第124話 手のひらの中の蝶
「なにが起きているんだろうね」
「か、皆目見当もつきません……」
独り言のつもりが存外大きかったらしく、尋ねられたと勘違いした部下が頭を下げる。
かわいそうなことをしてしまったかと反省するも、それほどまでに不思議なことなのだから許してほしい。
「従来のソウルイーターよりも手ごわい」
「は、はい。あの頑丈な巨体の前には、武器も魔法も通じにくいので、本来ならこちらの攻撃を意に介さずに突撃してくるはずです」
そう。ソウルイーターの強みの一つはそこにある。
生半可な攻撃では、止めることすらできずに蹂躙されてしまう。
だから、生半可ではない高威力の攻撃をするか、毒や魔力欠乏や麻痺で徐々に弱らせるのが常套手段だ。
「ですが、あのソウルイーターは攻撃を受けるよりも避けるように立ち回っているように見えました」
自慢の外殻で受け止めるでもなく、巨体のくせに攻撃を回避することを選ぶか……。
「臆病な個体なのかねえ」
「モンスターが……でしょうか?」
「つまらない冗談だったみたいだね。忘れてくれ」
だけど、報告を聞く限りでは、まるで臆病な性格みたいじゃないか。
モンスターに、そんな個性や性格が芽生えるなど聞いたことはないが、そんな考えが思い浮かんでしまうのも仕方がないだろ?
「逃げ腰なうえ慎重すぎるのか、こちらの負傷者を深追いすることは決してないか……」
「改めてそれだけを聞くと、本当にそういう性格のようですね……」
「だが、モンスターだからねえ。古来から魔王の魔力で生み出され続けた、魔族以外を感情もなく攻撃するだけの存在だ。生物と言っていいかも疑わしい」
女神様のお言葉では、人類を脅かす魔族だけでなく、モンスターたちも魔王が原因ということらしい。
たしかに、戦にとって魔王や魔王軍に被害を与えると、新たなモンスターたちは長年誕生しなくなっていた。
魔王が傷を癒し、配下を回復させるために魔力を使うからだろう。
なんなら、戦いで魔王を動かしている間もモンスターは出現しない。
平時の魔王が使用しなかった余った魔力から生まれる。それがモンスターというもの。
だけど……そんな常識にとらわれていいものなのか。
モンスターは学ばない。生まれた時から自身の武器を理解していて、ただ愚直にそれを振るうだけ。
敵や状況に応じて戦法を変えることはなく、だからこそ知れば知るほどに対処方法もわかってきた。
そんな常識が通じないモンスターが現れないと、女神様は保証してくれるのかね? 違うだろう?
「一度。私もそのソウルイーターを観察しておきたい」
「な、なにをおっしゃるのですか!」
「実際に見てみないことには、正しい対処方法がわからないと思うんだ。なに、これでも昔は魔族相手に戦ったものさ。足手まといにはならないよ」
さて、ハーフリングほどではないが、私の勘も馬鹿にしたものではない。
そのソウルイーター。私たちが考えているほど危険じゃないと思うんだ。
だから、配下の者たちには悪いけれど、ここは無理にでも現場についていかせてもらうよ。
◇
ソウルイーターだ。それは間違いない。
しかし、連中の体はあんなにも大きかったか? だめだ。記憶に自信がない。最後に見たのは、もう何百年も昔のことだからね。
それにしても、本当に変わった個体だなあ。
「女王様! 危険です!」
今もそうだ。あの大きな体で、大きな口で、私たちなんか簡単に呑み込めるだろうに。
配下の攻撃を嫌がるかのように、攻撃から逃れるように、進路を急に変えて私に向かってきた。
女王だから狙われた? いや、見た限りでは攻撃を回避するためで、その先に私がたまたまいたというだけだね。
「このくらいかな?」
岩の魔法でソウルイーターの顔面、それとも口?
まあ、とにかく真正面を攻撃してやると、やはりソウルイーターは素早く私から離れていった。
概ね理解できた。やはり、必要以上に攻撃を受けないようにしている。
私たちの攻撃など、その気になればいくらでもその身で受けられるというのにだ。
「……凶暴ではないようだね」
「どこがですか! 油断してたら、今にも喰われますよ!?」
「でも喰われてないじゃないか」
「それは、必死ですからね!」
ダークエルフが必死になった程度で、これほどのソウルイーター相手に無傷ですむものかねえ?
