第125話 逆巻く強制スクロール
「宝箱。モンスター。罠……」
「やっぱりダンジョンですよね」
それは別にいい。想像していたことなので、問題はないんだ。
だけど、なんだか出来すぎていないかい……?
「古びたダンジョンに見えるが……」
「女王様?」
「いや、先に進もうか」
まさかね。誰かが作っただなんて、我ながら突飛な発想を……。
ここまで古めかしい壁に床に天井。それを再現するだけでどれほどの労力がかかるというのか。
さらにこれだけの罠に、モンスターたちに、魔力が溜まった宝箱まで。
そんなもの用意できるとしたら、それはもはや魔王くらいのものだろうさ。
そして、そんなことをするとしても、なぜ私たちの領地にという話になる。
「ナイトメアシープです!」
「ああ、追い払おうか」
倒すではない。追い払う。
そう。考えてみれば、このダンジョンで私たちが倒せたモンスターの数なんて、数えるほどだ。
遭遇した回数に比べて少なすぎる。
やはり……誰かがこのダンジョンを作ったのではないだろうか?
魔王が過去に、とかそういう話じゃない。
「逃げたか」
「ええ……ですが、これでようやく次のフロアに……」
そう言いかけた配下の言葉が止まる。
違和感を覚え、彼女の視線の先を見てみると、なるほど。納得したよ。
鉛のような色をした、道を塞ぐほどの巨大な体の生物。いや、無機物かな? ゴーレム種は、その辺が曖昧で困る。
「ラッシュガーディアンだね」
「ど、どうしますか?」
怯える声も無理はない。ソウルイーターと同等。いや、格上の相手と言えよう。
その頑丈そうな体は、ソウルイーター以上に魔法も武器も通用しない。
勝てるかと言われたら、難しいだろうと答えざるをえない。
「どうもこうも、進んでみようじゃないか」
「で、ですよね……」
だが、私たちは前へ進んでみる。
配下の者たちも、しり込みする者は一人もいない。
なぜか? 理由は単純。ソウルイーターより倒しにくいこのモンスターは、ソウルイーターより危険ではないからだ。
「さて、怯んで道を開けてくれるのが理想的だが」
ソウルイーターが怯んだ岩の魔法を命中させる。
もっとも、ソウルイーターだって、本来はこの程度で怯むのがおかしいが。
ともかく、それと同等以上の攻撃は全弾しっかりと命中した。
「女王様!」
ラッシュガーディアンは、こちらに気づいたことで接近してくる。
さて、塞がれていた道から離すことはできた。
だが、こちらの魔法なんてまったく気にしていない。
それだけの頑丈さを誇るというのに、そいつは魔力でバリアを作成しながら近づいてくる。
「ああ、そうだろうね! まったく、これだから嫌なんだ!」
このバリアが、ラッシュガーディアンに勝利するのが難しい要因だ。
ただでさえ強靭な体を持ちながら、それ以上の硬度のバリアまで貼るのが嫌らしい。
「ぐわっ!」
「だめか。撤退するよ!」
配下の悲鳴が上がり、さすがに無理かと退却命令を出す。
仲間がやられたという悲壮感とかそういうものはない。ただただ嫌な相手だと思うだけだ。
なぜなら、悲鳴を上げていた男は無事であり、元気そうに私たちとともに走っているのだから。
「きゃあっ!!」
また一人、悲鳴を上げる。
要するにあれだ。ラッシュガーディアンに追い付かれてしまった者だ。
その餌食となった者たちは、次々とその堅牢なバリアにぶつかり、そのまま前方へと弾き飛ばされているのだ。
あのバリアの嫌なところ、それは触れた物を反発するように弾いてしまうところにある。
だから攻撃の勢いは減衰してしまうし、近寄られるとひらすら遠くまで弾かれる。
攻撃するでもない。ただ弾いてくるだけ。うっとうしいにもほどがある!
