第123話 魔王ですから

「なんか、いつも以上になついてくれてる気がする」


 巨大なワームのようなモンスターが体にまとわりつく。

 それは、以前であれば気色が悪いと思えていたかもしれない。

 だけど、こうもなついてくれると、やはりかわいく見えてしまうんだよなあ……。

 ダンジョンクロウラーで慣れたおかげか?


「ソウルイーターが、すっかりなつくとは。さすがはレイ様ですね」


「一見すると、捕食寸前の光景に見えそうだけどな」


 それにしても、いつにも増してモンスターが懐いている気がする。

 これも魔力を与えたことによる副作用だろうか?


「いやいやいやいや……違う。そうじゃないだろぉ……。レイ、なにしたんだよ。俺が見てない間になにしたんだよぉ!」


「なにって……モンスターの強化なんだけど、まずかったか?」


「どう見てもやばい個体になってんじゃねえかよお……絶対にダンジョンで本気出させるなよ?」


「え~……」


 せっかくいい子になったのに、せっかく強くなったのに。

 試したいなあ……。


「返事しろってぇ!」


「は~い……」


 あ、ソウルイーターが、アナンタのお説教から俺を守るように巻き付いた。

 うん。嬉しいんだけど、アナンタ悪くないだろうし、これじゃあ前が見えない。

 しかし、なんでこんなに懐いてくれるようになったんだろう……。

 ふと気になったので、エピクレシに確認をとってみた。


「やけにソウルイーターが懐いてくれるんだけど、魔力を与えたから?」


「いえ……そのような効果はないはずなんですけど……」


 そうなのか。それじゃあ、この子が特別人懐っこい個体だった?

 ……うん。わかったから、ちょっと落ち着いてくれ。


「ちょっと話しにくいから、巻き付くのやめようか」


「――――!」


 頭を垂れるようにした姿は、まるでこちらの言葉に頷いたようだ。

 というか、こくこくと頷いてるよな?

