第129話 いちゃつきは謁見のあとで

「その怪しい儀式はなんなの? そんなのでボクが出てくるとか、変な噂立てられても困るんだけど」


 しかも、本当に出ちゃったからね……。

 この儀式が正しかったとか、他種族に言いふらされても困るんだよ。

 現れるかどうかは、ボクの気分次第だから無視すればいいけど、なんか気持ち悪いし嫌だ。


「こ、これはこれはピルカヤ様……」


「うん。ピルカヤだけど、君たちはなんのつもりなの?」


 ダークエルフの女王。ええと、名前はなんだったっけ、前にレイから聞いたけど興味ないから忘れた。

 とにかく、その女王はボクが出てきたことに驚いているみたいだ。

 ……よかった。一応こいつらも確証があって、こんな儀式をしていたわけじゃないみたいだね。


「どうか、どうか魔王軍に従属させていただきたく! 魔王様にお目通りいただけませんか!?」


 必死に懇願された。これは演技? いや、どうにも本気な様子だから判断に困るなあ……。

 魔王軍に従属? 今までそんな種族いなかったのに? 前回の人類との戦いで、こちらに加勢しなかったのに?

 ボクたちが力をつけているから、後から取り入ろうったって……。


 いや、ボクたちが順調に復興して力を取り戻していることは、人類たちには伝わっていないはずだ。

 魔王様とレイも、なるべく目立たず秘密裏に行動することを方針としている。

 まあ、魔王様はたまにその力を振るわれているけれど……。


 なら、こいつらにとって、魔王軍は魔王様と死にかけのボクと、あとはわずかな残党だけの組織という認識のはず……。

 そんな組織に従属したい? どこまで本気なのかわかんないなあ……。

 頭をかきながら、ボクだけでは判断しかねるという結論が出てしまう。


『ピルカヤ。その者たちをダンジョンの奥に招きます。レイの指示に従ってください』


 そんなボクの心を見透かしたかのように、魔王様からの指示が下る。

 会うのか~。たしかに魔王様なら、こんな連中が束になっても敵いっこないけれど、それでも怪しい連中と会わせたくないなあ。

 でも、こいつらが何を考えているのか、どこまでを知っているのか、その辺はレイたちに任せた方がいいか。


「わかった。ついてきなよ」


「あ、ありがとうございます!」


 深々と頭を下げるダークエルフの女王。

 これ、どこまでが本音なんだろうねえ……。


    ◇


「どうします? 全員従業員にしますか?」


「プリミラ。今の魔王軍の人手ってどうなっていましたっけ?」


 俺の質問に、フィオナ様はプリミラに確認をとる。


「私の畑はモンスターたちのおかげで足りています。マギレマのレストランも十分です。リグマ様たちの宿、それにトキトウたちの商店は最低限はいますが、もう少し人手がいてもよろしいかと。採掘場は……やはりドワーフたちに任せたいところですね」


「そうですか。ダークエルフたちが、今の数だけなら引き入れるのもやぶさかではありませんが、あまり数が多いと持て余しそうですね。ピルカヤの監視の負担も大きくなりそうですし」


「あいつなら、文句言わなそうですがねえ」


「それはそれで問題です。やはりテラペイアに一度お説教してもらいましょう」


 一度というか、わりと定期的に叱られている気はする。

 さて、ダークエルフたちをどうするべきか。

 やはりここは、情報を可能な限り聞き出してから口を封じるべきか?


「そもそも、なぜ今さら従属などと言い出すのだろうか。その意思があるのならば、以前の戦いでこちらに協力すべきではないのか?」


 それもそうだ。

 比較的情勢が安定した今のタイミングで、人類を裏切る利点なんてあるのか?

 どうなるとやっぱり人類側のスパイとして、こちらに潜り込もうとしている?


