第130話 まことに胡散臭い忠誠

「拝謁の許可をいただき感謝いたします」


 玉座に座り、頬杖をついた魔王の姿に向かって、ダークエルフの女王が代表して口を開く。

 フィオナ様は話自体は聞いているが、会話は俺が進めなければならない。


「ボクたちに従属したいみたいですよ~」


 当然俺たちも見聞きしていたので知っているが、自分の能力を口外する気はないらしく、ピルカヤが改めて状況を教えてくれた。

 なので、一つ一つ解決していくとするか。


「魔族とそれ以外の種族で争っているはずなのに、どうして自ら従属なんて志願を?」


「我々は! 女神様に……女神に加護を与えられなかった種族です! 元は同じ種であったエルフたちと違い、忌み嫌うべき種であると喧伝され……転生者という女神の力の代行者も、何千年経とうが私たちの下には一度も現れませんでした!」


 まず、俺の存在を知覚している。


 クララ 魔力:68 筋力:30 技術:49 頑強:43 敏捷:52


 女王のステータスはジェルミより高く、ルフと同等か下手したらちょっと上といったところか。

 他のダークエルフたちは、女王よりもステータスは低い。

 このステータスとなると、俺を知覚できているのは敵意がないからなのか、一定以上の強さだからなのか、判断に困る。


 そして、こちらに下る理由は想定どおり、女神が率先した迫害が原因か。

 今さらと思いもするが、長寿であるがゆえに時間の感覚は違い、我慢できる期間も元人間である俺とは違う可能性はあるな。


 というか、転生者って女神が現地人に与えた加護みたいな扱いなのかよ……。

 転生者の人権をなんだと思って……なんとも思ってないだろうな。


「迫害はともかく、転生者なら、人間たちのように確保するために動けばよかったんじゃないか?」


「本来であれば……転生者は、短命種であり脆弱な種族である人間やハーフリングたちのための力です。我々ダークエルフやエルフからは現れることはないはずでした」


 あれ、でもジノはエルフの転生者だよな。

 今回が特例だったのか?


「しかし、次第に獣人やドワーフのような力ある種族にまで、転生者たちが現れるようになり、此度の大転生においては、ついにエルフにまで……」


 たしかに、獣人とかルフみたいなのがいるし、転生者という力なんて必要ないよな。

 いや、それを言ったら人間なんて勇者がいるわけだし、あの女神そこまでパワーバランスなんて考えてないんじゃないか?

 まあともかく、エルフの転生者は今回初めてってわけか。


「魔王軍が壊滅したら、次に迫害されるのは自分たちで、抵抗する力もないから魔王軍に協力したいってことか」


「はい……魔王様の力を知っていたわけではありませんが、ダンジョンを調べるうちに理解できました。あのようなダンジョンをお造りになられる方であれば、人類とも十分に戦えると」


「あ~……あれね」


「ところで、魔王様は……やはり勇者との戦いで、力を失っているのでしょうか……?」


 その発言自体は想定内だったが、感情としては不安が大きいようだ。

 意外だな。これはもしや、本気でこちらに従属し、フィオナ様の庇護下に入ろうと思っていたか?

 てっきり、今なら魔王は弱体化していると、この場を取り繕ってから人類に情報を売るかと思っていたのに。


「そちらの想像通り、魔王様は今は力を取り戻すことに注力されている」


「やはり、そうでしたか……。では、我々も力になれるかもしれません。これでも魔力の扱いには長けておりますので」


 協力を申し出るか。

 う~ん……。これは本気で、こちらの仲間になろうとしているって考えていいのか?

 玉座に座る魔王っぽい姿に変化したリグマの分体を見ても、討ち取ろうとさえしないしな。

 まあ、もう少し様子見だけするか。


「魔王様は裏切りを嫌われる。配下になった後に、そのようなことはないようにしてくれ」


「そ、それでは……」


「魔王様。ダークエルフたちの従属を許可してもいいでしょうか?」


「かまわぬ」


 リグマの許可も下り、ダークエルフたちは晴れてこちら側となった。

 あとは、しばらく様子見して、魔王が勇者との戦いで力を失っているという噂が出回るか次第だな。


「今後は魔王様のために働いてもらうぞ」


「は、はい! 必ずお役に立ってみせます!」


「なら、まずは教えてくれ。なんで、ピルカヤが生きてるって知ってたんだ?」


「生きているという話は聞いたことはありませんでした。四天王様方は、すでに勇者に討ち取られたとお聞きしていましたので……」


 そこは変な話が広まっているとかじゃないんだな。少しだけ安心した。

 なら、なおさら疑問が浮かぶ。

 どうして、ダークエルフたちだけはピルカヤに会おうとしたのか。


「ダンジョンに、強く珍しい魔力の炎の残滓を発見しました。死する前のピルカヤ様の名残という可能性もありましたが、私たちが魔王軍の方々とお会いする方法は、他には思い浮かばなく……」


