第108話 ご注文はtrapですか?
「おや、レイ様。それにイピレティス。こんにちは」
「こんにちは。エピクレシ」
ダンジョンの侵入者も落ち着いたので、ぶらぶらと歩いていると向こうから魔族が歩いてきた。
眠そうな目でふらふらと歩いてきたのは、エピクレシだ。
ヴァンパイアというだけあって、夜行性の種族だからかもしれないな。
「ふむふむ……」
「なんかありましたか?」
「おや? 私はイピレティスと同じく、敬語なんていりませんよ」
なんかじろじろと見てきたので、思わず敬語で尋ねるとそう言われてしまった。
まあ、本人が良いというのなら、今後はそうさせてもらおう。
魔王軍の魔族たちも大体そうだし、その手の切り替えにも慣れてきた。
「じゃあ、そうさせてもらう。それで、なんかあった? ずいぶんと熱心にこっちを見ていた気がするけど」
「イピレティスがここまで懐くとは……もしかして、レイ様って危険な方ですか?」
「安全な方だよ……。魔王軍最弱だと思うぞ、俺」
嫌味か。ステータス60~80代め。
俺が太刀打ちできるステータスなんて、魔力しかないぞ。
その魔力だって、俺は魔法とかに使えないから、それすら太刀打ちできないけどな。
「レイ様すっごいよ~。ずっと敵に容赦ないって信用できる」
「なるほど、敵にすると怖いタイプでしたか」
俺の評価がおかしなことになっている。
まあ、まだ蘇生して数日……。勘違いは今後正していけばいいだろう。
「でも、よかったです」
「え、なにが?」
この会話の流れだと、勘違いとはいえ俺が怖いというのがよかったということになる。
魔王軍としては、フィオナ様の側近を務めるのなら、頼りないやつより怖いやつのほうが安心できるのかもしれない。
…………俺、側近じゃないけどな!
「レイ様が死んでしまっては、蘇生薬の研究ができませんので」
「なんで死ぬ前提なんだよ……」
「そこは、ほら。イピレティスが……気に入らない主人なら殺すかなあ、なんて思いまして」
え、この子そんな危険な子なの……?
イピレティスのほうを見ると、彼女は笑顔のまま否定する。
「そんなわけないじゃないですか~。僕は魔王様の配下なんですから、あの方を裏切るような真似はしません」
「だよなあ」
よかった。俺なんか認めてもらうのは無理だろうからな。
どうやら、あのやけに褒めてくれる態度は、フィオナ様への忠義のあらわれだったようだ。
「まあ、それはそれとしてレイ様のこと、ものすご~く気に入っていますけどね」
「ああ、はいはい。それはどうも」
「え~……流してませんか~?」
「いやあ、リップサービスかなと思ってしまうので……」
「本心なんですけど~」
さすがに、数日の付き合いで、そこまで認められてもらえるとは思っていない。
いつか、本心から認めてもらえるようにがんばるか。
「本心なんですけど~」
「ひっつくな」
なんだこの力。無理やり引きはがそうとしたら、くっついてるように離れないぞ。
さすがは元魔王の側近……。そういえば、筋力が80くらいあったっけ……。
「おや、楽しそうですね」
この声は、フィオナ様だ。
ちょうどよかった。俺の代わりにイピレティスをなんとかしてもらおう。
「魔王様。お疲れ様です」
ほら見ろ。エピクレシなんて、すぐに平伏しているぞ。
……そういえば、四天王はともかく、俺はああいうこと一回もしてないな。
いいんだろうか? 新参者だし、俺こそああいう態度をとるべきでは?