 しっかりと、こちらを解放してくれたし、絶対に俺の言葉を理解している。


「…………モンスターの中でも、とくに敵を攻撃といいますか、捕食する以外に興味がないソウルイーターが、こんなにも……」


 なんかもう犬だもんな。

 骨とか投げたらとってきてくれそう……。


「そういえば、エピクレシに渡した骨って、使い道ありそうか?」


「当然ですとも! あのような希少なアイテムを賜ったのですから、最高傑作のアンデッドを作成できなくては、向ける顔がありません!」


 ……危なかった。

 骨だし、マギレマさんの足にあげようとしていたぞ。

 そんな光景を見たら、エピクレシが卒倒していたかもしれない。


「そ、そっか……まあ、あまり重く考えずに、好きに使ってくれ」


「あれほどの希少な素材をそのように……ええ、このエピクレシ。レイ様の期待に必ずや応えるといたしましょう!」


    ◇


 誤魔化すように笑いながら、俺はエピクレシの熱意から逃げるように退室した。

 これはまずい。何も知らずに渡していいアイテムじゃなかった。

 せめて、あれがどんなものかを誰かに聞かないと。


「エピクレシ喜んでましたね~」


「イピレティスは、あの骨のこと知ってるか?」


「さあ? 僕、殺した後のことあんまり興味ないんで~」


 実にイピレティスらしい答えが返ってきた。

 まあ、一応聞いてみたというだけだ。


「あ、ピルカヤ様。ピルカヤ様に聞いてみたらどうですか? ピルカヤ様~!」


 ふわふわと浮遊しながら移動するピルカヤを発見し、イピレティスが呼び止める。

 のんびりと移動している姿を見るに、監視中に異変は起こっていないみたいだな。


「あれ、イピレティス。なんか用かい?」


「レイ様が、ピルカヤ様に聞きたいことがあるみたいですよ~」


 こうやって見ると、なんかちびっこ同士がわちゃわちゃしてるようだ。

 微笑ましい光景に見えるが、どちらも魔王軍でも特に容赦なく敵を屠るやつらなんだよなあ。


「なんか、自分のことを棚に上げた考えをされた気がする」


「どんな考えだよ」


「まあいいや。それで、聞きたいことって?」


「なんか変な骨が宝箱から出てきたからエピクレシにあげたんだけど、どんなアイテムだったのかなって」


 なんだっけ、あのアイテムの名前はたしか……。


「さすがに、それだけじゃわかんないよ……もっと、特徴とかないの?」


「ええと……紫色に光ってて、水晶みたいなのに入ってた」


 アンデッド系の強化アイテムとして有名なんだろか。

 同じく強化アイテムで強くなったピルカヤなら、そのあたりも知っているかもしれないな。


「紫……水晶……」


 ピルカヤは顎に指を添えて、何かを思い出すように虚空を見つめ、物思いにふける。

 やっぱり心当たりがありそうだ。


「涙晶の霊骨?」


「ああ、それだ。たしか、そんな名前だった」


「なるほどねえ。エピクレシ喜んだでしょ」


「なんか、忠誠を誓いそうな勢いで、若干気圧された」


「だって、それアンデッドを強化したり、触媒にできる最上級のアイテムだもん」


 あの様子から、薄々すごい物かもと思ったが、やっぱりけっこういい物だったようだ。

 俺じゃ使い道はないし、エピクレシの役に立つようならなによりだ。


「そっか~。エピクレシに涙晶の霊骨をねえ……。きっと、すごいアンデッド作ると思うよ」


「楽しみにしておくよ。ちなみに、その骨ってどういうものなんだ?」


「たしか……死者の苦しみが結晶化した水晶の中にある骨が、アンデッドの力として強化されたとかだったかな」


 わりと物騒な出自のアイテムだった。

 いろんな意味で、マギレマさんの足にあげなくてよかった。


 苦しみが結晶化するというのなら、ガシャを回したフィオナ様の近くに骨を置いておけば、結晶化してくれるんじゃないか?

 魔王の苦しみならば、死者の苦しみより効果が高そうだ。


「また変なこと考えてない?」


「フィオナ様がガシャを回すときに、近くに骨を置いてみようかと」


「いくら魔王様でも、そんな手軽に最上級のアイテムを作れないよ……」


 だめか。やっぱりこの手のアイテムも、宝箱から入手するしかないな。


    ◇


「で、できました! 私の最高傑作です!」


 後日、エピクレシが疲れ果てた様子で、しかし嬉しそうに俺に報告しにきてくれた。

 俺の横でごろごろしていたフィオナ様も、ちょうどいいので連れていくことにすると、そこにはなんだか強そうなアンデッドが……。


「これこそが、私の最高傑作、ノーライフキングです!」


 聞いたことある名前だな。

 不死者の王とかだっけ? つまりアンデッドの王。

 でも、アンデッドたちの主はエピクレシなので、王とはいえ二番目に偉いという存在なのか。

 そういえば、あのスケルトンキングも、王だけど序列はそこまででもなさそうだし、いまさらか?


 目の前にたたずむ骸骨と幽霊が合体したような巨大なアンデッドは、俺たちを前に礼儀正しくひざまずいた。


「お会いできて光栄です。魔王様。そして、我が父よ」


 ……立派な子供ができました。

 いや、なんで? あれか? あの骨を宝箱から入手したのが俺だからか?


「慕ってくれるのはありがたいんだけど、俺が父親だと作成者であるエピクレシに申し訳ないし、別の呼び方を」


「はい。エピクレシ様は、我が母です」


「待ちなさい」


 ノーライフキングの言葉に、俺がつっこみを入れるよりも早く、フィオナ様の声がやけに恐ろしく響き渡った。

 え、なんで怒ってるんだ? もしかして、エピクレシのやつがなにかしでかした?

 みんな自然と、姿勢を正して魔王様に失礼がないようにと、その場で固まってしまった。


「エピクレシ」


「は、はい!」


「これは……どういうことですか?」


「わ、私はそんなつもりでは……教育が行き届いておらず、申し訳ございません!」


「あなたは、私に宣戦布告をするのですか?」


「め、滅相もございません! ノーライフキング! 呼称の変更を要求します!」


「し、失礼いたしました……魔王様。レイ様」


 まあ、そろそろ俺もレイ様って呼ばれ方に慣れたし、そっちのほうがわかりやすいな。


「これは、私のです」


 フィオナ様が、俺を抱き寄せて所有権を主張してきた。

 いや、そうなんだけどね? そんなアピールをしなくても、俺もエピクレシもわかってる……。

 ああ、そうか。新参者のノーライフキングに、俺の所有権を説明しているわけか。

 なんか、肩を抱く手にやたらと力が入っているけど、真面目に説明中だから水を差すのはやめよう。


「レイは私のものです。わかりましたね?」


「は、はいっ!!」


「いちいち宣言しなくても、俺は最初からフィオナ様のものなんですけどねえ……」


「そうでしょう! よくわかっています! レイはいい子ですね」


 相変わらず、魔王らしい姿が数秒しかもたない。

 限界を迎えたらしいフィオナ様は、俺の頭をひたすら撫で続けるが、すでにポンコツモードに戻ってしまっていた。


    ◇


「エピクレシ様……」


「あれが魔王様です。わかりますね? 不興を買ってはいけませんよ?」


「申し訳ありません……」


「魔王様……以前とは変わられたと思っていましたが、場合によっては以前より怖くなってたんですね……」

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