第126話 大事な大事な空の箱
「女王様。悔しいですが、やはり我々では力不足です……」
「……やはり、ラッシュガーディアンはそう簡単ではないね」
あわよくば、ソウルイーターのように特殊個体であり、こちらに有利な異常が起こっていないものかと思ったのだが……。
何度か挑戦してみてもそのような様子はない。
憎らしいほどに、私たちの知るラッシュガーディアンだった。
「引き返そう。なに、まるで手が出せないというわけでもないさ」
「すみません……」
「謝ることはない。むしろ、よくここまで何度も付き合ってくれたものだ」
「俺たちは、女王様の命令であれば何度でもお供しますよ」
「また、君たちの力が必要になったときは、遠慮なく頼らせてもらうよ」
だが、今はまだ彼らの力を借りる時ではない。
彼らは、戦うこと守ることに特化しているが、今回の相手は、そういう真正面から相手するのには相性が悪いというだけ。
ちょっと搦め手で攻めさせてもらおうじゃないか。
◇
「う~ん……」
「どうしたの~? 難しい顔しちゃって」
「ピルカヤか。ほら、例のダークエルフたちなんだが」
「え、加減誤って皆殺しにしちゃったとか?」
「誤ってない……」
俺をなんだと思っているんだ、四天王め。
俺なんかよりもよほど殺傷能力が高い魔族じゃないか。
……そういえば、プリミラはどうなんだろう。
彼女だけは、あまり他種族を殺めている姿が想像できないが。
「じゃあ、なにか問題でもあった?」
「問題っていうか、やっぱり警戒心が高くてうまくいかないなあって」
「けっこう奥まできてない? ほら、さっきもラッシュガーディアンの前まできたでしょ?」
「それも、こっちがモンスターたちに加減に加減を重ねてもらってだから、互いに被害がない状態なんだ」
モンスターたちのやられたふりや逃げたふりだけが上達していく。
これが獣人や人間たちなら、ちょっと向こうが強いと思わせておけば、無茶な探索を続けてくれるのに。
ダークエルフという人選自体が誤りだったのだろうか?
けっこうな人数で探索してくれているので、入場料こそそこそこもらえるものの、それ以上の実りはない。
モンスターたちにある程度攻撃させようとしたら、すぐに撤退するからなあ……。
特に、女王と呼ばれるダークエルフがきてからはそれが顕著だ。
本物のダークエルフの女王なんだろうか? 女王だけ狙ったり捕獲したら、死に物狂いでダンジョンに挑まないかな?
「女王から崩すか……?」
今ダンジョンにきているのが向こうの最大戦力ってことならば、わりと今の魔王軍でもどうにかできるだろう。
せっかくだし、ここは他種族のうちの一つを削ってしまうべきかもしれない。
「う~ん……あんまりおすすめできないなあ」
「だめか? ダークエルフたちって、そこまで数が多くなさそうだし、他と同盟とか組んでいないし、崩しても影響なさそうかと思ったんだけど」
「ダークエルフ自体はそうだろうけど、あいつらエルフと仲が悪いからね。だからこそ、絶滅なんてしたらエルフたちの耳に入る」
「あ~……そうなると、ジノに伝わって
嫌な連鎖だな。本当に、ダークエルフを狙うのは失敗だったかもしれない。
獣人はよかった。短絡的で好戦的で、今思うとダンジョンの試験運用にぴったりだった。
いっそのこと、あのダンジョンをどんどん改造していくか?