「そこまでする必要はありませんよ、エピクレシ。イピレティスを少し見習って……いえ、それだと元気すぎますね」
「ええ、無理です」
イピレティスが増えても困るしな。
まあ、フィオナ様もお堅いのが苦手っぽいし、俺も今までどおり接することとしよう。
というわけで、今は腹にひっついてるウサギが問題だ。
「フィオナ様。これ、なんとかしてください」
「あ、ずるい! 魔王様に頼るのはずるですよ!」
「イピレティス。レイを困らせたらだめですよ」
「は~い……」
さすがは魔王。イピレティスがすぐに離れていった。
「ですが、さっそく仲良くなったようでなによりです」
「いや~、レイ様すごいですね~。魔王様、よく優秀な人材を発掘しましたね」
「ふふふふふ……なんと、向こうからやってきたのです。私の運は…………あれ? そこで使い果たしましたか?」
いや、蘇生薬ガシャの失敗を俺のせいにされても困る。
ならば、フィオナ様の運が最初から尽きていたのだろう。
「あれ~、みんな集まって楽しそうだね~」
「うわっ!」
イピレティスとはまた別に、今度は勢いよく腹に柔らかいものが突っ込んできた。
そして、顔をやたらとぺろぺろと舐められる……。これは、マギレマさんの犬たちだな。
「ああ、こらこら。ごめんね~レイくん。この子たち、レイくんのこと気に入ったみたいでさ~」
「マギレマ! レイにそんなことしてはいけません!」
「あはは、ごめんなさ~い。ほら、レイくんが迷惑してるよ。離れなさい」
よかった。フィオナ様がすぐに注意してくれたので、俺の顔が唾液まみれにならずにすんだ。
「もう、油断してるとこうなんですから。だめですよマギレマ。レイは私のなんですから」
「は~い。この子たちにも注意しておきますね~」
「……私のですからね?」
「わかってますってば~」
さすがはフィオナ様。相変わらず独占欲がすごい。
そんなに真剣に注意しなくても、マギレマさんは俺をとったりしないし、俺はフィオナ様のものなんだけどな。
「ほほう……レイ様。魔王様に愛されていますね」
「まあ、お気に入り程度には……」
玩具とか道具とかペット程度にはな。
フィオナ様子供っぽいところがあるし、俺という便利道具を自慢したいお年頃なんだろう。
「ええ、マギレマに危機感を覚える程度にはお気に入りようですね。すごいことです」
「マギレマさん、人の持ち物とるような魔族じゃないって、フィオナ様もわかっているだろうになあ……」
そうして、なぜかフィオナ様に回収されるように、マギレマさんはどこかへ行ってしまった。
犬たちよ。そんな落ち込んだ様子でこっちを見ても無理だ。俺には助けることはできないぞ。
「それでは、行きますか」
「え、どこに?」
再び俺たち三人だけとなり、そろそろダンジョンを見回ろうかと思うと、エピクレシがそんなことを言う。
なにか約束していたっけ? いや、覚えがないな……。
「蘇生薬を生み出す力の研究です!」
やけに高揚した様子でそんなことを言われるが、ちょっと期待が重いかなあ……。
蘇生薬はすべて使用したので、研究と言われても現物が手元にない。
また引き当てる? 前回のような偶然はそうそう起こらないだろうし、そもそも一緒に回さないとフィオナ様が泣きそうだ。
「なにも、そう簡単に作れるとは思っていません。ですので、お話を色々聞かせてもらいたいのです」
「まあ、そういうことなら……」
かまいはしないけど、こんなに楽しそうにしているエピクレシの期待に応えられるだろうか……。
肩透かしにならないようにしないと。そう思いながら俺はイピレティスとともに、エピクレシの部屋についていった。
◇
「レイは私のなんですけど~」
「あ、あはは、ごめんなさい。魔王様が面白くて、つい」
「本当にそれだけですか?」
「そ、それだけですってば」
「レイが、あなたの足をかわいがるのが、本当は嬉しいんじゃないですか?」
「ち、違いますって」
「レイが、あなたのことを綺麗で料理上手で優しいお姉さんだと思っているのが、本当は嬉しいんじゃないですか?」
「そ、そんなこと思ってくれていたんですか……」
「あ~! だめですからね! レイは私のですから!」
「だ、だから、わかってるって言ってるじゃないですか! そ、そうだ! そんなこと言ったら、イピレティスだって、レイくんに抱きついてましたよ」
「イピレティスは、別にいいじゃないですか」
「……はい。私も言ってる途中で、無理があるなと思いました」
◆
『ごめんなさ~い。僕が強すぎて』
「くっそ~! でもかわいいから許す!」
メイド服を着た小柄なうさ耳の魔族。
それは、プレイヤーである彼の好みだったためか、手痛い敗北にも怒りはなかった。
『それで本気~? 僕、全然満足してないんだけど~』
「ああ、もう! 満足させてやろうじゃねえか!」
敗北し続けることで、イピレティスの動きにも徐々に対応できていく。
そして、あと少しで敗北することで、いくら見た目が気に入った敵であろうとも、さすがにストレスが溜まってくる。
『くっそ……よくも』
何時間かかったか、彼はついにイピレティスの撃退に成功する。
勝利した喜びに浸ろうとした彼らだが、ムービーが流れたことでそちらに意識が向いた。
「え、サービスショット!?」
「このゲームでは珍しいな……そんなのあったのか」
操作キャラの武器がイピレティスを切り裂く。
しかし、イピレティスはそれをぎりぎりで回避し、代わりに身につけていたメイド服の胸元が切り裂かれた。
当然、胸部があらわになるのだが、操作キャラが、プレイヤーが、目の当たりにしたのは。
「男じゃん!!」
「嘘だろ! イピレティスちゃん、イピレティスくんだったの!?」
こうして、彼らは長時間の戦いの最後に、大きな傷を負うことになるのだった……。
イピレティス。アルミラージの男。
小柄で女性のような顔立ちを活かし、普段から女性のふりをして暗殺を行っている。
プレイヤーの性癖を破壊したことでも有名。
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