第117話 グリム童話よりも暗い森より
エルフが住まう森。
自然を多く残したその場所は、過度に人の手を入れずに自然そのものを残している。
エルフ以外の種族にとっては、手入れをしていない森との違いもわからないだろう。
そんな森には、エルフ以外の種族も住んでおり、彼女たちもそのうちのひとつ。
エルフと対立関係にあたる、ダークエルフと呼ばれる種族であった。
「転生者を得たことで、今後やつらの力は私たちを上回ってしまう」
「さすがに魔王が生き延びている今の世の中で、私たちと事を構えるほど愚かではないと思うけれど、魔王を倒した後の世では話が変わってくるわね」
「転生者をこちらでも確保できれば、一番いいんですけどねえ」
「無理よ。あいつらのところも、運よく一人だけエルフに転生した男を、自分好みの賢者に育てようとしているみたいだし」
エルフとダークエルフは対立関係にある。
自然の中で生きるという点においては同じだが、自然を信仰するエルフと違い、ダークエルフたちは自然を制御する。
ともに自然の力を扱うという結果にもかかわらず、両者が相いれないのはそのためだ。
「困ったねえ。私たちのところにも、自然を支配する力を持った転生者でも現れてくれないものか」
「女王様。そうなれば、あのエルフたちと決着をつけられますね」
「冗談さ。そんな大いなる力を持った転生者現れっこない。いや、力は有していても、使いこなせるはずないさ。元々そんなものとは無縁の世界で生きていたのだから」
女王は、わかりきったことだと笑った。
ここにいるダークエルフたちとて、長い時を生きている。
しかし、そんな彼女たちが産まれる前から女王である彼女にとっては、他のダークエルフたちでさえまだまだ若い。
それほどまでに歳月を歩んできたこの女王でさえ、強大なる力を完全に扱える転生者など見たことはなかった。
「いっそのこと、転生者ではなく私たちに力を授けてくれたらいいのさ。女神様はね」
「ええ、そうすれば、きっと転生者とは比べ物にならない戦力になれます」
「実験で改造する。とことんまでに実戦経験を積ませる。悠久の時の中でじっくりと育成する。どの種族も、なんとかして転生者を強化しようとしているが、まあ、なかなかうまくいかないようだ」
「力を制御させるべき転生者がいる時点で、うらやましいですけどね」
「まったくだ。さて、確保もできていない転生者のことは話しても仕方ないだろう。それよりは、目先の問題に取り組もうじゃないか」
あるいは、エルフの森ではなくダークエルフの森に、転生者が現れていたらと思わなくはない。
しかし、残念ながらそうならなかった。転生者はエルフたちの下へ行ってしまい、自分たちには縁のない存在となった。
そんなものよりも、気を回さなければならない問題が優先される。
「土砂崩れが起きたって?」
「ええ、幸い負傷者はおらず、すでに事態は収まっているのですが……」
「崩れた先に、空洞が発見されました。活動しているモンスターもです」
「困ったねえ……。さすがは魔の者たちだ。周囲の魔力で生きながらえるせいか、何年もしぶとく生き続ける」
未発見の空洞が見つかったこと自体は、むしろ喜ばしい。
しかし、内部にモンスターが生息するとなると話は別だ。
今日に至るまで閉ざされていた空間にモンスターがいるということは、以前はその場所への入口があったのだろう。
そして、そこが塞がり閉じ込められて、なお生きているというのは、それだけ生命力が高いか魔力に満ちた場所か。
上手く管理できれば、ダークエルフたちにとっても有益ではある。
魔力が潤沢な地というのは、それだけで彼女たちにとっては力となるからだ。
それはモンスターたちも同じことが言える。
無理をして空洞を支配下におくべきか、下手に刺激せずに様子を見るべきか。
「……保守的な考えだけでは、何千年かけようが変化は訪れないか」
これまでも、ハイリスクハイリターンな選択はいくつもあった。
そのたびに、リスクを避ける行動をとってきたが、そうして積み重ねた結果、いまだにエルフたちとの力関係は変化がない。
だというのに、向こうは転生者という新たな力が加わってしまった。
ならば、ここで自分たちも危険を冒してでも、新たな試みが必要であろう。
「調査してみようか。私たちも、これまでと同じままではいけないようだからね」
こうして、ダークエルフたちは、発見した空洞の調査を本格的に行うこととなった。
◇
「魔力は、私たちの森と比べてもかなり潤沢なようね……」