「ああ、もう! ダンジョンの狭い通路にラッシュガーディアンは反則だろう!」
もしもこれが、魔王がかつて設置したモンスターだというのなら、魔王は相当底意地が悪い。
背中を押される。そして、そのまま前方へと跳躍するかの如くに弾き飛ばされる。
延々とそれの繰り返し。守りたい場所から、ひたすら遠ざけることに特化したモンスター。
モンスターたちは魔王が生みだしたというのも、こんなへんてこなモンスターを見たら納得できそうだよ。
「危険はない。だけど、対策を考えないと先には進めなさそうだね……」
落ち着いた場所に追いやられ、ようやく腰を落ち着けて話ができる……。
何人かは尻をさすっている。気持ちはわかるとも。何度も弾かれて痛かったんだろうね……。
私はかろうじて無事だからいいが、やはりあのモンスターは嫌いだ。
「あの場所怪しいです」
「そうだねえ。あんなあからさまに守っているとなると、なにか重要な物があるか、あるいは場所自体が重要か。調べてみる価値はありそうだ」
今よりももっと魔王軍との戦争が激しかったころ、ラッシュガーディアンを何度も見てきた。
やつらは決まって、重要ななにかを守るために配置されていたからね。
あれが魔王の置き土産だというのなら、あいつが守っているフロアの先にはいったいなにがあるのか。
私たちの当面の課題は、あのラッシュガーディアン対策ということになりそうだ。
◇
「ラッシュガーディアン?」
「ええ。当たりモンスターです。まあ、みんなかわいくていい子なので当たりなんですけどね」
フィオナ様の言うことはとても共感できる。
なついてくれて、よく言うことを聞いてくれる。
そのため、巨大な虫だろうが、一見すると醜い小鬼だろうが、俺にとってはかわいいモンスターたちだ。
「ラッシュガーディアンはすごいですよ。どんな攻撃もバリアで弾き飛ばしてくれて、侵入者もそのバリアで弾き続けて入口まで戻してくれるのです」
すごいな、そのバリア。
しかし、入口まで弾き続けるとか、迷路の奥に設置したい。
バジリスクたちの毒から逃げて、ようやく迷路のゴールについたと思ったらラッシュガーディアン。
あれ、これいいじゃないか。
「迷路の出口に置きましょう」
「また、そんな怖いこと言ってるよ……」
「レイって、いじめっこの素質あるよね」
「レイくんのあれは無自覚な殺意だ」
おい。リグマ軍団。
アナンタにカーマルにリグマ本体よ。そんなに俺の提案はだめだというのか。
いや、落ち着け俺。あれは三人に見えて、実はリグマ一人じゃないか。
つまり、今のはあくまでもリグマ個人の意見ということだ。他のみんななら……。
「獣人ダンジョンの攻略者がいなくなりそうですが、よろしいのでしょうか?」
「レイは下手にバランスをいじらないほうがいいんじゃないかな~?」
プリミラとピルカヤという常識的な魔族たちもこの始末。
もうだめだ……。
「私は、効果的な配置でいいと思う」
「獣人たちならバリアを突破できないかもしれませんね。いえ……最終的に力づくでなんとかするような気が……」
「殺傷能力がないモンスターなのに、的確に殺戮につなげるのはさすがですね~」
ディキティスとイピレティスが褒める。それすなわち、やりすぎているということだ。
エピクレシは比較的常識寄りだが、俺の配置についての感想ではない。
つまり、俺の味方は俺と同じようにやばいやつだけということ。
うん、俺が悪かったよ。
「ダークエルフたちのダンジョンの適当な場所に置いとくか……」
「なにを守らせますか? 重要なアイテムや施設も、ラッシュガーディアンがいれば守れますし、最悪でも時間は稼げますよ?」
「空の宝箱と罠でもしかけておきましょうか?」
「それ、すごくいいと思いま~す!」
あ、これもだめか。そうかい。
イピレティスが目をキラキラと輝かせているってことは、きっと彼女好みの殺意に満ちたフロアになりかけていたんだろう。
「はあ……まあ、せめて罠のほうは、しょぼい罠だけにしておくか」
ダンジョン作り。難しい……。
あれ、そういえばリピアネムの発言がないな。
マギレマさんは今日もレストランが忙しく、テラペイアは常に治療室で待機しているからしかたないが、リピアネムはここにちゃんと集まっているのに。
「……」
「どうした? リピアネム」
「レイ殿。ラッシュガーディアンは、強固なバリアで攻撃を寄せ付けないと聞く」
「そうらしいな。俺もさっき知ったけど」
「私の力は、どの程度通用するだろうか……」
なるほど。そこが気になっていて考え込んでいたのか。
……試させてみるか。リピアネムも弱体化しているので、きっとそこまでひどい結果にはならないだろうし、耐久テストにもなる。
「やってみたら?」
「いいのか!?」
「まあ、耐久力は知っておきたいし」
「よし!」
リピアネムがラッシュガーディアンの前に行く。
ラッシュガーディアンに命令を与えると、たしかに魔力でバリアみたいなのが貼られた。
「はっ!」
「……」
一閃。
ラッシュガーディアンはバリアごと両断された。
「レイ殿……」
「うん。見ていた」
「だ、だが、たしかにバリアに触れた時点で押し返されるような感覚はあったぞ!」
「それを無理やり押さえつけて斬ったってことか」
「すまない……」
「いや、少なくともリピアネムレベルの攻撃は防げないとわかったし、過信はよくないと知れただけいいと思う」
それはそうと、かわいそうなラッシュガーディアンのことは再作成してあげよう。
「リピアネムさんって、力の制御できるようになってなかったっけ?」
「できてるぞ。現にラッシュガーディアン以外はなにも壊れていない」
「ほんとだ……つまり、力のすべてを敵だけにぶつけられるようになったってこと?」
「そうだな……。対象をより効率よく壊せるように進化した。それが止まらない怪物リピアネムだ……」
好き勝手言われている。
そうか。リピアネムはステータスこそ下がったものの、しっかりと成長しパワーアップしていたということか。
……拘束具がつけられることで強化される魔族ってなんだろう。
彼女がそれを解き放ったとき、一体どれほど強くなるのかが気になってしまった。
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