい女の子なのだからもっと自重してほしい。

 毎回ひっつかれて冷静でいられるほど、俺は人間ができていないんだ。

 ……魔族ができていないと言うべきか?


「わ、私たちは……イピレティス様の立場を奪うようなつもりは……」


「そもそも俺はイピレティスのじゃなくて、フィオナ様のだから」


「さすがにその領域に足を踏み込むほど、僕は命知らずでも愚かでもありませんよ?」


 魔王だからな。俺は魔王の所有物であり、それを奪う宣言はさすがにしてはいけない。


「それなら、僕はレイ様のものって言いかえたほうがいいですか?」


 耳元で囁くな。

 そういうところだぞ。イピレティス。


「あ、あの……お邪魔いたしました」


「そうそう。僕はこれからレイ様のお世話をしなくちゃいけないんだから、一緒にお風呂に入って体を洗ってあげるんだから、邪魔しちゃだめだよ~」


「とんでもない嘘をつくな」


 偉い人ならそういうふうに、従者に身の回りの世話をしてもらって当然なのかもしれないが、俺はそんなことに慣れていない。

 風呂場にイピレティスが入ってきたら、さすがに平静でいられる自信はないぞ。


「僕とレイ様なら大丈夫です!」


「だめに決まってんだろ」


「え~……」


 むしろなにをもって大丈夫だと言ったんだお前は。


「まあ、そういうわけだから、レイ様のお世話は間に合ってるよ~。あのさあ……取り入る相手間違ってない?」


 取り入る?

 ……ああ、そういうことだったのか。それなら納得だ。

 ダークエルフたちは新参者であるから、うちで誰が偉いかがよくわかっていないのか。

 それで、あのときに直接話をした俺に取り入ろうとしたと。


 なんとも、かわいそうなことをした。

 イピレティスが言う通り、取り入る相手が違いすぎる。

 俺なんかに媚びへつらったところで、なんの後ろ盾も得ることもできず、徒労に終わるというのに。

 ダークエルフたちは、そのへんをよくわかっていないのだ。


「ここは魔王軍なんだから、一番偉いのは当然魔王様だぞ」


 ……と、ここまで言っていてようやく思い出した。

 そういえば、ダークエルフたちはまだフィオナ様と会っていないな。

 最初に対面したときは、魔王軍の有名どころの存在を隠すために、リグマの分体に魔王のふりをしてもらったんだった。


    ◇


「ダークエルフたちに、一度会っておいたほうがいいんじゃないですか?」


「え~……めんど、危険かもしれないですよ」


 めんどくさいって言おうとしたな。この魔王。

 というか、魔王を脅かすほどの危険だというのなら、俺はとっくに殺されている。


「ピルカヤ~。どう思いますか~?」


「ボクもレイの意見に賛成ですかね~。あいつら、他の種族と通じてる様子もなければ、こちらに危害を加えようと企んでる様子もありませんよ」


「ピルカヤに聞いた私が馬鹿でしたよ!」


「あ、サボる口実が欲しかったんですね。ごめんなさ~い。ボク働き者なので~」


 働きすぎなピルカヤには、フィオナ様がサボる気持ちなんてわからないんだろうな。

 まあ、こっちはこっちで加減しないと、テラペイアに叱られそうだが。


「むしろ、他種族の迫害は完全に終わっておらず、ダークエルフたちは、いまだに肩身が狭い思いをしているようですね」


「流されていく! 魔王の意見なのに!」


 プリミラが何事もなかったかのように、ピルカヤの意見に賛同する。

 異議を唱えるフィオナ様の姿は、まるで見えていないかのようだ。


「またリグマが会えばいいじゃないですか~」


「そういうわけにもいかんでしょうよ。これまでのように、捕らえた他種族を使うわけじゃなくて、種族ごとこちらに従属を宣言したんですから、魔王様らしいところを見せておかないと」


「私らしいところ……ガシャ?」


「ダークエルフたちが離反しそうですね」


「レイもそう思いますか! やはり、私には魔王らしい姿など向いていないのですよ!」


「都合のいい解釈しないでください……」


 それにしても……仕事をサボりたいという、いつもの気持ちとも違うようだな。

 これまでも時任ときとうやカールやロペスのように、様々な種族の前で魔王然とした姿は見せてきたのに。

 なにが今さら嫌なんだ?


