第127話 理由しかない反抗

「ふ……ふふふ…………あははははははっ……」


 なんて、性格の悪いダンジョンを作っているんだ!

 魔王め、上等じゃないか。なにがなんでも、目的を果たしてやる。

 そもそも廃棄したというのなら、モンスターくらいちゃんと回収していってもらいたいものだね。


「女王様……」


「いや、廃棄されたからこそ、いつまでも魔王の命令に従って、とうの昔に中身が回収された宝箱を守っていたのか?」


 だとすれば、あのゴーレムにも多少なりとも同情する。

 そして、そういうことであれば、残念ながら私の目的は達成できないということでもある。


「戻ろうか。あの部屋に意味はなかった。それがわかっただけでも収穫さ」


 大丈夫。私たちには他の種族よりも時間がある。

 ゆっくりと、一歩一歩進んでいけばいいんだ。焦る必要はない。


    ◇


「女王様」


 連日ダンジョンの調査を行い続けていたが、これといった成果は出ていない。

 もちろん、徐々に未踏の地を減らすことはできているが、配下の者たちが望んでいるであろう目に見えた結果がないのだ。

 だから、彼が次に言うであろう言葉は、なんとなく察することもできた。


「どうかしたかい?」


「ダンジョンの調査は、中断すべきではないでしょうか?」


「たしかに、そのとおりですね……。いくら魔力が豊富といっても、このままではあの場所を拠点になんてできません」


「仮の拠点を作っても、モンスターたちに荒されるからな……。かといって、ダンジョンを探索しても有用なアイテムや装備はない」


 彼の提案に、他の者たちも賛同する。

 ふむ……。やはり、彼らは皆勘違いをしている。

 そろそろ、私の目指しているところを伝えておこうか。


「ダンジョンの探索は続ける」


「しかし! このままでは、なんの成果もありません! エルフたちは勇者を順調に育てているのに、後れを取ってしまいます!」


「いっそのこと……エルフたちの戦力を削ぐことに注力したほうが、いいのではないでしょうか?」


 彼らの不安は、やはりエルフたちか。

 無理もない。エルフとダークエルフは対立しており、そのエルフには転生者であり勇者という力が加わろうとしているのだから。

 ここにいる者たちは知らないだろうが、まるでかつての異界の英雄だ。連中はそんな者を作り上げようというのかねえ……。


 いけない。意識が逸れてしまったようだ。

 とにかく、彼らの不安は、ダークエルフという私たちの種族そのものにあるのだろう。

 魔族がいなければ、私たちは迫害対象なのだから仕方ないか。

 ならば、その不安を取り除くこととしよう。


「ちょうどいい。今後の私たちの方針を話しておきたい」


    ◇


「ダークエルフたち、がんばるな」


 エルフという種族は慎重であり、ダークエルフにもそれが当てはまる。

 そのため、うちのダンジョンが危険だったり、割に合わないというのであれば、すぐに諦めることになると思っていた。

 なので、なるべく手加減というか、怪我をしないダンジョンをとりあえず作成し、あとは実際の侵入の様子を観察していたのだが……。


 相変わらず目的がわからない。

 目的がわからないので、なにを設置すれば喜ぶのか、継続して侵入してくれるのかも決めにくいので困っている。


 人間たちなら、そこそこの経験を積めるモンスターを、獣人たちなら強敵を、ドワーフたちなら鉱石という成果を、それぞれ用意してやれば繁盛したのだが、とにかくダンジョンの調査だけをしているダークエルフたちはなにが目的なんだろう……。


