第106話 天然ものの最高級品

「それじゃあよろしくお願いしま~す。今日からあなたの側近のイピレティスで~す」


「……いいんですか? 今までフィオナ様の側近をしていたみたいですけど」


「魔王様がそう望んだなら、僕は逆らったりしませんね~。ところで、なんで敬語なんですか? 僕があなたに仕えるんだから、それいらなくないですか?」


「イピレティスがそれでいいなら、そうさせてもらうけど」


「柔軟な対応ができる魔族いいですね~」


 よかった。かつてのフィオナ様の側近なんて役職だから、イピレティスには恨まれそうだと思ったが、どうやら友好的なままでいてくれるみたいだ。

 魔王の側近から、下っ端の側近に配置換えとか、俺のことを憎んでもおかしくないのにな。


「命令なので側近として働きはします。ですが、認めるかどうかはまた別ですけどね~」


「……フィオナ様に元の仕事に戻してもらうように頼んでみるか?」


「いえいえ~。魔王様の言葉は絶対ですので」


 どうしよう。やっぱり恨んでる? いまいちイピレティスからの感情がわからないな。

 いや、今までの魔族たちが初っ端から友好的すぎたんだ。

 イピレティスとも、今後徐々に信頼関係を築けるようにがんばっていこう。


「…………側近か」


 ……そう呟いたのはディキティスさんだった。

 う~ん……やっぱり簡単には認めてもらえなさそうだな。


「それじゃあ、生き返ったことだしあたしがご飯作ってあげるよ~。みんなついておいで~」


 マギレマさんのその言葉に、三人の魔族たちは大人しくついていった。

 さすがマギレマさんだ。食を担っているというのは強い。


「すみません、レイ。彼らの態度が不快でしたら代わりに謝ります」


「いえ、まだお互いよく知らない状態ですから」


 知らない間に能力の低いやつが、見合わない役職についているのだから仕方ない。

 というか……


「俺、いつからフィオナ様の側近になってんですか?」


「え!? 違うんですか!? あの時死ぬまで一緒にいてくれるって言ったのは嘘だったんですか!?」


 いや、まあ……そりゃあ死ぬまで仕えることに異議はないけど。

 そんなの魔王軍は全員そうだし、俺なんかを側近にしては他に示しがつかないような……

 というか、まさしく先の三人の態度が答えだろう。

 エピクレシさんは、よくわからなかったが。


「それにしたって、レイのおかげで生き返れたことわかってるのかね~? どうする? 軽く燃やしておく?」


 味方なんですが……。

 自由気まますぎるぞ、この精霊。


「やめとけ。魔王様や俺たちがレイに肩入れするほどあいつらの不満は溜まる。表向きは友好的になるかもしれないがな」


「本心から認めてもらわないと意味がありません。それはそうと私が叱ってきましょうか?」


「わかってるようでわかってない発言しないでくれる!? プリミラが叱ったら表面的な友好関係しか築けないでしょうが」


 なるほど……。

 あの場でフィオナ様も四天王たちも発言がないとは思っていたが、俺やあの魔族たちに確執を生まないためだったのか。

 マギレマさんが急に食事に連れて行ったのは、もしかしたら険悪になる前に助けてくれたのかもしれないな。


「問題あるまい。レイ殿の力はたしかなものだ。あの者たちもすぐに認めることになる」


「レイくんだしなあ。まあ、頭の固いディキティスだけは、ちょっと時間がかかるかもしれないが、大丈夫だろう」


 俺だからこそ不安なんだが……。

 まあ、ゆっくりと信頼してもらえるようにがんばっていこう。


「だが、敵対するっていうなら話は別だ。あまりにも舐めた態度、直接的な危害を加えてくるようなら、すぐに言え」


 おい、怖いぞ。

 いつもの飄々ひょうひょうとしたリグマはどこいった。

 あと、周りの四天王たちも戦いにおもむくような雰囲気やめてくれる?

 仲間の話してるんだよね。


「まあ、ぼちぼちやってみるから大丈夫だよ……」


 なんか、俺よりも周りが心配になってきそうだな……。


「ところで、ピルカヤいつもより火力が上がったな」


「まあね~。魔王様のおかげでパワーアップしたし、いまならリピアネムさんにも勝てるかもしれないよ? レイも、魔王様みたいにボクのことピルカヤ様って呼ばなきゃいけなくなるかもね~」


「そっか、たしかに強化されたわけだしな。気をつけるよ。ピルカヤ様」


「……よし! やめよう。なんかすごい嫌だった」


 そうか? 俺は別に違和感はなかったんだけど。

 というか、四天王以外もぼちぼち蘇生しているわけだし、この際四天王全員に様ってつけるべきなんじゃないか?


