第100話 犬のお姉さん大繁盛

「大変なお知らせがあります」


「な、なんでしょうか……。はっ!? まさか、退職するとかじゃないどしょうね!? だめですよ! あなたは一生私のものなんですから!」


 生涯の雇用を約束してもらえた。

 それはむしろ俺にとっても望むところであり、非常にありがたい。

 他はどうかは転生者たちの話でなんとなく知っているし、この職場から転職しようなんて気にはなれないからな。


「大丈夫です。俺は一生魔王軍で働きますから」


「そうですよね! レイは私のですから、誰にもあげません!」


「……なんか、食い違ってそうなやり取りだよなあ」


 リグマがそんなことを言うが、大丈夫。ちゃんとわかっている。

 今後もダンジョン作りで、なんなら魔族のための過ごしやすい都市作りとかでも貢献するから。


「それで、大変なお知らせとはなんですか?」


「ああ、マギレマさんたちのおかげでダンジョン魔力がすごい勢いで溜まっています」


 ほんと、ダンジョン経営ってなんなんだろうと思えるほどだ。

 まさか、侵入者への対処も、ダンジョンの構造も、攻略時の報酬も不要な場所が、一番魔力を稼いでくれることになるとは……。

 ドワーフダンジョンみたいな、廃棄した風のダンジョンを作ろうなんて考えていたが、こうも魔力が増えたとなるとそれは後回しになりそうだな。


「ほほう……一緒にガシャしましょう?」


 腕を絡められた……。

 なるほど、逃がす気はないということか。

 あと、なにがとは言わないがやわらかいです。


「まあ、いいですけど……」


「さすがはレイです! さあ、二人で私の部屋に」


 連れ込もうとしないでください。

 二人でガシャ狂いしていると、プリミラに怒られます。

 なので、もう一つの伝えるべきことを伝えておかないとな。


「今のは良いお知らせです」


「……つまり、悪いお知らせもあると?」


「はい、マギレマさんの店が繁盛しすぎて、フィオナ様のガシャのハズレだけでは食料が足りません」


「私に意図的にハズレを引けと!?」


「いや、そういうわけでは……」


 そりゃあ、フィオナ様が今以上に食料を提供してくれたら助かるけど、そっちを狙いだしたら外れるのがフィオナ様だ。

 今さらフィオナ様のガシャ結果を期待するのは、酷というものだろう。

 一応プリミラも畑で採れた野菜や果物を提供してくれているが、それでもまだ足りない。


「お客さん制限しよっか?」


 マギレマさんが申し訳なさそうにそう提案するが、この客足を途絶えさせたくはない。

 ドワーフダンジョン壊されたからな! その分を補ってくれるマギレマさんのレストランは、今やわりと命綱みたいになっている。


「客が多いほど魔力は溜まるので、こちらから客足を減らすことはしたくありません」


 俺の言葉にほっとした様子のマギレマさん。

 この魔族、本当に料理が好きなんだな。

 わかったから、犬たちよ俺の顔を舐めようとするな。


「足……」


 フィオナ様が自分の足を見つめている。

 ……あれ、犬たちってマギレマさんの足だよな。

 それが俺の顔を舐めようとしている……。

 うん、深く考えるのはやめておこう。きっと、深く考えたらとんでもない絵面になる。


「当面は、食材を買うしかないかなと思うんです」


 なんか変な流れになりそうだったので、急いで話を続ける。

 よし。フィオナ様もわりと真面目に話を聞いてくれているな。


「これまでは、売り上げの半分を俺の経験値に設定していたので、当面はすべてを金銭のままにしようと思います」


「なるほど……足りない分はよそで買うしかないからな」


「お金もどれだけ必要になるかわからないし、経験値との配分は実際に運用してから調整って感じだねえ」


 話が早くて助かる。

 まあ、資金はそれほど心配していない。

 今までの店の売上はもちろんのこと、ロペスが獣人たちに薬を売ってくれているし、早々足りないなんてことにはならないだろう。

 なので、経験値配分はあくまでも念のためだ。

 ということで、問題となるのは仕入れだ。


「マギレマさんに買い出しに行ってもらうのが一番いいんだろうけど、さすがにその足では……」


「また足を……」


 フィオナ様。もしかして、足になにかコンプレックスでもあるんだろうか?

 よくわからないが、フィオナ様の足は綺麗ですよとでも伝えておくべきか?