まるで本気で殺す気はないかのようで、このダンジョンの試練を務めているかのようでさえある。
「試してみるか」
魔法で岩を作成する。それを飛ばして攻撃。
絶え間なく繰り返すことで、ソウルイーターに攻撃行動をとらせない。
「今のうちに奥に進むよ」
配下たちを先のフロアへと進めさせ、私は最後までソウルイーターをけん制してからそれに続いた。
うん、なんだかおかしいね。やっぱり、このソウルイーターは、魔王が侵入者をふるいにかけるための命令を出していたんじゃないかな?
だとしたら、奥に進むことで、かつての魔王の企てた何かと遭遇する可能性もあるか……。
本番はこれからなのかな? せいぜい、帰還のための魔力は残しておくとしよう。
◇
「おお、ついに奥に進んだぞ」
「せっかくのソウルイーターなのに、贅沢な使いかたしますよね~」
イピレティスの言いたいこともわかる。
だけど、せっかくのソウルイーターだから、できるだけ多くの侵入者に見せたいじゃないか。
それに、単なる自慢のためだけに置いているわけでもないぞ。
「ソウルイーターって、けっこう強いモンスターなんだろ?」
「ええ、ダークエルフたちの場合ですと、種族全体で挑んでも数人の犠牲は出せますよ。もっとも、それが一番被害が少ないので、毎回そうしているようですけど」
なるほど……エピクレシ、アンデッドだけでなくモンスターにも詳しいんだな。
いや、この様子だと他の種族たちにもある程度詳しそうだ。
「それだけ危険なソウルイーターが、案外簡単に犠牲もなく退けられると知ったら、今後の罠やモンスターへの危機感も鈍るかと思って」
「油断を誘ってから全力でつぶすというわけか……悪くない」
「全力出したらだめだって言ったんだろうが……リグマァ……こいつら、一緒にいたらだめだって……」
お、アナンタの泣き言が入ったということは、これはやりすぎか。
仕方ない。ソウルイーターの先のフロアの罠やモンスターを調整するか。
「なんで、ちょっと目を離した隙に致死性の罠が増えてんだよぉ~!!」
「魔力が余った」
「効果的な場所を思いついたのでな」
「楽しいじゃん」
「ダークエルフたちの性質を考えると、効率的なのはこうかと思いまして」
「リグマァ……俺もう無理だよぉ~……」
失礼な。ちゃんと調整するって言ってるじゃないか。
あ、アナンタの後ろにいるリグマと目が合った。
人差し指を一本立てて口元にあてて、アナンタに気づかれないようにこっそりと去っていったな。
しょうがない。それじゃあ、この後もアナンタ監修でダンジョンを調整していこうか。
それが終わったら、余った魔力は他のダンジョンのモンスターにも注いでみるか?
◇
ご主人様に新しい指示を受けた。
この大きな部屋を定期的に徘徊しろという指示はそのまま。新しく細かな指示が追加された。
普通のモンスターであれば、そんな複雑な指示は処理しきれない。
つまり、これはご主人様が私ならば、そこまでできると信じてくれているということ。
私、賢いからね。ご主人様に信用してもらえたことだし、がんばらなきゃ。
ダークエルフたちが侵入する。
ほどほどに攻撃や威嚇を行いつつも、日に二人までしか食べないこと。
できれば、今はまだ一人も食べないこと。
大丈夫。ご主人様から魔力をもらってから、おなかはすいてないから。
ダークエルフを食べなくたって、私はぜんぜん平気。賢いからね。
なので、徹底的に攻撃を加減してみた。
すると、ダークエルフたちは、徐々にこちらにも反撃をしてくるようになる。
ここで最優先の指示を守るように動く。
ありがたいことに、私の身が最優先と言ってもらえた。
なので、本来なら体で受け止めていた攻撃も、少しでも怪しいものはすべて避けることにした。
ある日、ダークエルフの女王とやらがやってきた。
これが女王かあ。私のご主人様のご主人様である魔王様とは比べるのも失礼だね。
……なんか、なんか顔に岩ばっかりぶつけてくるんだけど!?
なにこいつ! もういいから、さっさと先に進んでくれない!?
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