第109話 ラボラトリーでもう一度

「ようこそ、私の研究室へ」


 招かれたエピクレシの自室は、なんだか怪しげなものが色々と置いてあった。

 生き物の体の部位やら薬草やら、これらでなんの実験をしているのだろうか。

 そもそも、薬草はプリミラがゆずったとして、角とか肉片みたいなのはどうやって入手したんだ……。


「レイ様も興味ありますか? すごいですよね。魔王様、いつの間にかこれほどの素材を集めていたなんて」


 あ、疑問が解決した。

 なんてことはない。これらも、フィオナ様のガシャのハズレ結果だ。

 使う予定がないから、エピクレシにゆずったんだろう。


「いったいどうやって、このような貴重なアイテムの数々を……尋ねても教えていただけなかったんですよ」


「あ~…………」


 ガシャがはずれたと言うのが恥ずかしかったのか、あるいは思い出したくもなかったのか。

 フィオナ様は、エピクレシに真相を伝えていないらしい。

 だが残念だったな。エピクレシに蘇生薬のことを話す以上は、そのことも話すつもりだ。


「ご存じですか!? さすがはレイ様。私たちが死んでいる間に、側近として認められただけあります!」


「側近じゃないんだけどね」


「またまた、そのようなことを」


 信じてくれない。

 フィオナ様が、元側近のイピレティスを俺の補佐なんかにしたせいだ。

 自動的に俺がフィオナ様の側近だと思われているじゃないか。

 まったく、なんて魔王様なんだ。


「え~と……蘇生薬の話だったな」


「おお! そのとおりです! ぜひ、教えていただきたい!」


 なので、話を戻してごまかすことにした。

 まあ、彼女が求めている説明なんて、できやしないんだけどな。


「宝箱から出てきた」


「宝箱……? それって、ダンジョンに勝手に生成されて、私たちには手出しができず、侵入者だけに恩恵を授けるあの憎らしい箱のことですか?」


「俺は開けられるので、侵入者の餌用以外は回収しているんだ」


 回収することはめったにないけどな。

 魔力を注入しないかぎりは、侵入者に渡しても危険ではないアイテムくらいしか出ないし。

 数十年。いや、数百年とか放置していたら、さすがに危険なので回収するかもしれない。その程度だ。


「宝箱を回収できる!? それはまた、なんとも貴重な能力をお持ちなようで……魔王様が気に入られるわけです」


「いつも開けさせられている」


 ほんと、もううんざりするほどに。

 でも、何度爆死しても期待に満ちた嬉しそうな表情を向けるものだから、断ることなんて当然できない。

 かわいいフィオナ様が、次の瞬間にはかわいそうなフィオナ様になるけれど、俺に止めることなどできないのだ。


「いつも……そんな高頻度で宝箱が発生するということですか?」


 作ってます。


「いえ、そもそも発生直後のものを回収したところで、たいして質のいいアイテムはでないはず……」


 察しがいいな。分析能力が高そうな魔族だ。


「……なるほど、つまり中身よりも宝箱の回収自体を優先していると。アイテムは二の次で、侵入者たちに奪われないことが大事ということですか」


「違う」


 最後の最後で、残念ながら変な結論になったようだ。


「俺は宝箱を作ることができるから、フィオナ様に頼まれて宝箱を作り続けているんだ」


「宝箱を作る!? そのようなことが……」


「それで、フィオナ様は自分の魔力を宝箱に注ぐことで、中身の質を上げている」


「魔力を注入? ……なるほど。たしかに、宝箱は時間経過で中身が変貌する。ダンジョン内の魔力を取り込んでいることが原因なので、それを再現してみせたと……」


「そうして、フィオナ様の大量の魔力を犠牲に、蘇生薬がごく稀に出てくるみたいなんだ」


 尊い犠牲のもとに、あなたたちは生き返ったということになる。

 寝れば回復する犠牲ではあるけれど、それはフィオナ様がぶっ壊れたステータスだからだ。

 もしも、あの量の魔力を溜めようとすると、フィオナ様以外ではどれほど時間がかかるか……。

 そんな魔力を確保できるようになったのだから、ダンジョンマスタースキルとマギレマさんってすごいよなあ。