自然とともに生きるエルフとダークエルフ。
彼ら彼女らは、そうすることで他の場所よりも魔力が豊富な生活を送り、魔力の操作に長けた種族となった。
そんな自分たちが暮らしていた場所以上に、この洞窟の中は魔力で満ち溢れている。
誰もが期待した。この場所を押さえることができれば、自分たちの強化につながることは間違いないと。
「期待はできるが、その反面、問題も大きそうだな」
ダークエルフの男の言葉に誰もが同意する。
自分たちが喜ぶほどの魔力に満ちた場所。
それすなわち、モンスターたちも、その分強化されている場所ということに他ならない。
「言っているそばから、さっそく来たみたいよ」
「ミストウルフの群れか……聞いていたとおりだな」
ダークエルフたちの前に現れたのは、灰色の狼の群れ。
ただの狼ではなく、それらはれっきとしたモンスター。
大きな体だけではなく、その狼たちにはもう一つの特徴があった。
「ああ、面倒な相手だな!」
その名前につけられたとおり、ミストウルフたちは魔力で濃霧を発生させた。
すでに視界は遮られ、敵どころか仲間の位置さえもおぼろげになってしまう。
同士討ちと敵の強襲を避けるために、ダークエルフたちはすぐさま魔力による索敵を行った。
「魔力がいつも以上に濃い! しっかりと相手の魔力を感知して!」
しかし、この場所は彼らが普段体験しているよりも魔力が濃い。
そのため、集中しないと各々の魔力の反応を感知することができなかった。
なんとか狼と味方の位置を感知しつつ、ダークエルフたちはミストウルフ相手に立ち回る。
群れで連携し、霧でかく乱しながら攻撃してくるモンスターたちは、厄介な相手ではある。
しかし、ダークエルフたちも森で生きる以上は、狼の群れの相手など慣れていた。
それどころか、ミストウルフの群れと戦い、勝利したことだって数えきれないほどだ。
「よし! ちょっと集中力はいるが、慣れてきたぞ!」
魔法主体のダークエルフたちだが、中には戦士として武器を振るう者たちもいる。
前衛が無理せず狼たちを退かせ、後衛の強力な魔法で狼たちは徐々に数を減らしていく。
あと少し。霧が発生する前に見た狼の数からすると、狼たちはもう少しで倒しきれるはずだ。
そのわずかな油断が生じた時、まるでそれを狙っていたかのように足元に痛みが走る。
慌てて武器を足元に向けると、そこには黒い蛇が牙を突き立てており、その首は先ほどの武器の一振りで切断されている。
不意を突かれて攻撃を許したものの、すぐにモンスターを殺すことはできた。
だが、彼は浮かない顔をしており、顔色はどんどん悪くなっていく。
「くそっ…………こいつら」
「シャドウスネーク……」
「うそでしょ? ミストウルフと共闘したっていうの?」
本来ならば、ミストウルフとシャドウスネークは協力して戦うことはない。
だが、今回は自分たちを相手に、それらのモンスターが共闘して襲いかかってきた。
おそらく、この洞窟への侵入者である自分たちの排除こそ、このモンスターたちの最優先事項なのだろう。
だからこそ、普段は敵同士であるモンスターたちが共闘した。
そう結論づけたダークエルフたちは、すぐに撤退の準備をする。
「悪い……回復はしてもらったが……しばらくは体が動かしづらい」
シャドウスネーク。その牙には強力な麻痺毒があり、噛みつかれた場合は大型のモンスターさえも動きを止められる。
ダークエルフの男は、常備していた解毒薬ですぐに回復したものの、体の鈍さは回復できず、このままでは足手まといになると判断した。
それを見ていた仲間たちも、ダークエルフの男と同じ考えであり、調査隊は速やかに撤退へと移る。
「霧の中からシャドウスネークが襲ってくるなんて、恐ろしいな……」
「ええ、影から現れるだけでも厄介だというのに、霧のせいで攻撃の瞬間までわからなかったわ」
「今回は、俺たちという共通の敵がいたから共闘したんだろうが、あいつらが常に共存関係にあるモンスターじゃなくてよかった……」
「そうなっていたら、それぞれの群れを相手にするよりもずっと厄介だったでしょうね」
今回は特例だ。
下手に刺激してしまった自分たちが悪かった。
だから、その情報を持ち帰り、次はもっとうまくやろう。
ダークエルフの調査隊は、そうして反省するとともに、女王の下へと向かうのだった。
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