第107話 三月の殺戮衝動

「さて、今日は何をするか」


 起床して身だしなみを整えてから部屋を出る。

 そうして今日の予定を考えているとイピレティスと出会った。


「おはようございますレイ様。ダンジョン改築ですか?」


「いや、そっちはまだ後回しでいいと思う」


 廃棄された風のダンジョン計画を諦めているわけではない。

 なので、いずれはがっつりとダンジョン作成に集中したいけれど、どうにも急いで作ってもしょうがない。

 というより、下手に危険なダンジョンを作ってしまうと、侵入者たちによからぬことをされかねない。

 ……おのれ人類。


「は~……いい殺意ですね~」


「え、なにかいるの? 怖っ」


 イピレティスがなんらかの殺意に反応して嬉しそうにしている。

 嬉しそうにする意味もわからないが、いい殺意って誰がなにに対して?

 俺に知覚できない侵入者でもいるんじゃないだろうな。


「大丈夫です。レイ様は気にせず殺戮の限りを尽くしてください」


「なんにもしてないのに、なんかすごい評価になっている気がする……」


 どこで間違えた。

 イピレティスが、俺に対してとんでもない勘違いをしている気がするぞ。


「ところで、ダンジョンを作らないということは、今日もまたダンジョンのメンテナンスですか? それとも、従業員たちの様子でも見ます?」


 たしかに、普段はそのあたりが俺の仕事だ。

 ピルカヤなら、なんなく全員の様子を見てくれるのだが、あいつわりと普通の感性じゃないからな。

 任せっぱなしだと、たまにとんでもないことが起こりそうだ。

 一度、時任ときとう奥居おくいが、過労で倒れかけたからな。

 まあ、今回は様子見も必要ないし、昨日メンテナンスしたばかりだからダンジョンも大丈夫だ。


「今日は、モンスターを補充しておこうと思う」


 なので、余った自前の魔力はモンスターガシャに費やすこととする。


「いいですね~。レイ様なら、えげつない組み合わせとか思いつきそうですもんね」


「えげつないって……長所を活かすようにしているだけなのに」


「それが、なかなかできないんですよね~。能力を十全に引き出せる職場を与えるって、意外と難しいものですよ」


 そういうものか。

 そう考えると、俺のスキルをフル活用させてくれるフィオナ様って、やっぱり魔王としての才覚もあるんだろうな。

 俺だけでなく、魔王軍の面々も力を活かせるようにしてくれているし。

 リピアネムだって、本人が他のことをしたがっているだけで、彼女が最も力を発揮できる戦闘という役目は担ってもらってるし。


「それじゃあ、今回蘇生した三人も、それぞれ能力にあった役職をもらってるわけだ」


「そうですね~。僕はこっそり殺すのが得意です。四天王の方々と違って派手な戦闘は無理ですけど、側近として諜報や暗殺を任されていましたよ」


「暗殺か。武器は何を使うんだ?」


「ナイフです。斬って血を流させておしまいですね。血は流れますけど、そんなのモンスターとの戦闘でも流れますし、僕が殺したってばれたことありません」


「優秀だな」


 わりとその力が必要になることはあると思う。

 戦闘という点であれば、勇者以外が相手なら四天王に任せれば確実だ。

 だけど、ボスなだけあって四天王たちの戦いは派手だからな。

 戦闘の痕跡を転生者たちに見られたら、四天王が復活していると気づかれてしまう。

 その点地味というか、痕跡がわかりにくい殺害方法であれば、人類にばれる可能性もぐっと減るだろう。


「グリフィン」


 強いしかわいいから個人的には当たりだけど、そろそろプリミラの畑が鳥の巣みたいになりそうだ。


「プリミラ様の畑に大量にいましたね。殺意の塊みたいな大型の鳥系モンスターの群れが」


「あそこ、天井が高くて広いから、この子たちを住まわせるのにちょうどいいんだよな」


「やっぱり、能力を活かせる場を与えてくれていますね」


 そういうことか?

 でも、せっかく作ったモンスターたちだから、実力をフルに発揮してもらいたいのは親心だろう。


「ガーゴイル」


「獣人たち、さすがにあれだけのガーゴイルを相手にはできないみたいですね。そこにさらに追加とは、やっぱり全力で殺す気ですね」


「前に一人、複数のガーゴイルを倒した獣人がいたからなあ。あのレベルの侵入者は早々いないだろうけど、多いにこしたことはないと思うんだ」


「いいと思います」


 この子……俺の言うこと全肯定するな。

 なに? 褒めて伸ばすタイプの側近なの? フィオナ様のときも、それで働く気を引き出していたんだろうか。


「マンティコア」


「顔だけ人間なんですよね~……この子には悪いけど、あんまりいい見てくれじゃないですよね」


「人間は好きじゃないか」


「まあ……あの糞勇者どものせいで、僕どころか四天王の皆様まで殺されましたらね! 次は絶対殺します……」


 なるほど、人間の勇者に殺されたのがトラウマのようだ。

 だけど、マンティコアが人間なのは顔だけだ。

 体はライオンなので、モンスターとして見てもらいたい。

 ……顔を隠せばいけるんじゃないか?