「やはり、ジノのせいでしょうね」


 それは、以前もフィオナ様が話していた考えだ。

 ダークエルフたちは、元来迫害対象であり、対立しているエルフにだけ転生者が加入してしまった。

 その焦りから、これまでもダンジョンに挑み続けているのだと。


 俺たちは、てっきりダンジョンの探索で得られる何かを頼っていたのかと思っていた。

 アイテムや、ダンジョンそのものの魔力を利用し、エルフたちに対抗する手段を得ようとしているのかと。


 しかし、どうやらダークエルフたちの狙いは、魔王軍に庇護下に入るということだったのだろう。

 要するに、俺と同じというわけだ。

 なんかほんの少しだけ、仲間意識というか、共感できてしまう。


「さて、まずはどこまでこちらを知っているか、その確認は必ずしなければなりません。その上で、その後はあなたたちで有効活用してください」


「そんじゃあ、やっぱり従業員にでもしますか? プリミラも、畑の手伝いに役立つかもしれねえぞ。森に生きる連中だし、植物や農作物にも詳しいだろ」


「それは……まあ、そうなんでしょうが。魔王様は……よろしいのでしょうか?」


 きっとプリミラの懸念は、ダークエルフたちが裏切らないかということと、そのときに裏切りが大嫌いなフィオナ様が心を痛めないかということだろう。

 モリーみたいなフィオナ様の耳に届かない程度の小物ならともかく、種族丸ごとこちらに下って裏切ったとなると、フィオナ様だっていい気分はしないだろうからな。


「私は、最初はレイがトキトウを仲間にすることも実は気乗りしませんでした」


「えっ」


 ……記憶を思い返してみると、たしかにフィオナ様は反対していた。

 あのときは、商店の有効活用をしたいという考えて、俺からフィオナ様にお願いして仲間にしていたっけ。

 その後は、フィオナ様はむしろ転生者を仲間に引き入れるようにしていたので、賛成派と勘違いしてしまっていたが……。

 もしかして、俺のわがままを聞き続けてくれていたのか?


「ですが、彼女たちもまた魔王軍に有益であることは間違いありません」


「すみません……俺のわがままで」


「かまいません。かわいいレイのわがままくらい、聞き入れるのが魔王です」


「……そこで魔王って言っちゃうから、だめなんだよなあ」


 リグマは残念そうにつぶやいたが、俺としてはフィオナ様の度量に感服していた。

 そうか。過去に裏切られても、それはそれと考えて、魔王軍のために有効的に扱うように割り切っていたのか。


「ま、まあ。レイだけが特別とかってわけじゃありませんし? 四天王であるあなたたちも、うまく活用したいというのなら、ダークエルフくらい従属させてもいいということですが?」


「ああ、どんどん残念な方向行ってんなあ。おい」


「リグマ様。私たちではどうすることもできません」


「さすがは魔王様。レイ殿だけでなく、我らにもそのような慈悲を与えてくださるとは」


 たしかに、真剣な魔王モードがもたなくなったらしく、なんか最後はポンコツフィオナ様に戻ったが、残念な方向というのは失礼だぞリグマ。

 あれが本物のフィオナ様なのだから。

 そして、俺だけが特別じゃないのは重々承知している。むしろ、四天王と同じく特別に配慮してもらえただけでも慈悲深いだろう。

 それこそリピアネムの言うとおりだ。


「はい! 魔王の前でこそこそ言わない! それで、どうするんですか? プリミラがまずは預かりますか?」


「まずは話を聞いてからとなりますが、危険ではないと判断できたのならそうさせていただこうかと」


「決まりですね! 解散しますよ! あと、疲れたのでレイは私と一緒にきなさい!」


 また抱きつかれるんだろうか。

 もはやペットというか、ぬいぐるみに抱きついて癒される感覚なんだろうな……。

 それならプリミラとかイピレティスとか、もっと小柄でかわいげがある魔族にすればいいのに。


「だめです」


「な、なぜ!?」


 しかし、プリミラがフィオナ様に反対の意を示した。


「これから、ダークエルフたちが危険かどうか調べるのではないですか……さすがに、魔王様不在で判断は下せません」


「あ……」


 あ……。そっか、忘れてた。


「魔王様……。それにレイ様も忘れていましたね?」


「おいおい……ダークエルフたちのわりと一大決心かもしれないのに……」


 違うんだ。リグマ。プリミラ。

 いくらフィオナ様が、俺のことを癒し道具扱いしていようが、抱きつかれ続けるとけっこう心に良くないんだ。

 こんな美人の抱き枕みたいな扱いを平静なまま乗り切る辛さはわかるまい。

 中身がポンコツで本人的には、ペットやぬいぐるみ扱いだとわかっていたとしてもだ。


「ご、ごめんなさい……」


 あ、ずるい。先に謝られると俺がお叱りを受けることになるじゃないか。


「ごめん忘れてました……」


 なので、俺もすぐにそれに続き、フィオナ様と俺は二人してプリミラに頭を下げる羽目になった。

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