 というか、慎重というわりには、けっこうめげずに侵入しているのもどことなく不気味だ。

 聞いていたエルフたちのような性質であれば、ダンジョンの探索をあきらめる者も出てきそうなものだが。


「焦っているのかもしれませんね」


「焦りですか?」


 フィオナ様の言葉に、そのまま聞き返す。

 焦りなんてあるのか? エルフなんて寿命が長いのだから、もっと心に余裕がありそうなものだが。


「ジノでしょうか?」


「そうですね。プリミラの言うとおり、エルフたちは転生者を確保しました。あの連中のことですから、きっと将来は勇者になるべく育てることでしょう」


「それ、焦るべきは、どちらかというと俺たちじゃないんですか?」


 転生者で勇者が育てられたとして、それと戦うのは魔王軍である俺たちだろう。

 ダークエルフも魔王軍と敵対しているのだから、自分たちの種族ではないとはいえ、強力な戦力はむしろ喜ばしいことのはずだ。


「ダークエルフたちは、我々魔族よりも昔からこの世界に存在していました」


「そうなんですか? てっきり、魔族のほうが先か、せいぜい同じくらいの時期かと」


 世界の生い立ちは知らないが、魔族って世界ができたときに光と闇が分かれて、闇側が成長した姿とかであることが多いからな。

 だけど、この世界では魔族よりもダークエルフのほうが先にいたのか。


「魔族は、案外新参者だぞ。それこそ、そこの精霊なんかのほうがよっぽど昔からいる」


「さすがに、ボクが産まれたときにはとっくに魔族も繁栄していたけどね~」


「問題は魔族が産まれる前に存在していたことです。当時魔族は世界に存在していなかった。つまり、女神は別の種族を迫害対象としていたということです」


「それが、ダークエルフたち……?」


 またあいつか。相変わらずろくなやつじゃないな。

 そもそも、なんでいちいち迫害の対象を用意しようとするんだ。


「ええ、必要なんですよ。女神が救う者と救わない者がね。救われないとどうなるか、それを人類に見せつけないといけませんから」


 つまり、自分を信仰しないとこういう迫害を受けるぞと脅しているのか。

 ……どおりで、うちの従業員たちが魔族に協力したくないと嫌がったわけだ。

 今では開き直って、魔王軍での生活を享受してくれているようだが。


「もしかして……魔王軍が全滅した場合は、またダークエルフたちが迫害されるんですか?」


 そういう役割の者たちが必要というのなら、それは次の誰かが受け継ぐだけだろう。

 ……それこそ、女神を倒さない限り、永遠にその連鎖は続くんじゃないか?


「ダークエルフだけではなく、いくつかの種族が当てはまります。貧乏くじを引くのがどの種族になるか、私たちは知ることはできませんけどね」


 まあ、そのときは俺たち全員死んでるもんな。

 だけどわかった。そりゃあダークエルフたちも焦るか。


「魔王軍を倒した勇者たち、とくに仲が良くないエルフが育てた勇者。それが敵に回るわけですか」


「目の前の敵である私たちのさらに先を見るとは、ずいぶんと余裕があることだな。ならば、その憂いごと斬り捨ててくれよう」


「……ダンジョンで遭遇したらってことだよな? 今すぐダークエルフたちを斬りに行くとかじゃないよな?」


「ソウルイーターの代わりに、私を配置するのはいかがだろうか?」


 いかがだろうかじゃないが……。

 力を制御できるようになったリピアネム。

 その猪突猛進気味の性格までは、矯正することはできていないらしい。


    ◇


「……無理です」


「どうしてだい? むしろ、最も現実的な話だと思うが」


 調査していてわかった。

 ならば、私の、私たちの今後はまだ可能性が残されている。


 私はダンジョンの存在を聞かされたとき、配下たちのような望みは持たなかった。

 魔力が潤沢な地だから利用価値がある。拠点とすることで、我々ダークエルフたちの魔力の向上へとつながる。

 放置されていた場所だからこそ、強力なアイテムや装備が宝箱から入手できる。

 悪いが私の狙いは初めからそこにはない。


「女神様に……弓引く行為ですよ?」


「その女神様は、私たちをいまだに見捨てられているようだ」


 転生者が私たちの下にこなかったのは、さすがに私たちの運の問題だろう。

 だけど、女神様は私たちを救うことはない。

 過去の迫害されていた種族に、特別に手を差し伸べることもないというわけだろう。


「なら、もう十分だろう。義理は果たしただろう」


 先祖が受けた迫害について、当事者でない私がとやかく言う気はないが。

 このままでは、今を生きる私たちがかつての祖先と同じ目に遭いかねない。

 私は、女王として、種族を存続させる道を選ばせてもらうよ。


「今後もダンジョンの調査を最優先に行う。そして、私たちは魔王軍に降伏し、従属する種族となるんだ」


 反対意見は、上がらなかった。

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