「いやあ……ダークエルフの女王って、昔から生きてるじゃないですか。だから魔王になる前の私とか知られていそうで、今さら偉そうにしていたらなんだこいつとか思われないですかね?」


「大丈夫ですよ。フィオナ様は立派な魔王様なんですから」


「レイ……私のことをそこまで」


 あのステータスの暴力が魔王じゃなかったらなんだというのか。

 もっと上の、神とかそういう類のものでも驚かない。

 ……いや、神というとあの女神を連想するし、逆に侮辱になるか。


「わかりました! レイが私を魔王と認めてくれているのなら、私魔王としてがんばってみます!」


 よかった。要するに自信がなかっただけみたいだ。

 まあ、ダークエルフたちは魔力に長けているようだし、フィオナ様の魔力を感じとればイチコロだろう。


    ◇


「悪いけど最初に会った魔王は、影武者だ」


 ダークエルフの代表として、数名の者たちとともに呼び出された私は耳を疑うような言葉を聞いた。

 どおりで……ろくに魔力を感じなければ、強さを見いだせなかったわけだ。


「しかし、こうして教えていただけたということは、私たちを信用いただけたということでしょうか?」


「まあ一応は、今後も同じようにがんばってくれるのなら、信用できると思う」


 まだ一応だ……。

 しかたがない。これまでどおり、確実に信頼を築いていくしかないだろうね。

 そして、その相手はレイ様がいいだろう。

 魔王様は、影武者でお隠れになるようなお方だというのであればなおさらだ。

 きっと、まだ勇者との戦いによる傷が癒えていないのだろう。

 そんな弱々しい姿を見せれば、我々に侮られるとお考えなのかもしれないな。


「本物の魔王様にお目通りするから、変な気は起こさないでくれよ」


「当然です。たとえそのお力が万全でなくとも、私たちが魔王様に従属したい気持ちに変わりはありません」


 その言葉に納得していただけたらしく、レイ様の案内で魔王様が待つ部屋へと入る。

 最初に影武者とレイ様とお会いした部屋のようだが……。


「魔王様。お連れしました」


 しっかりと、無礼を働かないよう頭を下げる。

 かろうじて……本当に無理やり体を動かして、なんとかそれができた。


 なんだ……。なんなんだ、この魔力は……。

 弱っている? 影武者に隠れている?

 馬鹿なことを……。これで弱っているのであれば、人類が魔族に勝てるはずがない。

 いや……そもそも、現時点でも太刀打ちできないだろうさ。


「顔を上げなさい」


 重圧に耐えながら魔王様のお言葉に顔を上げる。

 そして私は今度こそ動けなくなった。


 馬鹿げた量の魔力を浴びたからではない。

 それもあるが、それならばまだなんとか動けた。

 私が固まってしまった理由。それは、知っている顔が目の前にあったからだ。


 知り合いというわけではない。

 あくまでも、こちらが一方的に知っているだけであり、遠い過去の記憶だ。

 当然、向こうは私のことなど知りもしないだろうね……。


「フィオナ……シルバーナ……」


 私が知る彼女は……魔王ではなかったはずだ。

 ならば、やはり正解だった?

 魔王はあくまで神輿であり、実際の魔王軍の統率者はレイ様。

 我らの存続には、レイ様との関係こそがもっとも重要に……。


「あなたたちが言う従属とは、名を呼び捨てられるほど、対等な関係ということでしょうか」


「し、失礼いたしました!! その……かつての魔王様を知っていたため、つい名前を口に……」


 失態だ。

 心の中で留めておけばいいものを、つい口をついてしまった。

 魔王様が不快に思われるのも当然だろう……。


 そして、このプレッシャー。この魔力の重圧……。

 違う。違うだろクララ。

 現実逃避も大概にしろ。

 自身どころか一族の命がかかっているんだぞ。


 認めろ。たしかにレイ様も重要な方に違いはない。

 しかし、それ以外はなにもかもが間違っていた。

 目の前にいる方こそが魔王様だ……。

 この方こそが魔王軍を統べるものだ。


「昔の話は好きではありません。あなたが何を知っているかは知りませんが、その口が軽くないことを願っておきます」


「は、はい! 大変申し訳ございません!」


 遠い昔、遠目に見ただけではあったが、あのときの少女がこうも変わるものなのか……。私も老いるわけだね。

 だが、そんな昔の話はしないほうがいい。

 知己であるならまだしも、一方的に話を聞いただけの存在であり、触れるべき話題でもないだろうからね。


 相手は、今は魔王様だ。

 そうなる前を知っていようが、関係はない。

 私たちが従うべきは、レイ様とこの魔王様なのだから。


 だが、少々引っかかる。

 遠い昔? 私は何歳だったか……。

 彼ら彼女らは、いつから生きていた?

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