    ◇


「どう思う?」


「どうって、レイ様のことだよね~?」


 僕の質問に無言でうなずかれた。

 相変わらず言葉が足りないな~ディキティスは。

 でも、今はそんなやり取りさえも懐かしい気がする。

 その不思議な感覚は、長い間僕たちが死んでいたってことを証明しているみたいだった。


「興味深いですね。とても。実験させてほしいです」


 コーヒーを片手に答えるエピクレシも生前と変わりない。

 興味深いって、たぶん蘇生薬のことだよね?

 僕たちを蘇生したって話が本当なら、魔王様がレイ様を側近とするのも無理はないと思う。


 だから、そこには別になんの文句もない。

 僕、元々は偵察と暗殺が仕事だったのを、能力を買われて魔王様の身辺警護に抜擢されただけだからね。

 でも、あの魔王様護衛なんていらないし……そもそも、護衛のくせにあっさり死んで、結局勇者たちは魔王様がなんとかしたっぽいし……。


「イピレティスは?」


「う~ん……様子見」


 そう、能力はきっと高いんだと思う。

 レイ様の側近というか、身辺警護をすることも別に文句はないよ。

 命令はちゃんとこなす。

 だけど、それとレイ様を気に入るかどうかはまた別の話。


「魔王様は、とてもすばらしい方だった。レイ様はどうかな~?」


「私は、彼に側近を任せるべきではないと思うがな……」


 ディキティスからの評価は低そうだけど、どうなるかはわからない。

 未知数っていうのが正しい評価だと思う。

 まあ、どうせ僕は側近なんだし、レイ様がどういう方かは今後わかっていくだろうね~。


「イピレティスに認められる魔族が、早々いるとも思えませんけどね」


 エピクレシからそんなことを言われたけど、別に僕はそんな選り好みしてないと思うんだけどな~。

 僕が認めるかどうかなんて、たった一つの簡単な要素だけなんだから。

 それに、認めるかどうかと仕事をこなすかは別だしね。

 レイ様が認めるに値するかどうかは関係なく、ちゃんと側近として働かせてもらうよ。


「それじゃあご馳走様~。側近として、レイ様にひっついてくるね~」


 さあ、楽しみだな。

 さすがに魔王様くらいというのは無理だけど、レイ様が期待できる魔族だといいんだけど。


「イピレティスに認められるか……無理だろうな。あのような、覇気もなく人畜無害な魔族には」


「イピレティス、見た目はあんなでも暗殺者ですからね。温厚そうなレイ様では、あの子を満足させるような殺意なんて持ち合わせていないでしょう」


    ◇


「仕事を見せてほしい?」


「はい。側近ですからね~。どうせなら、レイ様の仕事を観察しようと思いまして」


 それは別にかまわないけど、たぶんそんな面白いことでもないと思うぞ。

 ……まあ、仕事なんてそんなものか。

 俺もイピレティスも互いに慣れていく必要があるし、せっかく彼女から歩み寄ってくれたのだから、一緒に行動するとしようか。


「それじゃあ、まずは俺の主な仕事だけど」


「ふむふむ」


 ダンジョンの改築やらメンテナンスについてを説明していくと、彼女はすんなりと受け入れた。

 ということで、今日は獣人たちのダンジョンのメンテナンスだ。

 モンスターたちの再作成に、消費してしまった罠の再設置。

 時間を考えると新たな侵入者はこないはずだけど、念のため手早くすませてしまおう。


「え~……」


「え、なんかまずかった?」


「いえいえ。ちょっと驚いていただけです」


「そうか? なんかおかしいと思ったら遠慮せず言ってくれ」


「は~い」


 モンスターたちの補充は終わった。

 やっぱりルフがいなくなったことで、やられるガーゴイルたちの量が激減しているな。

 ルフ、かなり強い獣人だったんだなあ。


「え、まじ……?」


「大丈夫か? なんか、さっきから気になることがあるみたいだけど」


「……レイ様」


「うん? やっぱりなにか意見が」


「僕、あなたのこと気に入りました。側近として改めてよろしくお願いしますね」


「え……ああ、よろしく」


 真剣な表情で改めて宣言された。

 なにか心象の変化でもあったのだろうか?

 だけど、イピレティスとは、これからうまくやっていけそうで安心した。


「いやあ、そんな殺意を隠してるなんて気づきませんでしたよ~。人畜無害そうに見えて油断ならない方ですね~」


「え」


「魔王様が側近とするのも納得しました。こんな殺意にまみれたダンジョン、魔王様でも作りませんからね~」


 なんか……俺という魔族が、とんでもない勘違いされている気がする……。

 俺はイピレティスと今後うまくやっていけるのだろうか……。

 なんだか、不安になってきたぞ……。

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