第116話 数百年前の面影と目が合った
「ディキティスさん。こんにちは」
「……側近殿か」
リピアネムをマギレマさんに預けてきた帰り道。
一人で歩いているディキティスさんを見かけたので挨拶をする。
無視はされないが、複雑そうな表情を浮かべられてしまうので、やはり俺のことをよく思っていないのだろう。
正直なところ理解できる。
むしろ、これまで蘇生してきた魔族たちが、誰も彼も俺をすんなりと受け入れすぎていた。
ステータスの低い雑魚魔族。たまたま、ひとりぼっちのフィオナ様に取り入ったことで、なんか上の役職みたいになっているだけのやつ。
昔からフィオナ様に仕えていた魔族たちは、もっと俺に不満を言う権利がある。
「その口調……」
「はい?」
「エピクレシ、イピレティス、テラペイア。連中に対する口調と同じで構わない」
これは、彼なりに歩み寄ってくれているんだろうか?
まあ、こう言われて遠慮する俺じゃないし、これからは敬語はやめよう。
フィオナ様とマギレマさん以外は、そういう話し方で落ち着いたな。
「じゃあ、今度からはそうさせてもらうよ」
「それだけだ……」
本当にそれだけだったらしく、ディキティスはすでに道を進もうとしている。
あれ、ここから多少なりとも雑談でもする流れじゃないのか?
「あ、ええと……」
「なにか?」
ええい、知ったことか。
もう面倒だから単刀直入に聞いてやる。
「やっぱり、俺みたいな下っ端がフィオナ様の側近というのは、気に入らない?」
「…………あなたは、魔王様の側近をすべきではない」
「やっぱりそうかあ……」
まあ、もやもやした気分でいるよりは、こうしてはっきりと言ってもらった方がいいな。
さて、問題は今後だ。今はなんか、みんなが俺をフィオナ様の側近みたいに見ている。
だけど、今後魔王軍が復活していくにつれて、ディキティスのような意見の者だって増えていくだろう。
俺なんかのために、意見の衝突で魔王軍に不和が発生するのは望ましくない。
よし、決めた。フィオナ様に側近じゃありませんって言ってこよう。
◇
「今日はよろしく」
「…………ああ」
残念ながら、フィオナ様は俺を側近として扱いたいらしい。
昨日、自分の考えを伝えると、それなら一緒にダンジョン作りをして、仕事を認めてもらえばいいなんて言ってきた。
なので、今日はこうしてディキティスと二人で、前々からやろうと考えていた、新たなダンジョン作りに励むということだ。
「凶悪なダンジョン期待してま~す」
俺についてくるイピレティスがありがたい。
彼女がいれば、静まり返った状況で作業せずにすむだろうからな。
……いや、黙々とこなすなら、そのほうがいいかもしれない。
案外、俺とディキティスだけでも上手くやれた可能性があるな。
「それじゃあ、部屋と道から決めていこうか」
「……どの種族を標的に?」
「エルフ」
「蘇生するまでの事情は聞いているが、エルフの転生者が危険らしいな」
ジノのことだな。あいつはたしかに面倒な存在となっている。
だが、あいつ自身が知識があるうえ、慎重に行動しているようなので、罠にかけるのも難しい。
そして、あいつの力は転生者の力を強化できる。つまり、ジェルミの野郎のように、ダンジョンに危害を加えることも可能かもしれない。
「厄介な相手で慎重で、こちらにないアドバンテージまであるみたいなんだ」
「半端に手出しするのは危険だ」
事情を聞いただけのディキティスも、俺と同じ考えのようだ。
やっぱり、今の段階で確実にジノを倒すのは難しそうだ。
リピアネムをエルフの国に送り込めば、国松と勇者が来る前になんとかなりそうではある。
だけど、その結果こちらの存在がばれてしまうので、それは最後の手段だな。
「俺としても、まだエルフたちの相手はしたくないかな」
「……だが、先ほどエルフを狙うと言っていたぞ」
「だから、ダークエルフの集落のほうを狙うことにした」
「なるほどな……」
否定ではなく納得だったので、恐らく俺の案は今のところ問題ないのだろう。
ダークエルフ。エルフと対立している、もう一つのエルフたちとでもいえばいいのだろうか。
根っこは同じらしいが、今では肌の色よりもその性格や文化のほうがまるで異なるようだ。
そのため、エルフとダークエルフは互いに不可侵でいるらしい。
フィオナ様という脅威がいるから、どこも対立はしつつも冷戦みたいになっているんだろうな。
カールたちドワーフも、エルフは好きじゃないらしいし、エルフのやつらは案外敵が多そうだ。
「場所はピルカヤが調べてくれたし、いつも通りこそこそとダンジョンを作ってから、最後に入口を作る予定だ」
「……異論はない」
「レイ様なら、ダークエルフたちなんて絶滅させられますね」
「やりすぎて目立つと、こちらがフィオナ様以外ほぼ全滅してるという勘違いが払拭されちゃうからな。それに、侵入者が次からこなくなるし、ほどほどが一番いい」
「え~……そんな、まともな魔族みたいなことを」
「まともなつもりなんだけど……」
やっぱり、元が人間だとだめか?