「蘇生薬をそのような方法で作りだしていたとは……」


「やっぱり、正規の手順じゃないんだ」


「どの種族も、何度も蘇生薬の製造や調合を試みていましたが、成功することはなく。忌々しい女神が気まぐれで作成したものだけが、世界に出回っていました」


 あいつ、そんなこともしてたのか。

 どうせ、貴重なアイテムを奪い合う姿を見てせせら笑っていたんだろ。


「ですが、まさか自由に蘇生薬を作ることができるとは……魔王様に寵愛されているのも頷けます」


 自由にではないけどな。

 自由にできているのなら、いまごろフィオナ様は魔王軍を完全復活させている。


「可能性はかなり低いぞ」


「無理もありません。作れること自体、本来ならばありえないのですから……。ということは、私たち三人を蘇生するまでに、相当の魔力を消費されたのでしょうね」


「いや、そっちはなんか運よく三連続で出てきた」


「……連続ということは、短時間ででしょうか?」


「そうだな。数分で終わったと思うぞ」


「レイ様は……やはり、とんでもないお方だと思います」


 やめてくれ。期待されればされるほど、物欲センサーが俺を睨む気がするんだ。

 このままでは、次は俺もフィオナ様のように、見るも無残な大爆死をしてしまうぞ。

 ということで、フィオナ様の爆死の数々と、あれは俺のビギナーズラックであることをしっかりと説明しておいた。


「ふむ……私の100倍以上の魔力ですか。途方もない話ですね」


「俺のほうはきりがいいから、10000の魔力を使ってみたけど、大体そんな感じだな」


「……魔王様は9000ほどの消費でしたよね?」


「ああ、さすがにフィオナ様も、魔力をすべて使い果たすわけにはいかないだろうからな」


 というか、それ以上のことをやらかしているしな。

 自身の魔力どころか、いざというときの玉座の魔力を使い果たすとか、思えばあの方だいぶぶっ飛んでいる。

 プリミラのお説教のおかげもあり、さすがにあんなことはもうしないだろうけど。


「……レイ様。もう何度か10000の魔力を消費してみる気はありませんか?」


「え……ダンジョン魔力も、まだそんなに溜まってないんだけど」


 いくらマギレマさんとはいえ、そこまでの客を呼び込むことはできない。

 このままでは、俺は溜まるよりも先に魔力を消費し、宵越しの魔力は持たない魔族になってしまう。

 そんなフィオナ様みたいな生き方をしてはいけない。


「検証してみたいのです」


「う~ん……まあ、そこまで真剣な顔で言われたらしょうがないか。やってみるか」


 ダンジョン魔力:23677


 二回か。端数は3000ほどと考えれば、二回引いてしまってもいいかな。

 ……なんか、浪費癖がつきそうで怖い。本気で気をつけるようにしないといけないな。


「じゃあ、宝箱を二つ作って」


「おお……こんなにも簡単に」


「魔力を10000ずつ注入して」


「見た目が変わりましたね。たしかに、厄介なアイテムが出たときは、装飾も外装も豪勢なものでした」


「開けるけど、まあこんなもんだよな」


 なんかよくわからない水晶の中に埋まった骨が出てきた。

 だけど、さすがにこれが蘇生系のアイテムでないことは、ゲームを知らない俺でもわかる。


「……涙晶の霊骨」


 あ、やっぱり骨なんだ。

 マギレマさんの足にでもあげたら喜ぶだろうか。


「あの……」


「じゃあ、もう一つも同じように」


 手早く宝箱に魔力を注入してしまう。

 そうしないと、俺の決心が鈍って魔力の消費をしたくなくなるからだ。

 本来はそのほうがいいんだけど、今回はエピクレシの検証に付き合うことを決めたので、ここで躊躇ちゅうちょしてはいけない。


「あ……」


「ええ……?」


 似たようなアイテムとかじゃないよな……。

 さすがにここまでとなると、なんだか怖くなってくる。

 宝箱の中で虹色に輝く液体は、俺の勘違いでないのなら蘇生薬だった……。

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