 いや、いっそのこと逆転の発想で……。


「顔以外隠しておけば、ダンジョンの侵入者が人間と間違えて近づいてこないかな?」


「……マンティコアをそうやって使おうとする魔族初めて見ました。なるほど~、いや、面白そうですね」


「後で試して……」


 なんか服が引っ張られた。

 そちらを振り向くと、マンティコアが嫌そうな顔で俺の服を引っ張っている。


「そうか、嫌か。じゃあやめておこう」


 ほっとした様子のマンティコア。

 顔は人間なので、表情はとてもわかりやすい。


「面白そうなんですけどね~」


「さて、魔力切れだ。回復している間にダンジョンの監視だな」


「無駄がありませんね~。できる上司でよかったです」


 ほんと、この子は上の人間をひたすらおだててやる気を引き出してくれるタイプなんだな。

 俺みたいな雑魚魔族にまでそんな様子なのだから、徹底してそういう性質なのだろう。

 蘇生したときも友好的だったし、なんなら敵相手にも友好的に近づいて殺しそうだ。


「ピルカヤ~。ダンジョンの様子見せてくれ~」


『おっけー。今日は侵入者もまばらだし、面白そうな場面があったら切り替えていくよ』


「助かる」


 魔力はまだまだ回復しない。

 なので、こうしてダンジョンを観察し、罠やモンスターが有効なのか無意味なのかを確認しておこう。

 ……うん。そこそこいい感じだな。ちゃんと侵入者を倒したり撃退したり、あ……毒で倒れた。


「やっぱり、迷路と毒ゾーンは鉄板の強さだな」


「そこ、殺意しかなくて、僕とても気に入りました」


 イピレティス。

 俺の側近というか、役割は俺の太鼓持ちでは?

 やっぱり、これでやる気を引き出すのが、彼女の能力の一つなのかもしれないな……。


    ◆


「なるほど、容姿からは想像できなかったが、たしかな力のようだ」


「余裕で~す」


 対象を殺してきたばかりだというのに、イピレティスは笑顔で雇い主に報告をしていた。

 その見た目とは裏腹な頼もしさに、雇い主の報酬もはずみ、今後も互いの関係は良好なまま続いていく。

 ――とはならなかった。


「次のターゲットは? 最近張り合いがないんですよね~」


「これで終わりだ。お前のおかげで、敵対勢力の力は大きく削ぐことができた。残党どもをうちで取り込めるほどにな」


「……残党がいるのにですか?」


「ああ、いつまでも争っていては仕方ないからな」


 ああ、だめだ。

 出会ったときから変わってしまった。

 敵対勢力相手に、あんなに殺意に満ちていたというのに。

 今、目の前にいるのは順風満帆なせいで、臆病風に吹かれるようになったつまらない男。


「わかりました~。それじゃあ、お別れで~す」


「な!?」


 ナイフを振るう。わざと致命傷は避けるように。

 さあ、敵対した。今から僕はお前の敵だ。

 出会ったころの、あのぎらついた殺意を僕に向けるといい。


「イピレティスを殺せ!」


「は?」


 隠れていたやつらが、僕を殺そうとする。

 それはいい。安っぽい殺意だけど、命令されるだけのこいつらなんてそんなものだ。

 だけど、部下に命令だけして逃げるお前は……ああ、やっぱり鈍ったんだ。

 僕への怒りはたしかにある。だけど、僕から逃げることばかり考えていて、殺してやるって気概がない。


「あ~あ。つまんないの」


 全員殺した。

 だけど、満足いくような相手は一人もいなかった。

 お前たちは僕を殺すという行為にまったく真剣じゃない。

 相手の命を奪うのだから、もっと真剣に入念に万全にやってくれないと困るんだ。


「どこかに、面白そうな主はいないかな~」


 そんなとき、魔王の噂を聞いた。

 せっかくなので仕えてみたが、まあ悪くない。だけど、もうちょっとだけこれというものがほしいなあ。

 それでも他よりはましなので、しばらく仕えていると魔王が死んだ。


 どうしたものかと悩んでいると、次代の魔王様が現れ、僕は気がつけば平伏していた。

 ……殺意がどうとか、そんな次元の話じゃない。

 圧倒的な力。それ以外がどうでもよくなる。先代の魔王よりも明らかに強い……。


「あなたの特技は便利ですね。あなたを私の側近にします。イピレティス」


「光栄の至りです……」


 逆らったら、僕なんかいつでも殺せる。

 殺意なんて必要ない。それだけの実力差があるのだから仕方ない。

 それは僕以外に対しても同じで、この魔王様が本気の殺意を向けるような相手は、この世に存在するかもわからない。

 だから、いつか見てみたいなあ。魔王様が本気で誰かに殺意を抱くところ。


「あなたにはこれからはレイの補佐として働いてもらおうと思います」


 腹立たしいことに、勇者に殺されたらしい。

 蘇生してくれた魔王様に、僕はすぐに配置換えの命を受けた。


「……ん? レイ?」


 今度はこの見知らぬ魔族の側近となるようだけど、僕が満足するような魔族だといいんだけどねえ。

 なかば諦めに似た感情でその魔族を見る。平凡。弱い。人畜無害。

 ……だめそうだね。


 そう思った僕はどうにも見る目がまったくなかったらしい。

 レイ様の側近として、仕事を見てすぐに理解した。

 とんでもない殺意の塊だよ、この魔族。


 ダンジョンを作ることがレイ様の仕事のようだけど、どこも悪辣極まるとても素敵なダンジョンだった。

 この一見して人畜無害な魔族が、人間や獣人が苦しみ続けるダンジョンを作っていたなんて思わなかった。


 迷路で閉じ込めてバジリスクの毒で殺す?

 油で進みにくい道の奥までおびき寄せてから、通路ごと燃やし尽くす?

 天井や床が丸ごと罠になっていて、押しつぶされる?


 こんな殺意に満ちたダンジョン、魔王様だって作らなかった。

 ああ、面白い。僕はついに理想の主と出会えたみたいだ。

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