いや、生還者と死者のバランスがちょうどいいから、下手にいじれないしなあ。
「様子見というか、向こうの警戒心が緩むまで長い目で見るしかないか……」
共有してもらった視覚には、今日も今日とてダークエルフの一団がやってくるのが見える。
ラッシュガーディアンが守る部屋に、なんとかして入ろうとしているみたいだな。
まあ、あの部屋行き止まりなんだけどな。
◇
「さて、そういうことだから頼んだよ。君たち」
「無茶言いますねえ……。タイミングを合わせるのも一苦労なんですが」
「苦労はするが、できないとは言わない。それが答えじゃないのかい?」
「そういう言葉遊びはいいですよ~。しかたない、女王様の命令ですし、がんばるとしますか」
今回連れてきた配下たちは、みな転送魔法に長けた者たち。
魔法にうとい者たちには、いつでもどこにでもどんな距離でも転送できると危険視された者。
愚かなことだ。転送魔法がそこまで万能だというのなら、私たちダークエルフはとっくに種族間の争いなんて終結させている。
しっかりと座標を設置し、決められた場所から決められた場所にしか転送なんてできやしない。
それも、転送対象の体積が大きいほど負担は大きくなるし、それが生物ならより負担はかかる。
残念ながら、転送魔法とはその程度のものさ。
だが、彼らは危険人物扱いされ、流れ流れて私の配下となった。
彼らが、転送魔法に長けているというのだけは紛れもない事実さ。
だから、君に馬鹿正直に付き合うのはもうやめだ。
「ラッシュガーディアンを限界までひきつける。座標はこれまでの攻略で作成済みだ。あの嫌らしいモンスターを、やりすごしてやろうじゃないか」
限界まで引きつけなければならないのは、転送後にすぐさま反転して弾き飛ばされないため。
部屋の中に座標を作れたらよかったが、重ねて言うが転送魔法はそこまで万能じゃない。
できたのは、いつもラッシュガーディアンが鎮座している場所に転送先の座標を作ることだけだ。
「くるぞ……今だ!」
バリアが触れる直前に、私たちはラッシュガーディアンをすり抜けるように、やつの後方へと転送した。
落ち着け。ここからが問題だ。
転送酔いと転送魔法の負荷により、軽い酩酊状態のようになる。
ラッシュガーディアンは、いつのまにか私たちが後方にいることに気づき、すぐにこちらに振り返り再び迫ってくる。
「焦らず……確実に、進むぞ!」
ああ、これも転送魔法の嫌なところだ。
魔法の行使し、転送対象となった場合、その負担は非常に大きい。
いっそのこと、魔法を使用する者と、魔法の効果を受ける者にわけるべきだった。
ええい。今はすべて後回しだ。
次に活かせばいい。戦闘で転送魔法なんて使わないから、色々と考えが及んでいないな。
「女王様。間に合いましたが……」
「ああ、扉も閉めた。ここから先はやつ次第だね」
ほうほうのていで、なんとかあいつが守っていた部屋の中には滑り込めた。
だから、あいつがここまで入ってきて、私たちを外に追い出そうとするかどうかは、私にもわからない。
疲れ切っているせいか、それともあいつが近づかないようにするためか、誰も声を発さない。
嫌に静まり返った部屋の中で、私たちは緊張したままその場にとどまる。
数秒経過する。いかにも重そうなラッシュガーディアンの移動音が扉の前で止まった。
……くるか。いや、音はそこで止まってまったく動かなくなった。
どうやら、賭けに勝ったようだ。あいつは、部屋の中にまでは入ってこない。
守護する場所の中まで乗り込んでこないのは、その場所を荒らさないためか?
いや、そのあたりの考えも全部後だ。
今のうちに、この部屋にはなにが隠されていたのかを見せてもらおうじゃないか。
「宝箱……五つほどあるが、他に重要そうなものは見当たらないね」
「きっと、その宝箱にとんでもないアイテムや装備が、入っているんじゃないですか?」
まあ、普通に考えればそういうことになるかな?
魔族には宝箱の中身を取り出すことはできない。
そして、それらを外に放り出したところで、ダンジョンは新たな宝箱を作りだすだけ。
だから、魔王はこうして宝箱が生成された部屋を守ることにしたんだろうね。
つまり、それだけ長期間成長し続けた宝箱ということになる。
さすがに、期待を隠せなくなりそうだ。
「開けてみるよ?」
配下たちにそう宣言し、宝箱を開く。
すると中からは、アイテムでも装備でもなく、毒の霧が現れた。
私たちは、毒により動きを鈍らされ、結局最後はラッシュガーディアンに押し出されるようにダンジョンから帰還するのだった……。
◇
「あ、宝箱開けたな」
「なにが入っているのですか!? 蘇生薬? 蘇生薬なのですか!?」
「そんな大物餌にしませんって……」
宝箱という単語に反応して興奮しないでください。
変な刷り込みでもされてしまったのか、この魔王様は……。
「あ……宝箱から毒霧が」
しっかりとダークエルフたちを観察していたフィオナ様は、宝箱の中身をしっかりと見届けた。
あの場所には宝箱を置いているが、中身はすべて回収済みだ。
だけど箱だけはしっかりと残すこともできるので、再利用として毒の霧の罠を仕込んでおいた。
本来なら、ダンジョンマスタースキルでは宝箱に罠をしかけることなんてできない。
なので、一度適当なフロアに毒霧の罠を仕込み、起動し、その毒霧を箱に無理やり詰め込んだ。
そんな手順で作った宝箱トラップだからか、毒の効力は残念なほどに矮小だった。
「う~ん……体が動かせなくなるほどは無理か。普通に帰っていくしなあ」
「必死にの間違いでは?」
「でも、あまり意味ありませんでしたね。あれで完全に動けなくなるのなら、
「しかし、かつてないほど恐ろしい罠ですよ? うきうきしながら宝箱を開けると、ハズレどころか毒霧なんて……私なら泣きます」
「それは、フィオナ様だけなのでは?」
そんなことはないと抗議されるが、さすがに泣くのはフィオナ様くらいだと思うんだ……。
宝箱トラップは残念ながら失敗だな。さすがに罠の作成は、今後もダンジョンマスタースキルに頼るべきだとわかっただけ収穫か。
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