 いや、それだとなんか変な風にフィオナ様を見ていると思われそうだし……。


「魔族が大っぴらに買い出しに行くのも問題だし、リグマかロペスあたりが適任なんだろうな」


「おじさん、ロペスくんがいいと思いま~す!」


「二人で行けば?」


「なに言ってんだピルカヤ!」


 あ、それいいかも。

 どうせ大量の食材を仕入れることになるんだ。

 一人で行かせるのではなく、二人で……。


「いっそ、リグマに他の転生者たちを引率してもらうか……?」


「ほら! レイくんが変なこと考えてるぞ! おじさん、子守するガラじゃないでしょうが!」


 いや、けっこうそういうタイプだぞ。

 転生者複数人で固まって行動させるのは、今でもちょっとだけ不安だ。

 だけど、引率としてリグマがいれば安心して送り出せる。


「まあまあ、おっちゃんも諦めなって。そうしないと、ネムちゃんが立候補しそうだよ」


「うむ。私が見事に市場の食料を買い占めてみせよう」


 金が足りないし、足りたとしても問題になりそうだからやめてね。


「ぐう……リピアネムで脅すのはずるいぞ」


「む? 私は本気だが」


「なお悪いわ!」


 リピアネムは不思議そうに首をかしげていたが、おかげでリグマも覚悟を決めてくれたようだ。


「終わったら、マギレマに酒と食い物用意してもらうからな……」


「まっかせなさい! ルカちゃんを通して欲しいもの色々お願いするから。安心してね」


「適当に買って終わらせたかったんだがなあ……」


 さて、食材問題はこれでなんとかなりそうだ。

 金が足りなかったらどうするか……。いや、さすがにマギレマさんのレストランの収益だけでもなんとかなるはずだ。

 だけど、しばらくは店の利益から経験値を得るのは自重しないとな。


「経験値稼ぎどうするかなあ」


「新しくダンジョン作ります?」


「いや、レストランも作ったばかりで運営の手が足りない気がします」


「となると、やるべきことはひとつですね」


 おお、フィオナ様がいつにも増して真面目に魔王軍について考えてくれている。

 なんだかんだで魔王様なんだよ。いつもガシャに狂ってばかりの残念美人じゃないんだ。


「ガシャを回しましょう」


 残念美人だった。


「な、なんでしょう……なんだか、レイが私を見る目が心なしか残念そうというか……嫌いになりましたか!? 見捨てられたら泣きますけど!?」


「俺がフィオナ様を見捨てることは今後も絶対ないですけど……なんで、今ガシャの話に?」


「人手が足りないのなら蘇生薬で復活させればいいと思いまして……」


 ……なるほど。

 一応フィオナ様にも言い分があったようだ。


 それにしても魔王軍の復活か……。

 たしかに、ダンジョンだけをどんどん増やしても意味はないというか、管理しきれない。

 フィオナ様が言う言葉も一理あるというか、ここいらで魔力をしばらくは蘇生薬に使うのもありな気がしてきたな。


「だ、だめですよね~。はい。一人でガシャを回します……」


「いえ、しばらくは俺もダンジョン魔力で蘇生薬を狙ってみようと思います」


「本当ですか!」


 思ったのだが、これまでもわりと目立たないようにやってきたつもりだが、もしかしたらちょっとダンジョンの拡張を急ぎすぎていたかもしれない。

 だから、あんなふうにドワーフダンジョンを丸ごと崩壊させる侵入者なんて呼び寄せてしまった。

 なので、今は準備期間だと思うことにしよう。

 目立たずに力を蓄えておき、ダンジョンマスタースキルのメニューは非常に不本意だが、侵入者相手には実験しない。

 そうして、ばれないように力を蓄えつつ、ダンジョンを一気に拡張しても平気なように人員も確保する。

 それを今後の方針とすべきだな。


「一緒に魔王軍を復興していきましょうね」


「ええ、どこまでできるかはわかりませんが、可能な限り魔王軍の方たちを復活させましょう」


 よほど二人でガシャを引くのが嬉しいのか、フィオナ様に抱きつかれた。

 平気でこういうことするから困るんだよな……。

 というか、一人でガシャを回すのがそんなに辛いのなら、少しは休めばいいのに……。


 これを言うと、また泣きそうだから心のうちに秘めておくことにするか……。

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