一般の魔族的思考は、俺には無理だと言いたいのか?
やってやろうじゃないか。ディキティスもイピレティスも認めるダンジョンを作ってやる。
◇
「こんなところかな」
「…………これは、あまりにも」
「っふ! ふふっ……」
呆れるディキティス。笑いをこらえるイピレティス。
うん。わかるよ。たぶん、俺は失敗したんだ。
ちくしょう。そういえば、今回はいつも一緒にダンジョンを考えてくれているプリミラがいない。
彼女の監修なくては、俺はダンジョンひとつまともに作れないっていうのかよ。
「こ、壊すか」
「だ、だめですよ~! 魔力がもったいない」
「壊すほどでは……ないだろう。立派なダンジョンではある」
気を遣われている。
……あれだ。当初は、俺を敬遠しがちなディキティスとの親睦を深めるのが目的だったはずだろ。
だから、これはもう成功ということでいいだろ。
たとえそれが、こちらがだめすぎて気を遣わざるを得なかったとしてもだ。
「……魔王様や、四天王の方々にも見てもらうべきでは?」
「採点してもらうか~……」
さすがに、これでゴーサインは出なかった。
先生たちの採点と添削を以て、このダンジョンは完成ということになりそうだな。
いかん。このままでは、ディキティスにとって俺が残念な魔族でしかない。
間違ってはいないけれど、憐みの目を向けられたくはないし、もっとなにかアピールできないだろうか……。
「あ、そうだ。ディキティスは軍団の司令官だったよな」
「いかにも」
「今は部下一人もいないけどね~。エピクレシにアンデッド借りちゃえば?」
「それならば、彼女が率いたほうがいいだろう。アンデッドの軍勢であるならば、俺は彼女の下位互換にしかならない」
たしかに、エピクレシは一人で軍団と呼べる戦力とかいうとんでもない魔族だ。
彼女は彼女で、ディキティスという個人の強さが自身より上なので、軍団同士で戦っても負けると言っていた。
しかし、率いるのがどちらもアンデッドの場合は、彼女に軍配が上がるようだな。
そして、それならば都合がいい。
「なら、ダンジョンに配置していないモンスターを率いてみるのはどうだ?」
「モンスター……? 俺の指示を聞くとは思えないが」
「モンスターって本能のままに襲うだけだから、敵味方の判断がやっとじゃないですか~? 軍として率いるのは、さすがに難しいような……」
「うちのゴブリンたち、侵入者にやられたふりするくらいには賢いから、たぶん大丈夫」
というか、もはやあいつらは自我とか芽生えてる。
絶対本能のままに生きていないぞ。
ゴブリンに限らず、あらゆるモンスターたちにそんな傾向がある気がする。
バジリスクとか、どんどん迷路の使いかたうまくなっているしな。
「まあ、とりあえずモンスターたちと会ってみて判断してくれ。だめそうなら遠慮なく言ってくれたらいいし」
そう言って、ディキティスをモンスターたちの待機所へと連れて行った。
……ほら、絶対自我あるって。
めちゃくちゃくつろいでいたし、俺が入ってきたとたんに姿勢を正してたじゃないか。
「たしかに……これならば、指示も聞きそうだな」
◇
モンスターだらけの部屋に私を置いて、側近殿が去っていく。
先のダンジョンといい、このおかしなモンスターたちといい、ただものではない。
それゆえに、出会ったときの印象が間違いではないと思ってしまう。
「やはり、彼は……」
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