『うっそ! ボクそんなにわかりやすかった? あちゃあ、まいったなあ……』


『極光の炎を取り込んだためではないでしょうか? 以前よりも力に満ちているため、痕跡が残ってしまったのかと』


『そのへん注意しないとな~。簡単に見つかってちゃ、ボクの長所が役立たなくなっちゃうからね』


 ピルカヤの痕跡か……。

 たしかに、ピルカヤはダンジョンどころか世界中に出現できるしな。

 特にダンジョンは見張りとして活動しているので、炎の痕跡も残りやすいんだろう。

 ……もしも、その痕跡とやらが発見されやすいものであれば、他の場所もまずいんじゃないか?


「その痕跡、簡単に見つけられるものなのか?」


「い、いえ……あの、自慢ではありませんが、私は長い時を生きたダークエルフであり、魔力の観測は他者よりも優れていると自負しています」


「つまり、女王以外には簡単に発見できるものじゃないと」


「ええ……それこそ、私たちと対立しているエルフの最高評議会たちでもなければ、見つけ出すことは難しいでしょう」


 エルフ。それも長生きした種だけか。

 鵜呑みにしていいかわからないが、少しは安心できるかもしれない。


「魔王様が力を失われているということは、やはりあのダンジョンはかつて作成されたダンジョンということでしたか……」


 あ~……そのへんも、ダークエルフたちが本当にこちらの配下となったら話すか。


「今はこっちも準備が必要だから、ひとまず今日は領地に帰ってくれ。準備が完了したら、こちらから呼びに行くから」


「かしこまりました。それでは、失礼いたします」


 初めと同じく、深々と頭を下げてからダークエルフたちはピルカヤの案内で去っていった。

 今のところ、限りなく本音に近いみたいだけど、念のため様子見が必要ってところだな。


「ちぇ~。油断させて攻撃ってつもりじゃなかったみたいですね~」


 イピレティスが口をとがらせて残念そうに言った。

 メイドとして、常に俺を守ってくれていたのは助かるが、あんまり物騒なことを期待しないでほしい。


「どうします? 魔王様」


「恐らく本音でしょうね。立場が弱く、私たちが消えたら次に攻撃対象となりかねない。なので、私たちと協力体制を築きたいのでしょう」


「俺も直接見ていてそう思いましたねえ」


 あの場で直接ダークエルフたちと対面したのは、魔王のふりをしたリグマとピルカヤと俺とイピレティスだけ。

 あまり魔族たちがいると、魔王軍が復興しつつあるとばれてしまうし、もしもダークエルフたちが裏切ったらせっかく隠していた情報が漏れることとなる。

 こちらはあくまでも、弱体化した戦力しかいないと誤認してもらいたかった。


 そういう意味では、力がない分体であるリグマと、普通に弱い俺と、その護衛で一見弱そうに見えるイピレティスが適任だったというわけだ。

 なので、フィオナ様や他の四天王にはピルカヤに視界を共有してもらいつつ、近くで控えてもらっていた。

 最悪の場合は、リグマの分体とイピレティスが守ってくれるので、危険なことはなかっただろうが、なんにせよ無事に終わってよかった。


    ◇


「女王様……よろしかったのでしょうか」


「なにがだい?」


「たしかに、魔王軍と協力できそうですが……その、想像以上に力を失っているようでした」


「それだけ勇者もやるということだろうねえ……だけど、魔王様はいずれ力を取り戻される」


「じゃあ、俺たちは当面力を取り戻すための時間稼ぎをすべきですかね」


「ああ、時間が経つほどに私たちに有利になる。それに、魔王様の力が失われていようとも、その遺物はいまだに絶大な脅威だと、私たちがよくわかっていることだろう?」


「たしかに……あのダンジョンの護りがあれば、そう簡単に魔王……様までたどり着くのは困難ですね」


「そういうことだ。自然の要塞。我々も何度か試みたが、あれほど強力なものは築けなかった。力を失っていようとも、やはり魔王様についたことは間違いではないさ」

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